上には上がいるのかいないのか。
最初に話を振ったトーロが落ち着く様になだめる。レブに感情的になるカルディナさんも初めて見たかも。
「あの様な者を象徴と私は感じていない」
「個人的な感想なのは分かるけど……あぁ、もう……」
カルディナさんが頭を押さえて唸り出す。心労がどんどん溜まっているんだろうな。申し訳ないとは思うけど……。
「フジタカを欲されても、渡すわけにはいきませんでした」
やっと正式なインヴィタドとして迎えられたんだ。ある意味では間が悪かったのかもしれないけど、仮にビアヘロ状態でもフジタカは同じ答えを選ぶ。
「やり方を考えてもらいたかった、って話よ」
「はい……」
レブは手っ取り早い方法を最優先にしてくれた。一撃で相手も骨身に染みたとは思う。それが最善だったかは、また別の話。
「体目当てで言い寄られるとは、大変だったなフジタカ」
「いや……別に」
トーロが優しくフジタカの肩に手を乗せて撫でる。フジタカを気遣ってくれているけど当の本人はあまり気にしていないのか、その手をゆっくりと退かす。
「なんなら今夜は話を聞くぞ?」
「だから間に合ってるっての!」
しかしトーロも引き下がらない。再び腰に手を回し、フジタカも強がっているのかその手を掴んで離すと声を荒げた。フジタカって身軽に見えて色々抱え込んでいるものはあるんだし、こういう時に甘えても良いと思うんだけどな。
「……本当に珍しかっただけか?」
ライさんの一言に全員の視線が一度集まった。
「どういう意味?」
カルディナさんが聞き返すとライさんは預けていた背を壁から離す。
「その王子がフエンテではないと言い切れるのか、という話さ。とぼけていただけかもしれん」
「残念だったな」
しかしレブはライさんを軽く笑ってしまう。
「あの小童に犬ころをどうこうする力は無い。こちらを慢心させるつもりだったとしても、それに何の利点がある」
油断して足元を掬われる、なんて事態は絶対に起きてはならない。だけど、それにしてもあの王子は何というか……迂闊だった。
「ライさん……疑っていたらキリがないですよ」
「………」
私を見下ろすライさんの視線はまだ何か言いたげだったが、目を伏せ一息吐くと頷いた。
「……そうだな。俺は実際に会っていないし、カスコの召喚士と契約者の関係を悪化させるのが目的だったとしても……この世界の住人は契約者を切り離す事はできないだろうしな」
もう一つのライさんの仮説は、そこまで考えられて行われたとしたら、とても恐ろしかった。普通の召喚士がやったとなれば即カスコからの追放にも繋がりかねない。ましてや牢屋に叩き込まれてもおかしくなかったのではないかとさえ今更思えてくる。インヴィタドを強制送還なんてされた日にはもう目も当てられない。
「レブ……やっぱり次は気を付けてね」
「……貴様がそう言うのならば、止むを得ないな」
向こうも契約者同伴の召喚士とインヴィタドだったからというのが一番大きな理由で知っていたんだ。普通に出会っていなくて良かったと思う。
「ライさん、すみません……」
「いや。こちらこそその場で妙な気を起こさずに済んだ。次は気を付けてくれれば良い」
俺も気に入らないだろうしな、と付け足してライさんも苦笑した。ウーゴさんもホッと胸を撫で下ろす。
「問題があるとすればあの副所長……でしょうか」
「副所長のお小言だけで済めば良いんですけどね……」
ウーゴさんに対してカルディナさんは肩を竦めてみせる。
「どういう事ですか?」
「忘れちゃダメでしょ」
私が聞くとカルディナさんがこちらに向き直る。
「あの人は副所長。だったらその上に所長もいるじゃない」
「あ……!」
確かに、忘れたままにしておくにはあまりに大きな存在が残っていた。どんな人かはまだお会いしていないけど、もしもレアンドロ副所長以上に厄介な人物だとしたら。あまり楽観はできそうにない。あの王子が告げ口したか、目撃証言が通報されるか。レアンドロ副所長やその周辺の耳に入るまでの時間はそう長くは掛からないだろう。
「……まずはご馳走になった鍋、リッチ達に返しておいてくれる?私達でできるだけの時間稼ぎはするから」
カルディナさんの苦い表情に私とチコ、フジタカはただただ頭を下げる事しかできず、レブも連れてミゲルさんとリッチさんが間借りしている店へと向かった。それは私達に与えられた反省文を考える若干の猶予時間となってしまう。
「どうすんだよ。デブのパンチで、俺達大騒ぎじゃねぇか」




