高い目線。
第四十二章
フジタカが言うにはフエンテの気配は全く感じない。だとすれば、多少のビアヘロ程度なら現れたところで私達でも十分に対処できる。だけど、カスコの結界を突破する程の強力なビアヘロであれば、その限りではない。しかし今度はカスコ中にいる召喚士をそのビアヘロは相手にしなくてはならない。だから連携さえ取る事ができれば、この召喚士が自然と集まる地が一番陥落しにくい場所と言える。
「おい、そこのお前達!」
しかし、私達が耳にした不穏な物音は爆発でも何かが溶解する音でもなかった。単なる人間の走る足音と、私達を呼ぶ男の声。
「……はい?」
足音にも先に気付いていたフジタカが私よりも早く反応した。
「ようやく見付けた……!」
速度を緩めて止まった目の前の男の人はチコよりも色素が薄く、明るい髪は今日の天気に相性が悪いが陽に透かせば眩しそう。背も鼻も高く血色の良い肌は寒さと走っていたせいか若干赤みを帯びていた。
「あの、どなたでしょうか」
端的に言えば一目見て容姿端麗だな、と印象の受ける男の人。運動後故の荒げた息に滲ませる汗を手の甲で拭う仕草もまた、男らしい。だけど、いきなり人をお前呼ばわりして見付けたと言われるのもまた、良い気分ではない。
「俺か!俺はイサク!お前は?」
年齢は私やチコよりも少し上。カルディナさんよりはたぶん若い……って、ごめんなさい。着ている服はやけに袖が広く、丈も大きい。通気性が良さそうと言うか、この時期にしては寒そうな恰好だった。走っていたから気にしなさそうだけど。
「ザナ、です。ザナ・セリャド……」
ふむ、と片眉をだけ上げてこちらを見るイサクさんの目は何かを見計らっている様だった。しかし私はイサクという名前に何か引っ掛かりを覚える。
「では、隣の獣人がフジタカ・ロボだな。聞いていた話よりも間抜けな顔だ」
顎に手を当てイサクさんは目線だけをフジタカに向け、率直な感想を送る。
「は、はぁぁぁぁ!?」
当然、間抜けと言われて不快に思わないわけがない。フジタカが大きく口を開けて鼻に皺を寄せる。私は咄嗟にフジタカの前に立った。
「フジタカ、待った!」
「う……」
フジタカの性格ならいきなり噛み付いたり殴ったりはしないだろう。だけどまずは落ち着いてもらわないと。
「躾はできているらしーな」
一方、イサクさんは落ち着いていると言うか暢気にフジタカを見据えていた。……どこか、見下すような目で。
「あの、何でしょうか。急に現れてフジタカの事を悪く言って」
一旦気を静めたフジタカを背に、私は相手へと向き直る。まさかと思うが、フエンテの召喚士が一人で現れたとしたら。
私にはライさんの様にいきなり殺しにかかることはできない。だけど、レブはまだ近くにいる。こっちにも気付いていないわけがない。
「気に障ったか。まぁ、自慢のインヴィタドらしいしな」
しかしこの人……私に対してバカにした目を向けるのに敵意や殺意は感じない。飄々と笑っているだけ。
……あれ?さっきからこの人、フジタカの事を知っている……?
「……フジタカは。彼は、私のインヴィタドではありません。向こうにいる召喚士、チコのインヴィタドです」
気乗りしないけど、この程度の話ならしても大丈夫だろう。ましてフジタカの召喚士が誰か、というのはもう決まった事なのだから。この話はもう大手を振って堂々としても良い。それに、指差すついでに見たらレブは完全にこっちを見ていた。
「じゃあ自分の召喚士を放ってお前は何をしているんだ?」
目線だけでなく、身体も向けてイサクさんは腰に手を当てフジタカに尋ねる。
「え、そ、それは……。食後に、ザナの食器洗いに付き合って汚れた口を拭いてて……」
「は!口を拭いてただぁ?あっはっは!あーっはっはっは!」
声を詰まらせたから、と言うよりはフジタカの話した内容を聞いてイサクさんは腹を抱えて笑い出す。その遠慮ない笑い声に周りの人々もイサクさんの存在に気が付いた。
「あれは……」
「まさか……?」
「どうして?契約者……?」
ざわつく周囲の声に私とフジタカも尋常じゃない雰囲気に身構える。その間にチコとレブもこちらへとやって来た。
「なんだよ、この騒ぎ……」
チコが気味悪そうに表情を曲げている間に人がじわじわとこちらに集まってくる。私達を中心に軽く円を描く様に集まったそれは、まるでセルヴァにニクス様が現れた時の様だった。
「もう気付かれたか。やっぱりこの町は歩きにくい」
イサクさんは言葉に反し今度はハハッと満更では無さそうに笑う。




