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赤羽根が包むのは。

 「ニクス様、申し訳ありません。その、カルディナと御身が……シタァで二人きりで過ごしていたところを、この二人に見られました……」

 「…………」

 ニクス様が音を立てて嘴を閉じた。見開いたその目がトーロをしばし捉え、やがて耐え切れずにトーロが視線を脇へずらすと今度はこちらを向く。

 レブがニクス様を罪作りと言ったのも、私がニクス様のお言葉をカルディナさんが納得できないと判断したのも、それが理由。二人が恋仲と知っていたから……だから、カルディナさんはニクス様を危険から遠ざけたいんじゃないかな。ニクス様がフエンテを野放しにしないと決断してくださっていたとしても。

 「あの、すみません!すみません!すみません!別に覗き見するつもりだったわけじゃなくて……。私が悪いんです!トーロが見張っていたのを通り抜けたりしたから」

「いや、俺がちゃんと止めておくべきだった」

 それでも、二人だけの時間を見てしまったのもまた事実。しかも今日まで黙っていたんだ。あの頃、フジタカがビアへロだという事も伏せていたのも今となっては言い訳にもならない。ニクス様から消えた表情は、冷たさではなくただただ呆然とした様だった。

 「…………否。人目のある往来の場で破廉恥な真似をしたのは、自分の方だ」

 ニクス様の方からカルディナさんを抱き締めたのかな、と考えてしまった自分も破廉恥なのかもしれない。

 「契約者が自ら迫ったのだな」

 ……レブが私と同じ事を考えていた。だったら二人で同罪だなぁ。

 「そうだ」

 「そ、そこは答えなくても!」

 ギリギリでぼかしていたのに確定してしまった。でも、ニクス様って意外に積極的なんだ。

 「違う。カルディナが雰囲気に呑まれてニクス様の手をそれとなく握ったんだ」

 だから、たぶんそういうの言っちゃダメだよ……。ニクス様がその手を是としたのは自分だ、なんて言ってしまう前に。

 「……カルディナさんに決心させるのは、ニクス様のお役目ではありませんか?」

 契約者とか、護衛の対象ではなくて……カルディナさんが愛した人だから。こういうのは、私やトーロでは“答え”の一つを示すだけ。進退を決めても、後悔しない“正解”にできるのは二人でないと。

 「私とレブは……決めました。フエンテを追いたいと思っています」

 もし契約者ニクス様がトロノへ戻ると決断されたのなら、私とレブはカスコ支所の追撃部隊に加えてもらうかどうにかしたい。私も浄戒召喚士なのだから、契約者の保証はなくとも路銀さえ稼げたら行動は自由にできる筈だし。……もちろん、契約者の護衛を放ってムエルテ峡谷に向かうのはどちらかというと自由というよりも勝手な振る舞いだろうけど。

 「そうか。君達の考えは分かった。早々に返答を聞かせてくれた事、感謝する」

 ニクス様はゆっくりと立ち上がるとトーロの前へ立つ。

 「覚悟が足りなかったのは自分の方だった。……しばし、時間と部屋を借りたい。その間、この部屋に居てくれて構わない」

 面食らった様にトーロは身を逸らす。しかし、すぐ手近にあった椅子に腰掛けた。

 「……ごゆっくり、どうぞ?」

 「すまない」

 短く、ニクス様がトーロへ謝ると私とレブの横をすり抜けて部屋を出て行ってしまう。どこか足早で、気が急いている様にも見えたけど……。

 「……はぁ。今夜はこの部屋から出られそうにないな」

 手入れしたかったんだが、と言ってトーロは机に頬杖をついた。磨くなら頭の角ぐらいになりそう。

 「大変だね……」

 前にも言ったと思うけど、ずっと気を遣っていたんだろうし。

 「いつもの事だ」

 そうは言うけど、やっぱり何も思わないではないよね。慣れているからと納得できないだろうし。

 「お前達はどうなんだ?」

 「えっ」

 不意の振りに私は身を固くする。

 「契約者の為、オリソンティ・エラの為なんて言われてもピンと来ていないのではないかと思ってな」

 レブとの関係じゃなくてそっちか……。

 「私は召喚士に応じたインヴィタド、という立場に抵抗も疑念もない。ならばどこだろうと私の立ち位置は変わらない」

 私の隣にはレブがいてくれる。それが例え穏やかな果物屋さんの前であろうと、魔法を操るビアへロが暴れる戦場だろうと。

レブはカドモスとの再会と決着を望んだ。私もまた、フエンテの追跡を望んだ。私が無理矢理に前を向かせたのではなく、二人で同じ方向を歩める心強さは何にも代え難い。

 「ふむ……。良い信頼関係、なんだが……」

 レブはいつもの口調でいつもの様に答えた。だけどトーロはどこか歯切れ悪く、私とレブを交互に見比べている。

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