子どもじゃないんだから、役割はこなす。
「ありがとうございます!ちゃんと洗って返しに行きますから!」
「待ってるねぇ!」
リッチさんは最後に手を振ると人混みの中から耳だけはみ出させながら集会場からいなくなった。私も渡された籠を持ってニクス様達が儀式を行っている小屋へと向かった。
限られた時間の中で朝から行っている儀式に対して、ニクス様が言うには食べている時間すらも惜しいとの事だった。同じ場所に留まっているとはカスコ中に知れ渡っているのだから、真っ先に狙われる危険性もある。
それと同時に、立て続けに儀式を行っていては当然魔力は減る一方。少しでも力の巡りを良くするにはやっぱり、時間を割いて食事を摂り、休む事も必要だった。
「やっぱり料理も覚えておかなきゃこの世界でいざって時にサバイバルできないよな……」
「また変な言葉使ってる」
結局リッチさんからのご厚意とフジタカの説得でニクス様も休憩に入る事を承諾してくれる。寒空で子ども達の契約を待っていた親達にも説明して納得してもらえて良かった。召喚士が集まる町に住む人達だからこそ、魔力を一人で消費し続ける負担に関しても理解が早いみたい。昨日から続けて、というのも分かってくれているし。
「……そろそろ続けようか」
しかし仕事熱心なニクス様は鍋を空にしてあまり間を置かずに呟くとすぐに立ち上がろうとする。
「ニクス様、まだ休まれていた方が良いのでは?」
トーロが呼び止めてもニクス様は首を横に振ると肩を回した。
「そうでもない。外で我先にと己が子らと共に待ちわびている者達がいるのだ、休んでばかりもいられぬ」
外は灰色の空から白い雪がちらちらと町を浮遊していたが、それでも契約者の儀式に期待して親達は待っている。急かさずに待っているとは答えたものの、早く儀式を再開して自分の子に召喚術の才能があるかどうかを早く聞き出したいのだ。それをニクス様も知っているからこうして休むのも最小限にしてくれている。
「あとどれくらい儀式の希望者は残っているんですか?」
「ニクス様の魔力次第、ね。今日で終わるか、明日にまで伸びる人が出るかは現時点じゃなんとも」
契約者の儀式とは今日やったから、明日やったから結果が変わるというものではない。頭では分かっていても、待ちぼうけにされて気分は良くないだろう。カルディナさんもまだニクス様に休んでいてほしい様だったが、あくまでも本人の意思を尊重する。こうして明日に伸ばす事になっても、一人でも多く早く結果を伝える事になった。
「温まったぁ……。午後も頑張んぞ!」
「その調子でよろしく、フジタカ」
お腹も膨らんだ事で私達も元の持ち場へと戻る。意気込むのは良いが、不自然な何かが出現でもしない限り私達は棒立ちしているのが基本。レブはそれを分かっているのか自分だけブドウを頬張って、まだ臨戦態勢にはなっていなかった。
「……果糖は冷やすと甘く感じる、か。成程な……」
しかもよく分からない事を呟いている。カトー……またフジタカが何か吹き込んだのかな。
「おいデブ、ブドウに夢中で異変に気付かなかったなんてシャレにならないからな」
「人の事よりも自分の領分をこなしてから言え。口元を赤く染めた犬ころが」
ブドウを味わうレブに注意したと思ったら、簡単に言い返されてフジタカは口元を慌てて自分の手で拭う。でもそれじゃ毛についたトマトの赤色が悪戯に広がるだけだ。
「もうフジタカ。井戸水を汲んで拭こう?ちょっと変だよ」
「ぐ……」
スープ自体にそこまで濃い色は出ない。牙の間に挟まった、具材のトマトが潰れたのかな。
「ほら、もう。レブ、チコ……ちょっとそこの井戸に行ってるね?ついでに鍋も洗うよ」
「おう、ゆっくりでいいぞ」
チコは構わないみたいだけど、こちらがそうもいかない。ニクス様はもう既に契約を再開してくださっているんだし。レブに至っては言われたばかりなのにブドウを黙々と食べている。
「ほら、フジタカ」
「はーい……」
私はフジタカを連れて集会場の正反対側にある井戸へと向かった。人が固まって集まらない場所だから、レブの顔もちゃんと見えている。いざとなれば、声を張れば彼ならすぐに気付いてくれる筈だ。
「よいしょいと」
桶を巻き上げてフジタカが汲んだ水に布を浸ける。水気を完全には抜かない程度に絞ってから手渡した。
「はい、使って」
「おう」
ごしごしと口と手を拭ってフジタカの毛皮が濡れる。水を含んだ事でぼそぼそと纏まり、細まった毛からは確かに赤みが抜けた。しかしそれも完全とは言えない。




