人の傷付け方。
「撤回しなさい!」
イサク王子の話し声よりもずっと大きな声が張り上がる。その怒鳴り声には周りの利用者すら肩を竦めさせた。従者二人も気圧され息を呑むだけだった。
「契約者へ、貴方が言って良い言葉ではないわ!」
「な、な……!」
召喚術を用いてカスコを成した血族の末裔でも、その力を与えた者への侮蔑は許せない。契約者がいなければそもそも召喚術はこの世界に波及していなかったのだから。それを、あまりにも簡単に手抜きと言われたら堪ったものではない。
「王子!この者は……」
「ちっ!田舎者はどいつもこいつも俺の凄さを分かりやしねぇ……!」
女性の従者がイサク王子の顔を覗き込む。真っ赤に腫らせて痛みの衝撃で目を潤ませた王子は従者を押し退けて辺りを見回す。多分、他の利用者の目を気にしているんだと思う。
「あっ」
そこで王子がある一点を見て動きを止める。私達が本を広げていた机だ。
「良いもんあるじゃねーか……!」
ずかずかと大股でイサク王子が掴んだのは私の記帳の端からはみ出ていた一枚の羊皮紙。……いや、一枚だったと言うべきか。広げて二つに裂かれた紙にはそれぞれに半円の陣が描かれている。
紙の端を見ただけでそれを召喚陣と見抜いたのだから召喚術の心得は持っている。だけど、手に取ったそれは勝手に触って欲しくないものだった。
「なんだこれ、破けてるし……。でも、見た事の無い図柄だな……。腕輪に入れてないし、そこのインヴィタドとは関係無いよな?」
反省する素振りも見せずに王子は持ち上げた召喚陣をひらひら揺らす。さっきの契約者への侮辱を流そうと話を逸らしたがっている様に見えた。
「それは私達が回収した海竜の召喚陣です。返してください」
私が言った事に対して王子の表情が少し明るくなった。
「へぇぇ……。海竜の召喚陣、か。面白そうじゃん。俺が持っていく」
「な!勝手な事を言わないでください!」
私が取り返そうと前に出るがイサク王子は召喚陣を抱え込んで従者の後ろに下がってしまう。
「それは私達が描いた召喚陣じゃありません。貴方の手に負えるものでも、ない」
取り戻そうにもあの二人が邪魔で通れない。そこにカルディナさんが再度口を開く。その口調はいつもの穏やかなものではない。彼女なりの脅しだった。イサク王子は舌打ちをしてこちらを睨む。
「また俺の事をバカにしやがったな。でも、だったら余計に興味も湧いてきた。アンタらが描いてないのに持ってきたって事は……あの連中の召喚陣って事だろ」
気付かれた。自分が下手に海竜の召喚陣だと口にしなければ良かった。従者二人は訝し気に目を細めたが、イサク王子はさすがにフエンテの事を知っているらしい。鋭くした目付きから口元を曲げて白い歯を見せながら王子は笑う。
「契約者は儀式、その取り巻きは準備で忙しいんだろ?だったらこの俺がこの召喚陣を解析しといてやるよ。この世界の民に力を貸してやるのも、オリソンの血筋としては当然だからな」
「抽象的な指図しかできない癖に、物を偉そうに語るな」
「ぐ……!」
またレブが口走った。だけど、今回は私も止めようとしなかった。
「もう一度言います。契約者への先程の発言を取り消して頂きたい。そして、その召喚陣をこちらへ」
一歩も引かないカルディナさんの雰囲気に従者もイサク王子も口を閉ざす。それどころか、そのまま背中を向けた。
「ふ、ふん。召喚士が減ってるんだったら無理矢理にでも契約者が魔力線をこじ開ければいいだけだろう!それに竜の召喚陣は俺みたいな召喚士に扱われてこそだ。価値ある物を俺が持つだけの事。………行くぞ、お前ら!」
「はっ」
「この件は上に報告致します。然る処分をご覚悟なさるべきかと」
男性の従者の方が最後に捨て台詞を残し、三人はそそくさと図書館から出て行った。しばらく利用者はこちらを見ていたが、騒動が静まったと思ってくれたのか段々自分達の読書や調べものに意識を向けていく。
「………」
その中でカルディナさんは拳を震わせて一人、入口の方をずっと見ている。彼女の肩にそっと手を置いたのはニクス様だった。
「もうあの者達はいないぞ」
「……分かっております。ですが、あの王子の発言は……!」
まだ気持ちが治まっていないのかカルディナさんはニクス様にも強張った表情で迫る。
「あぁ、無茶苦茶だ。だが故に、理屈も破綻している」
「……その通りですけど」
他人事ではないにせよ、一人で感情的になっても始まらないとニクス様は落ち着いた様子だった。




