勘違いの的外れ。
私よりもカルディナさんの方が動揺を隠せずに俯いた。ニクス様はカルディナさんを静かに見詰めている。
選ばれた者しか召喚士は目指す事もできない。どこかで引っ掛かる表現だった。
「あれぇ?おい、そこの!お前らだ!」
考え始めたところで、先日聞いたばかりの声が静かだった図書館に響く。なるべく私達がぼそぼそ喋っていたのを全て無に帰す様に足音もカツンカツンと鳴らして彼は現れた。
「よぉ!こんな場所で会うとは奇遇だな!」
「……イサク王子」
私達の前に余裕の笑顔を見せて立った王子は真っ先にレブを睨み、それからニクス様へ顔を向けた。ニクス様は静かに頭を下げて見せる。
「契約者ニクス。知っているぞ、俺も小さい頃に一度だけ見た覚えがある」
「左様で」
後ろに険しい表情でローブ姿の男女がこちらを見ている。恐らく護衛の従者だと思う。彼ら二人はいないものの様にしてイサク王子は私達に馴れ馴れしく声を掛けてきた。
「それで、こんな場所で何をしているんだ?そんなインヴィタド共を連れて」
あぁ、まずい……。
「そんなインヴィタド、に泣かされて逃げ帰った腰抜けは絵本でも読んでいろ」
「なにぃ……!」
売り言葉に買い言葉。レブより先に反応できなかった私の落ち度だ。すぐにイサク王子は眉間に皺を刻んでレブを睨み付ける。
「………」
「う……」
その王子を気にするでもなくレブは肘を畳んで自分の手を見詰め、握り拳を作った。たったそれだけだったが、イサク王子の顔からは皺が消え、血の気がさっと引いた様に見える。
「レブ……」
「分かっている。振り上げ、振り下ろす価値も……」
「レブ」
口で言うのも駄目。念押しでもう一度言うとレブは手を下ろして代わりに顔を背けた。からかいたくなるんだろうな、ああいう人を見ると。
「……へへ、ちゃんと調教したんだな」
なのに、この方はそんな事を言う。レブもフジタカも、それにトーロとライさんも相手にはしない。
「このカスコの図書館で契約者にインヴィタドまで総出にして何をしているんだ?」
反応されないのが気に入らなかったのか、初めて会うカルディナさんとウーゴさんを向いてイサク王子は勝手に仕切り直す。他の利用者達も遠慮無い声量で話し掛ける王子を見て見ぬふりをしていた。
「昨今、カスコでは契約者が行ってきた召喚術を使う為の魔力線解放儀式成功者が減っていると聞きました。その実態を統計資料で調査しておりました」
「ふんふん、殊勝な心掛けだ」
ウーゴさんの対応にイサク王子は満足そうに先程までレブに見せていた怯えた顔から満面の笑みを浮かべる。こちらからすればウーゴさんの恭しさは半分芝居がかった大袈裟なものだったけど、王子は知る由もない。
「だが、そんなものはお前達が調査するまでもないぞ!」
何度も頷いていたイサク王子の首が落ち着くと堂々と言い放つ。その声は三階建ての図書館中に響いてしまった。
「王子、この場は他の利用者もおります故……」
「あぁ。俺が目立っちまうもんな」
従者の一人、男性の方が進言すると随分な曲解だが王子が初めて声を潜めた。
「……それで、調査が不要とはどういう、事でしょうか」
声量を絞ってくれたか確認する意味も込めてカルディナさんがイサク王子に尋ねる。
「答えが分かり切っているからだ」
左手の人差し指をニクス様に向けてイサク王子は言った。
「そこの契約者。お前が儀式で手を抜いているからだ。だから新生児達は契約できず、召喚士にもなれない。どうだ、この俺の推理は?」
何を言い出したかと思えば、王子は得意げに笑って見せる。さも自分の発言に間違いないんてないかの様に、やたら偉そうに。
その笑みと発言に私は心臓が凍て付く様な悪寒を感じて肌が泡立った。肩から腕、胸を中心に頭や腰へも広がっていく。
「ふざけるんじゃないっ!」
直後に怒号と共にパン、と大きな音が図書館に響き渡る。そして、赤く腫れた頬を押さえてイサク王子は尻餅をついた。
自分に何が起きたか分からない、と顔に書いて呆然とイサク王子は自分を張り倒した相手を見上げる。カスコの王族へ平手打ちを食らわせたカルディナさんは息を荒げ、ずっと走り回った後の様に肩を激しく上下させていた。歯ぎしりをしてカルディナさんが一歩前へ踏み込むとイサク王子は短く声を上げて腕力だけで後退る。
「何をする、無礼者!」
「誰を殴ったのか分かっているの!?」
図書館で起きるとは思えぬまさかの事態に連れていた従者の二人がやっと王子とカルディナさんの間に割って入る。その間に王子は立とうとしたが衝撃が残っているのか途中で一度ふらついた。




