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差異の自覚。

 風が運ぶ煙に混じる血や肉の焼ける匂いに顔をしかめていたのは俺だけじゃない。俺にしがみ付いているチコも同じだった。チータ所長の召喚した天馬に跨り、俺達は親父を追って空を駆けている。昨日までのカスコなら見晴らしも最高だったろうに。

 「向こうも、君の接近には気付いているのか」

 他人の腰に抱き着いているのはチコだけじゃない。俺だって落ちない様に所長の鎧を掴んで離せなかった。俺の言った方向に真っ直ぐペガソを走らせる所長の目線はあちこちの状況を確認している様だった。

 「……移動はしています。少し進路を東に寄らせてください」

 「分かった」

 あちこちから聞こえる悲鳴や破裂音にも反応して所長は目まぐるしく首をきょろきょろと動かしていた。落ち着きが無いとは違う。刻一刻と変化する状況に目を光らせているんだとは俺にも分かる。ペガソが進路を変えると、少し臭いが弱まった気がした。一方、俺の感じていた気配は逆にどんどん強まっていく。

 「でも逃げるならもっと急ぐと思うんすよね」

 親父がカスコにまた現れた。あの時は俺達が完全に先手を取ったが、今回も同じ結果になるだろうか。ペガソに比べると鈍重とも言える速度で移動は続けているが、俺の勘が正確ならせいぜい小走り程度。足止めされてるか何かでたまに止まってる時や引き返している場合もある。

 「………」

 「うっ……。す、すんません……」

 少し考え込んでたら所長がこっちを睨んでいた。その迫力に思わず俺は耳から力が抜けて謝ってしまう。すげー眼力なんだよな……。

 「いや。そこまではっきりと敵を認識できるとはな、と感心していただけだ」

 所長は前を向いて再度、ペガソの手綱を鳴らす。……敵、か……。俺は親父をどうしたいんだろう。

 「君は」

 またあちこちを見回しながら所長が口を開く。チコは煙を吸い過ぎたのか一度咳き込んだ。

 「君は、人を転移させる事はできないのか。相手と同じ力を持っているのだろう?」

 「そんなワープみたいな事、できるなら俺がしてますよ」

 チータ所長は微かに首を傾げた。

 「……ワープ?」

 チコが俺の背中をドン、とどついた。いけね。

 「ええと……」

 「……君は、力の使い方を間違えていないか?」

 俺が転移と言い直す前に、所長からの一言でぎくりとした。

 「間違い、すか……」

 視線は前を見ながら、こちらに口元は見える様に所長は顔を向けてくれた。

 「君は相手の気配をこの荒れたカスコの中でも辿る事ができている。それはつまり、相手と違う、もしくは相手以上の力を持っているという事だ」

 俺が親父に対して一方的に持っているアドバンテージ。言われればそう解釈もできるんだろうが、俺からすればピンとは来ない。

 だけど、違うってのは分かるかもしれない。抜いたまま持った手元のニエブライリスを見る。本当だったら、俺は自分で消せる力を上手く扱えないといけない。なのに、俺は上手く制御ができないからこうして色ごとに役割を与えて使っている。

 ……もしかしたら、もっと応用できるのに俺は自分で七色と灰色、八つに可能性を絞っちまっていたのかもしれないな。

 「ありがとう、ございます」

 でも、俺はやっぱり恵まれているよ。きっと、これが無かったら八つにもできないんだろうからさ。

 「礼はいい。君の感じている気配とやらが本当にその通り、敵へ案内してくれているとは限らないしな」

 「うっ……」

 ……前言撤回だ。やっぱこの人苦手だわ……。

 でも、所長ってんだからこれくらいじゃなきゃダメなんだろうな。……俺が案内している間に、止められた戦火だってあったのかもしれないし。


 その後、俺の案内は見事に的中して親父と遭遇する。そこで本来、俺とチコが真っ先に戦うべきだったのに出番はなかった。何故なら、親父が俺を認識したタイミングとほぼ同時にチータ所長が倒してしまったから。

 所長が人間の女性とは思えぬ速度で繰り出した早業は、獣人の俺から見ても卓越した技術だったと思う。だけど、それ以上に親父の動きが妙だった。油断していたのか、ほとんど抵抗する素振りすら見せずに倒れてしまう。

 所長はすぐに腕輪から召喚陣を取り出し、オンディーナを呼ぶと近くの民家から出ていた火を消させた。その間にペガソをもう一頭召喚すると俺に親父を運ぶ様に言ってきた。カスコ支所に連れ帰る為に。


 ……駄目だ、完全に案内係と荷物持ちでしか役に立たなかった。だけど、俺と親父の力が同じ様で違う理由に気付けたのはこっちにとっては収穫だった、よな。

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