横槍の唐竹割り。
「レアンドロからの報告書で読んだ、君がカスコの図書館で会った王子の頬を張ったという部分は事実か」
「はい。間違いありません」
眉間に刻まれた皺を揉み解す所長の横でレアンドロ副所長は笑みを浮かべた。
「認めましたね。それでは……」
「レアンドロの報告書は最初の三行しか読んでいない。続きは君の口から聞きかせてくれ」
何か言い欠けた副所長を遮ってチータ所長が二言。副所長からは笑顔が消えて大きく口を開いて言葉を失っていた。
「え……?」
「部下には下らん真似をするなと言ったつもりだったが……。すぐに戻れなくてすまなかった」
チータ所長はそのまま、静かにカルディナさんへと頭を下げた。その姿に狼狽しているのはカルディナさんだけでなく、副所長も同様だった。
「な、所長……!何故所長が」
「お前は黙っていろっ!」
視線と一喝でチータ所長が副所長の言葉を完全に奪った。
「う、あ……」
完全に委縮した副所長の姿は以前見た事がある。……イサク王子がレブの前で転んだ時と同じだった。
「城の中から抜け出さぬ様に見張りはつけていた。だが、まさか許可されている出先で君達と遭遇するとは配慮していなかった」
任務を遂行してあらゆる場面で王子と行動を共にしていれば、とチータ所長は言っていた。実際その通りしてくれていたのだろう。だけど、見張りを連れた上で図書館の一件だ。所長からすれば自分の落ち度もあると思っているみたい。
「私が王子の頬を張ったのは事実です。改めて経緯を聞いて頂けますか。……お許しが出るのなら」
「頼む」
顔を上げた所長と、カルディナさんが同時にレアンドロ副所長の方を見る。副所長の方は何も言おうとしなかった。
意味を成さなかった副所長の報告書代わりに再度カルディナさんの口から静々と語られる。あくまでもカルディナさんの主観を通じて話していたが、その報告に虚偽は無かった。単純に話せば、王子が放った契約者への発言に対してカルディナさんは激昂して頬を張った。そこは疑うまでもない。チータ所長が興味を持ったのは、王子が何と言ったか。それに対してカルディナさんがどう感じたか、という部分だった。何度もレアンドロ副所長はカルディナさんに対して口を開き欠けたがその度に所長が黙らせていた。
「……良く分かった」
最後に、チータ所長が言ってカルディナさんは頭を下げる。
「重ね重ね、申し訳ございません」
「私には謝らないでいい。……しかし、契約者が手抜きか。よくも回らない頭でそんな言葉を思い付く」
当然、どうして私達が図書館に集まっていたのかという部分に関しても聞かれた。だから話の途中ではあったが資料も見せている。この話は後にしよう、と言われていただけにこちらも身構えていた。
「一つ言えるのは、契約者に不手際はない。それに私は契約者の手腕も疑っていない」
「こ、こちらもです!私とて召喚士!契約者への暴言にまで同意はしませぬ!」
私は、と言ってチータ所長がレアンドロ副所長を睨む。それに対してすぐに続いた副所長も私だって疑っていない。副所長の言う通り、契約者へあんな発言ができる人なんて普通の召喚士じゃ有り得ない。……フエンテは別として。
「ですが、だからと言って王子への……!」
「黙れと言った筈だ」
ぐ、と声を詰まらせてレアンドロ副所長は命令によってまだ口を閉ざされる。……根が真面目なんだろうな。
「……王子を見張れと指示は出していたが、本人の言動までは制限できなかった。それこそ、私達の落度だ。本人が自ら君達を見て話し掛け、諸君の神経を逆撫でする……予想できない範囲ではなかっただろうに」
唇を噛み締める所長に誰も何も言わない。こういう時に一番口を開きたがる人物はまだ黙っている。
「私はそこの竜人にも嘘を吐いた事になるな。……これでは人間への不信を買わせてしまったか」
その人物へチータ所長も自嘲気味に話し掛けた。それでも彼、レブは何も言おうとしない。
「あ……」
所長達が来る前に言っていた事を思い出す。……こういうのは真面目じゃなくて、頑固って言うんだよ。
「……思う所があるんでしょ?言ってよ、レブ」
静かにしてと言った私に対して出張るつもりはないと答えてくれたレブ。肩を落として私に対してレブは待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「元々期待はしていない。会う機会があれば同じ事になるとは分かっていた。ただ単に訪れた再会がお前達にとって、遅かったか早かったかの違いだ」




