迂闊な態度。
チータ所長は少なくとも、もう即座にロボを殺そうとはしないだろう。目付きは鋭いままだが、殺気はとりあえず治まっている。
「この情報の真偽に関らず、ムエルテ峡谷は一度念入りに調査したかった。あそこはビアヘロが出やすかったからな」
それも、もしかするとビアヘロではなく、調査を阻んだフエンテが呼び出したインヴィタドだったのかも……。それか、フエンテが管理し切れない異界と繋がり易い地なのか。
「俺も連れて行け。俺の力ならムエルテ峡谷まで先回りもできよう」
ロボからの提案を所長は鼻で笑う。
「もう仲間面か?調子に乗るな。転移能力があるそうだが、それが本当に目的地へ案内すると信用すると思うか?」
「な……!」
ロボは開きかけた口を閉じて所長を睨み付ける。
「ちょ、ちょっと!インヴィタドが召喚士を人質に取られてる!それは自分の命を握られてるのと同じだろ!ここまで言わせて……」
「納得のいく理由だが、それもこちらを誘き出す魂胆とも取れる。信用させたところで転移魔法を使う……その甘言に乗り、転移した先でフエンテが待ち伏せ。我々は一網打尽にされる……どうだ?」
「う……」
フジタカが食い下がっても所長の考えた筋書きを聞くと簡単に声を詰まらせてしまう。そんな事はない、とは決して言えない。
「……愚か者共め!」
ロボが唸り、声を荒げる。
「捕まったのはインヴィタド一人。いなくなったとしても、有能とされる連中からすれば痛手にもなるまい」
そのインヴィタドがもしも私達をまんまと連れ出せたら儲け物。処分されても代えを召喚すれば良い……?考え方は分かるけど共感できない……。
「しばらくは生かしておいてやる。まだ聞き出したい事はあるからな」
しかし今はこれで十分、と話は所長がロボに背を向けた。ロボは俯き肩を震わせる。
「ふ、ふふ………。それは困る」
「余所のインヴィタドの事情など知った……」
声を震わせ、ロボが顔を歪める。それは笑みに似ていたが、当面の保護とも取れる監禁に端する安堵とは違う。ぐにゃりと曲げた口元。その端が微かな陽射しを反射した。
「ならば俺は一人でも助け出す」
「このたわけ!」
「な……!」
チータ所長の横を抜けてレブが踏み込み、手を伸ばす。椅子ごと持ち上げてレブはロボの長い口を掴む。
「遅い」
ロボの口、生えた牙に被せられていたのは鋭利な鋼……刃物。それはもう、気付いてレブが掴んだ時点では遅かった。ロボが掴まれたままで微かに口を動かす。
「ぬ……っ!」
レブが拳を力強く握り締める。その手の中にはもう、捕らえた筈だった人狼の顎も含めて何も残っていなかった。所長も瞳を揺らし、その場で起きた現象へ微かに狼狽しているらしい。
「消えた……」
「ええい……!気付いても、防げなかった!」
空を握るレブは震わせた拳をもう片方の手で握った。やがて拳を下ろすとばつが悪そうにこちらを振り向く。
「く……!おい、気配を辿れ!絶対に逃がすな!」
「う……!」
所長が思い出した様に声を張るとフジタカの肩を掴み、揺らす。
「今……まだ、遠くない……」
「よし、方角は!」
「いや、待って……」
急く所長に対してフジタカは答えた。だけど……。
「移動?違う…………消え、た。いや……たぶん、離れすぎた……」
ほんの数秒で。フジタカがロボの気配を感じられる距離はそれなりに範囲が広く、位置取りもかなり正確だった。だからこそ、今回も捕まえられたんだし。
「何をしている!」
「いてぇっ!」
籠手の嵌めたままの腕で肩を思い切り突き飛ばし、所長はフジタカを押し倒した。受け身も取れずにフジタカは尻餅をついてしまう。
「その言葉をお前に言う資格は無い」
「なに……!」
落ち着きを取り戻したレブは腕を組んで肩で呼吸する所長を睨んだ。
「お前の迂闊な一言が、あの小童を取り戻してフエンテと戦う好機を……いや、チャンスを潰した」
「ぐ、む……!」
こんなに感情を剥き出しにした所長は初めて見た。だけどそういう相手こそ、レブは冷静に見据える。
「仮にお前の言う通りフエンテが包囲していたとしよう。しかし、その場に向かったのが私ならば返り討ちにするまでの事。仮に海へ放り出されれば泳ぎ、空へ転移すれば飛ぶだけ。……私からすれば、手がかりをみすみす捨てたとしか思えんな」
「インヴィタドがこの私に意見をするなっ!」
感情的に怒鳴り返すだけの姿に、フジタカも呆然と所長を見上げるだけ。周りからの視線を感じて、所長は私達を見回した。




