引いて駄目なら押してみる。
「あ、なんだ……。不要だって処分するのかと思った……」
「フジタカってたまに物騒な事言い出すよな……」
チコが身構えるのも無理はないよ。フジタカは普段は平和主義っぽいのに。寧ろ、だから極端な考え方をしてしまうのかな。話を聞いて一人で胸を撫で下ろしているし。
「じゃあ確実に召喚術自体は使えるんだな、あの王子は」
魔法は継承されるものではない。だけど王家の血脈は後継者がいる。フジタカに指摘されるとその仕組みに違和感は覚える。親から召喚術を与えられる……それも私から見れば契約者か親からかの違いに過ぎないんだけど気持ちは変わるかも。しかも、異世界では代を重ねれば強力になるなんて言うんだし。
「ただし、あの王子は見掛け倒しよ」
フジタカが最終的に気にしていたのはあの王子も本当に召喚術が使えるのかどうか。答えが分かったところで納得してもらったところにカルディナさんがやっとこちらを向いた。
「ロクに鍛錬はしていないと聞いています。本当に簡単な召喚の基礎しかできず、自分で召喚陣も描けないらしいわ」
復活したカルディナさんはどこか棘のある言い方を並べる。
「だから海竜の召喚陣を持っていったのか……」
ライさんも鬣を掻いて呆れている様だった。自分で描いた方が使い易いと思うのだけど……。
「恐らくね。あの従者達も腕の無い召喚士に海竜なんて渡さない。内心どうにかして取り上げたい筈……」
あの二人もカスコの腕輪を巻いていたから召喚士。であれば、少なくともさっき話した王家の執事とはまた違うカスコ支所からの出向召喚士なんだろうな。
召喚陣は描けないから人に描いてもらう、だけど自分の出したいインヴィタドは分不相応だから描いてもらえない。そんな不満に悶々としていたところに目に入った海竜の召喚陣。……食い付くにしても、あまりにも短絡的だ。
「破かれた召喚陣の再現ってできるんですかね……」
「本人ならどこにどれだけ注力して描いたかも分かるから、まだ可能性はあるでしょうね」
私も召喚陣を描けるか、と言われるとまだまだ基礎しかできていない。カルディナさんはその程度では無理だと言った。まして相手はフエンテの手練れが描いた竜の召喚陣……並の召喚士で理解するのは難しい。
「じゃあ気にしなくて良いのかな?」
「……だといいけど」
チコの結論にカルディナさんが静かに頷く。そして改めて全員を見回した。
「すっかり遅くなってしまったけど……ごめんなさい。今度は、私がやってしまった」
胸に手を当て深々とカルディナさんは私達に頭を下げる。イサク王子に対して頬を張ったのは紛れも無い事実だし、あの王子も従者も見逃す理由はきっと無い。海竜の召喚陣を盗まれたと話したところで味方してくれる者はいないだろうし。
「あの王子……本当にしょうもないよな……」
普段なら契約者に暴言を吐いたのが一般人やそこらの召喚士であれば、育成機関から話を通して厳重注意なり処罰を下す事もあるのだろう。だけど、今回に限っては育成機関もその悪態を吐いた者の傘下に当たる。それに対して直接反撃を加えた私達の方が立場は危うかった。しかも今回はレブの威嚇じゃないし。
「……調査はとりあえず明日からも引き続き皆で行って?今日は資料の位置を把握してから戻りましょう」
自分の未来を予想したのかカルディナさんは早々に資料を畳む。
「着眼点は悪くないと思うから。もう少し掘り下げられたら話を聞かせてもらえるかな?」
「はい、それは勿論……」
カルディナさんはその後、一度もニクス様の顔を見ないで図書館を後にしてカスコ支所に戻った。そして、その数刻後にレアンドロ副所長に連れて行かれてしまう。
戻ってくると言い渡されたのは謹慎処分、今回は私の様にカスコ支所の図書室の利用も認められなかったそうだ。チータ所長が再び戻るまで部屋で待機。食事も部屋に運ばれるため一切の外出を禁じられた。カルディナさんのインヴィタドであるトーロも同様で、二人で一室に閉じ込められてしまう。
「つまらない真似、を繰り返すか」
話を聞いたレブが言ったのはたぶんチータ所長がレアンドロ副所長に言った言葉だ。私達の謹慎処分に所長は快く思っていなかった。
「でも他にどうしようもないんだよ。立場がある人が危険人物を野放しにしておいちゃ示しもつかないし」
私達も部屋のベッドに腰掛けて話をするくらいしかできない。面会も禁止されているからカルディナさんが今何をしているかも分からないし。報告書でも書かされているのかな。




