影を跳ね返す雷光。
ニクス様からの提案だったがカルディナさんは自発的に話す事に決めた様で微笑んだ。握っていた手を離すと二人はゆっくり立ち上がる。
「まずは腹ごしらえしてから。行きましょう」
カルディナさんとニクス様の後に続いて私達は食堂へと向かった。歩いている道中、そして食堂の中も時折鼻を突いたのは血の臭い。フエンテの襲撃で負傷した召喚士達もまだまだ癒えていなかった。
「少し前も妙な空気だったけど、なんか更に気まずいよな……」
食事を摂り終えていたフジタカは縮こまって肩身を狭そうにしている。彼の正面に座った私も、後ろを通る人の視線は気になっていた。
皆がチラチラとこちらの様子を気にしている。しかし、私達がカスコに着いた時に向けられた好奇心旺盛な視線ではない。
「うん。フジタカ、見られてる」
「分かってるって」
一度捕まえたフエンテ襲撃の犯人、ロボと同じ力を持つ同じ人狼の少年を食堂の利用者が様子を窺っている。それが逃げられた事も多分、知られているよね。でもどうやって逃げたかまでは違う噂も広がっていそう。
「逃げ出したのをトロノの連中が知ってて取り逃がした、と思われてるっぽい」
フジタカの折れた耳が一度だけ立って、すぐに畳まれる。実際に良からぬ噂が聞こえていたらしい。
「あんなの、対処できるわけないよ」
敵対勢力だし、能力の封印も兼ねて刃物は持たせなかった。それでもあんな風に体内に仕込まれていたなら簡単には防げない。……というのはこちらの言い分。知らない人からすれば逃げられたという事実が一番なんだ。
「所長とニクスさんの手前だから表立っては言えないけどな、だってよ。……せめて余所の部屋で言ってくれよ」
その所長に会う前からフジタカは気が滅入っている様だ。聞かれていないと思って聞こえてくる陰口で気が重くなるのもよく分かる。
「怪我を治したければ、その回る口から出た唾でも付けて擦れば良い。他人のせいにして心根を腐らせ肥やすよりも余程、健康的だ」
リッチさんから買ったブドウを静かにもいでいたと思えば、レブがよく通る声で言ってしまう。フジタカも口を少し開けて何か言いかけたが、その間に何人かがゲホゲホ咳き込みながら足早に食堂から出て行った。
「……これで、少しは静かになろう」
「お前なぁ……」
わざと聞こえる様に言ったんだろうな。素知らぬ顔でレブは茎から外した実を一粒放る。フジタカが苦笑する横を通り過ぎた召喚士がレブを睨んだ。……本気でレブに睨み返されたら、しばらく立ち直れないんじゃないかな。
「他責にすんのは簡単だ。……でも、別に俺やフジタカが怪我させたわけじゃねーんだし。お前が気にすんなよ」
腕を枕代わりにして顎を乗せていたチコがぶつぶつと言った。
「……だよな」
フジタカの表情が和らぐ。その間に私やカルディナさんも食事を終えた。
所長室へ向かう廊下でも私達の方を見る目は幾つもあった。でも一人で歩いていた召喚士は物言いたげな目でこっちを見るだけ。何か言っているのは二人以上で固まっている人達だけだ。カスコの召喚士だからって、反応はそこまで大きく変わらない。皆が今起きている不測の事態を不安に思っている。
所長室に肝心のチータ所長はいなかった。人に聞こうにも、近寄ろうとするだけでするすると後ずさりされてしまってなかなか聞き出せない。しかし、窓の向こうで鎧姿の女性を見付けて私達はカスコ支所の玄関を開いた。
「……勢揃いだな」
扉を開けると同時に、音で気付いたチータ所長が振り返る。そこにいたのが私達だったもので、すぐに目を細めた。
「む……」
全員でぞろぞろと外に出終えると、所長はフジタカの姿を見てつかつかと歩を進める。
「な、なんすか……」
急に目を光らせて自分の前に立ったチータ所長にフジタカも口を曲げる。無言で詰め寄るには眼力が強い。
「……いや」
チータ所長は今にも昨日の様に掴み掛りそうだったけど、一線を越える前に自分から視線を外して首を横に振る。
「……すまなかった。昨日は、取り乱して君達にもカスコ支所の所長としてみっともない姿を晒してしまった」
口から出た謝罪の言葉。それが本心と言うよりも、上辺だけに聞こえてしまうのはレブの言っていた事が引っ掛かっているからかな。
「頭は冷えたようだな」
「お陰様でな」
一言謝ったからか、レブに対しての所長の態度は初めて会った時の様に昂然としていた。拗れるのも覚悟していたけど、これなら話はできそう。レブもそう思ったからか、確認だけしてカルディナさんの方を見た。




