源。
「裏切る……。どうだろうな」
チータ所長の問いを笑う様にロボはふ、と息を洩らした。その態度に所長は籠手を嵌めたままの腕を振り上げたが、その手を止めたのはニクス様だった。
「契約者……。どういうおつもりでしょう」
「話を聞くのにその腕は……その行為は、必要無い」
所長からすれば相手は縄張りを荒らし尽くし、捕らえたところで寝返ろうと言うのだ。そんな手前勝手な真似に手が震えるのは分かる。だけど、ロボが言った様に私達にはイサク王子を探す手段も時間も無い。鼻が利く獣人や、対象を探知する魔法に秀でたインヴィタドを使おうにもいつまで猶予が残されているのかは誰も答えられない。
「く……っ!」
ニクス様に見据えられて所長は止む無く腕を振り下ろした。余裕が無いのは、皆一緒だ。
「含みのある言い方に付き合いはしない。だが、返答次第ではすぐにでもお前の首を撥ねてやる。答えてもらうぞ」
通告と言うよりは脅しだったが、それすら聞き流すかの様にロボは目を閉じていた。やがて開いた目は俯き、どこか遠くを見ながら彼は口を開く。
「フエンテとは、この境壊世界の危うい均衡を保つ為に異界の門を管理していた召喚士だ。その存在は秘匿され、契約者とも接触せず秘密裏に才能を持つ仲間を増やしていた」
今までバラバラに聞いた話を一言でロボは纏めてしまう。チータ所長は懐疑的に思っているのか眉をひそめたが今の状況が現実だ。誰も知らない召喚士達が現れて暴れたのなら信じるしかない。
「そのフエンテだが、一枚岩ではなかった。内部は三つに分かれて水面下で対立していた」
「三つ?」
チータ所長以外、ボルンタから来た私達全員がロボの一言に違和感を催した。
「待てよ。フエンテ、ってのは過激派と穏健派の二つじゃないのか」
フェルトで襲ってきたベルトランが言っていた。チコの質問にロボは目を伏せて首をゆるゆると横に振る。
「お前達が初めてフエンテに接触した時点では確かに二極化していた。だが、元々はその二つに潰されたもう一つの陣営があった」
ベルトランとベルナルド、双子だったが彼らの考え方は二つに分かれていた。でも、まだ違う考え方で動いていたフエンテがいるなんて今まで考えもしない。
「人知れず、世界を壊さない様に異界の門を己が駆使する召喚術で塞ぐ。それが元々の源だった。お前達の知る二つは後付けに過ぎない」
「内容はそこまで変わっていない様に聞こえるけど……」
「今の連中とは根本が異なるな」
カルディナさんとニクス様が顔を見合わせる。
「どういう事でしょうか」
「今のフエンテは過激派と穏健派が存在するが、根本は共通している。利益の求め方でどう動くか。対立する違いはそれだけだ」
「その通りだ」
ニクス様の出した結論にロボは頷いて身を乗り出したが、縛られた体はほんの微かにしか動けない。
「利益名誉も求めていなかったフエンテがいた。しかし、穏便で人目には触れたくないが利益を求めた者がいた。そして、自身の力を誇示したがる者も現れ始めた。結果、原初のフエンテ達は理想に反する仲間達に大半が始末された」
……それが今のフエンテ、か。徐々に増えるだけでなく、きっとただでさえ増えにくい召喚士を斬り捨てる場面もあったから今まで私達の目にも触れなかったんだ。
「始末された中には今のフエンテに下り、黙って追従している者もいる。しかし俺の召喚士は過激派でも穏健派でもない考えで動いていた本物のフエンテだった。だからどちらにも属さなかったせいで今は幽閉されている」
今ままでロボの召喚士を一度も見なかったのは能力も理由だろうけど、来なかったのではなく来れなかったんだ。皆が初めて聞く話に口を挟めずにいるとロボは尚も続ける。
「俺は召喚士の命を盾に立場上はどっちつかずのまま、命令に従わざるを得なかった」
だからレジェスとアマドルだけでなく、ロルダンの逃走の時もロボの力が使われたんだ。……板挟みのままでいい様に利用されていたらしい。
「だからと言って許されない事は分かっている。それでもこの好機は逃せない!自分の召喚士を救い、元のフエンテを取り戻したいからこの場に甘んじ話をしている。それが……答えだ」
所長からの問いにロボは迷いなく言い返す。その眼には曇りは無く、真っ直ぐ自分を見下ろすチータ所長の顔を映し出していた。
「……成程。自分の召喚士が人質。他人のインヴィタドを従わせるにはこれ以上無い取引材料だろうな」
フエンテを裏切っているかと言えばそうかもしれない。だけど、ロボは自分の召喚士まで見捨てるつもりは毛頭無い様だ。




