フェルサ・イ・リミテ
末恐ろしい話を聞かされてしまったが、強化するのはレブだけではない。私の力の底上げが、レブが強くなる一番の近道なんだ。
「いいよ、レブ。最初から飛ばして行こう」
「そうさな……」
レブが何かに引っ張られる様に手を上げると翼を広げ空へと昇っていく。その間に胸が一際大きく跳ねて私は押さえながら踏ん張った。
「どの程度、飛ばすものか……!」
レブの上空を中心に暗雲が立ち込める。その時点で雲の奥で雷が発光していた。
「もう少し大きくするぞ」
「どんどんやって……!」
答えると同時に更に胸が締められる。胸の痛みは魔法を放つまでの準備期間に発生する物だ。弓を番えて手放すその瞬間まで集中力は切らせない。
雲は大きさを増していく。しかしその速度はタムズの時に比べるとかなり遅い。あれから随分経つし、あの時の体感時間と今が同じとは限らないけど……。
「もっと急げば貴様の心臓や魔力線を潰しかねん」
「く……!」
これでも様子見をしているんだ。私だけが慌ててもいけない。二人の調子を合わせないといけないんだ。
「……すー……」
呼吸を意識して。私はできるだけ自分の手で掬い上げた魔力をレブへと送り出す。受け取ったの確認したら、もう一度汲み上げてレブに貸してやる。その繰り返しで魔法を編み上げれば良いんだ。
「あぁ、大したものだ。時間さえ掛ければ貴様と私でこれだけやれる……!」
既に平原の空は黒一色。そこかしこから漏れ出る雷光は留まる事を知らずに雲の中を駆け回っている。レブも片手だけではなく両手を空へ掲げていた。左脇腹の上部が微かに発光しているのは、私が刻んだ専属契約の陣からこちらの魔力が伝わっている証拠。
「……限界、だな」
随分高いところからだったが、レブの呟きは陣を通して私にも聞こえていた。だけど私の魔力にはまだ余裕がある。
「まだ、違うでしょ……?」
タムズ戦の再現は今と状況が異なる。あの時はレブも雷を身に纏っていた。
「いいや、これまでだ。面白い物を見せてやる……!」
ぞわ、と肌が泡立ち寒気が走る。轟音と共に雲が動き出す。
「私も貴様がどれだけ力を持っているのか引き出せていなかった。それはインヴィタドである私の怠慢だ。だからこそこの場で発揮して見せる。括目せよ……!瞬きする間に破壊する!」
レブが腕を振り下ろした。
「雷鳴よ!音を越え、光を成して我が召喚士へ汝の力を示せ……!」
レブに応じて魔法が解き放たれる。空から光が堕ちたのは分かった。長い、長い地震が立っていられない程の衝撃を私に与える。倒れたのは魔力切れのせいではない。
「あれ……?」
光に呑み込まれたと思った瞬間、よく見ておけと言われたのに私は目を瞑ってしまった。しかし、場の空気が変わったと感じて私は再び目を開ける。すると辺りは光の無い暗黒の空間だった。
「え……レブ?」
目がチカチカして痛むのは分かる。だけど自分の手も見えない真っ暗闇の中、私はレブを呼んだ。
「落ち着け」
背後でレブの声が聞こえたと思えばキィ、と蝶番が軋む音と共に扉が開いた。暗い部屋の中に廊下の灯りが揺らめいて挿し込まれる。
「……カスコ支所」
自分達があの名も無き平原からカスコ支所に戻って来たのは分かった。レブも頷くと私の手を引っ張り立ち上がらせる。
「あの空間を破壊した。貴様と私の一撃でな」
「そんな……」
振り返ると、部屋の中心の床に召喚陣らしき紋様が見えた。しかしその大半は削り取られた跡があり、陣としての機能は到底果たせそうにない。あそこに刻まれた召喚陣があの平原自体を呼び出していたのだろう。
「立派な空間だったが私達には役不足だった。あれ以上魔力を溜めればカスコ支所をも消していたかも知れぬな」
「だから限界って言ったんだ……」
でも、これって……。
「何の騒ぎだ!」
隠れていた召喚陣を異界ごしに壊すだけの魔法を使ったのだ、カスコ支所の中でも何かしら影響が出ていてもおかしくない。地震か、轟音か落雷か……。
様子を見に行こうにも真っ先に駆け付けたのはこういう時に限ってレアンドロ副所長。その表情は明らかに朗らかなものではない。
「……あちゃあ」
カスコ支所で長年使われていた一室を破壊してしまった。あらゆる可能性を広げる為の特訓だったが、こればかりは副所長に大人しく叱られる以外の選択肢を私は思い付かなかった……。




