イラ・イ・ビエンテ
一歩、レブが前へ足を踏み鳴らして進み出る。
「私をただの細枝で一瞬でも止められると、本気で思っているのならその浅はかさは度し難いな……!」
口の端からレブが炎を揺らめかせた。その顔に湛えた感情を真っ向から浴びせられるだけでもベルナルドは気圧されて身を引く。
レブの力は魔法だけじゃない。彼の爪も、牙も腕力もまた武器だ。仮に樹木が雷撃を通さないとして、残ったレブの力をどう抑えると言うのか。その術も用意しておかなければレブを完封する事などできない。木の根だって電気を防いだとしても熱や火には弱かった。レブの腕力に劣る強度と火への脆さで止まりはしない。その程度で倒されては紫竜が異界の武王なんて呼ばれてはいないだろう。レブはそれに対して愚かと言っているんだ。
「く……!」
本気で殺気を放つ竜人を前にして怖がらないなんて人間がいるだろうか。いたとすれば、そんな人間はとうに狂っている。
ベルナルドとて、壊れてはいなかった。あくまでも自我を振り切らない程度にレブと私を狙っている。だから呆然としそうになりながらも辛うじて睨んでいるだけ。
「もう一撃!」
レブに言われたからというのもあるが、今度は手を掲げて振り下ろす。同時に空からベルナルドへ落雷を浴びせた。
「が、あぁぁぁぁぁ!」
今度は当たった!レブに気を取られている内に練った魔法がバン、と遅れて音を立てて地面を弾かせる。間違いなくベルナルドの頭に電気は流れた筈だ。
「………!」
それもレブの様に小悪魔を成す術も無く黒焦げにする程の威力じゃない。殺さない程度に、と念じて放った電撃はせいぜい意識を失わせる程度……。
「やりやがったな……女ぁ!」
そこまで私では狙って発動させられなかった。ベルナルドの視線がこちらへ向いたが、彼は急に後ろへ跳んだ。風の魔法で一気に距離を離した相手と甲殻虫人にレブが間合いを詰めようと身を屈めるが、私が止める。
「……私達を狙いに来たの?」
この話は捕らえてからするつもりだった。今までは先に話していたから逃げられていたんだから。だけど、結局今回も後回しにしたら何も分からずに終わる気がする。
「俺はな……!」
短い返答に乗せられた殺意が私に届く。最後にベルナルドと遭遇したのはボルンタのピエドゥラだ。恐らく、あの時にレブがやった事に対して今日まで相当恨みを溜め込んでいたのだろう。
だがベルナルドの俺は、という発言が引っ掛かる。ロボがいるのは当然にしても、彼はどうしてカスコにまた現れた?それにもしかして……他のフエンテも来ている?
「大人しくしていたと思えば、随分と粗末で温い攻撃だったな」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
レブからの挑発にも相手は簡単に乗ってしまう。ベルナルドが唾を吐き散らしながら怒鳴り、再度足元から木の根が伸びる。そんなものに魔法は使うまでもない。レブは自分を貫く勢いで伸びる木を手で軽く弾くだけでその場から動かずに避けた。根は私のすぐ脇を抜けて家の壁に穴を穿っている。
「この程度なら我が召喚士ですら殺せぬぞ」
「………」
実際は危ういよ、それ……。電撃を防がれたら私には相手を攻撃する手段がない。
「いちいちうるっせぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うっ……!」
勿論レブも私が未熟とは分かっている。ベルナルドが叫ぶと同時にレブの片翼が広がって私の前を守る様に覆った。その途端に風が吹き荒れ、崩れた壁すらも風圧に切断されて形を変える。
「レブ!」
「動くな」
レブの翼は風を受けて揺れるだけだった。ベルナルドの魔法ぐらいではレブは傷付かないらしい。盾にする様で悪いけど……。
「カスコの人は関係無いでしょう!この町から離れなさい!」
翼を挟んで私は声を張る。まだ風は止まず、家の壁に裂傷を荒々しく走らせている。これだけ威力を持たせて風が吹いたら本人の負担だって相当掛かっている筈なのに。
「俺に指図するなぁぁぁぁ!」
ベルナルドが更に大きな声を張る。以前の様な余裕はそこになく、ロルダンに激昂したライさんを彷彿とさせた。私の言う事に応じるとは思えなかったが、言わずにはいられない。
「この町を壊して得なんてしないでしょう!」
過激派、なんていたくらいだがフエンテは今日まで極力その存在をオリソンティ・エラの表から消していた召喚士達だ。それを、私達への復讐心だけで台無しにするなんて余りにも無計画過ぎる。
「得ならあるに決まっているぅ!」
その一言と共に、風が徐々に止んでいく。レブの翼もゆっくりと畳まれていった。




