口の利き方。
初対面のチコに対しても容赦の無い一言。若いのに、と言われてしまうのは私を含めても仕方ないにしても、お前程度と言われる程この御方はチコの事を知らない筈なのに……。
「アンタにチコの何が分かるんだよ」
俯きかけるチコと、それを見下ろすイサク王子の間にフジタカが割って入った。
「……なに?」
へらへらと笑っていた王子の顔から表情が消える。
「お前のインヴィタドにならない理由がもう一つ。俺はアンタみたいな上から目線でしか口を利けない男は嫌いだ」
はっきりと口を動かしてフジタカに言われたのに、王子は口に笑みを浮かべる。それすらもどこか苦々しい。
「お前の意思など聞いていない。レアンドロから聞いているぞ、変な召喚士に狙われているとな」
情報の出所が分かった。カスコで私達の事情を知っているとすれば、確かにレアンドロ副所長が筆頭に挙がる。あと知っているとしてもミゲルさんとリッチさんか。これでフエンテ側ではない、とだけは知る事ができた。だとすれば……。
私はずっと黙っていたレブに目配せして見せる。
「俺の元に来れば俺のインヴィタドの力でお前を守ってやらないでもないぞ?そいつらも俺が蹴散ら……」
「ふん」
イサク王子が何か言っている途中で集会所周辺に突如ガン、と大きな音が響いた。レブが自分の拳を石畳の上に叩き付けたのだ。容易く石は砕けて拳は地面にまで届いたが、乾いた土と砕けた石は拳を離すとパラパラ風に乗って散っていく。
「な……は……」
問題があるとすれば、その振り下ろされた拳はあと指の爪一枚分ズレていたらイサク王子の足を貫いていた。いきなり動き出してレブを見て言葉を失ったイサク王子はなんとか声を洩らしたが数歩下がって尻餅をついてしまう。……そこまでしろとは言ってないんだけどな。言ってないからやっちゃったのか。
「季節外れの虫がいると思ったものでな」
「う、嘘をちゅくな!」
呂律が回らないのは寒さのせいか、それとも別の理由があるのか。王子はレブとレブが穿った穴を交互に見て後ろに後退る。
「さて、私が嘘を言っているのならインヴィタドが危機に陥る召喚士を守るだろうに」
「そ、それは……」
見たところ、王子はインヴィタドを連れている様子はない。召喚陣を携帯している様にも見えなかった。それどころか、護衛らしき人もいなさそう。遠巻きにこちらを見ている召喚士達も王子に手を差し伸べようとやって来る事もない。
「……ちっ。折角城を抜け出して来てやったってのに!つまんねぇ連中だ」
立ち上がったイサク王子の足は震えていた。
「そんな言う事を聞かないインヴィタド、いずれはお前達も同じ事をされるんだからな。俺からの忠告、受け取っておいて損はないぜ」
砂埃を叩き落として王子は背を向け歩き出す。振り返る事もなく、足早に集会場を後にして残されたのは私達に向けられる召喚士達の視線だった。
「……何だって言うんだよ。いきなり現れて」
フジタカが耳を畳んで肩を落とす。聞こえてくるどうしたかしたのか?アイツら、イサク王子に何をしてたんだ?という声に私も耳を塞ぎたくなった。
「さぁね……」
だけど誰も近付いては来ない。レブが腕を組んで威圧しているからだ。
「私は嘘を吐いたつもりはないぞ。季節外れに目障りな五月蝿い虫を黙らせたのだからな」
そういうの、敵を作る言い方だよ。……ちゃんと止めなかった私も悪いけど。
「あの様な虫にも劣る小さな心臓の小童が、この世界の在り方をいずれ握ろうとは。貴様も難儀な世界に生まれたものだな」
「レブに会えたからまだいいよ」
言われている事は分かる。カスコの城に暮らしている召喚士の王家にいる人が、あんな人物だなんて知らなかった。山を、海を越えてようやくお会いできる様な御方だから関係無いとさえ少し思っていたんだ。だからカスコに着いた時も私は城にあまり関心も持たなかった。
「………」
「あれ?どうかした?」
思い詰めない様に、と程々に切り上げて深呼吸する癖を身に付けられたのは自分でも良いと思っている。それを気付かせてくれたのはレブだが、彼は黙って私を見下ろしていた。
「いや、自分が何を言ったのか自覚を持っていまいなと感じてな」
「えっと……?」
私、何か言ったっけ。えーと……レブが地面を殴った理由を聞いて、イサク王子への感想を聞きながら私は……。
「あ!」
言った。レブに会えたからどうとか!ぼーっとしてたからって変な事!
「ち、違うの!」
「違うのか……」
レブが表情は変えずに声を低くする。……その様子を見て、堪らなかった。
「……やっぱり違わない、かな」
「……そうか」




