伝達力と理解力の齟齬。
「彼らの情報を集めたい。そして、彼らが成そうとしている事がいかに危険かを知らせなければならない」
そこで初めてレアンドロ副所長の表情が変わる。
「彼らの行動目的を知ったのですか」
「異世界の門を管理していると、ガランに向かう途中で知りました」
島民が避難してもぬけの空になっていたレパラルでカドモスが教えてくれた事。それを信じていいのか、分からないが豪語するだけの実力は持っている。
「……詳しくお聞かせ願えますか」
やっと副所長もこちらの持ってきた話が軽い物ではないと理解してくれた。あとは私達の伝え方次第だ。
順を追いながらも私達に何が起きたか、その時にどう対応したかを事細かに説明した。強調したのは、私達の敵は異世界の脅威なんかではなかった。隣にいた同じ人間だった事。
報告書を流し見しただけの男にこんな事を言っても伝わり切らないのも分かっている。だけど、私達の暮らしを自分の気持ち次第で善くも悪くもしようと考えている一部の集団がいる。それを、今日まで団結してビアヘロに立ち向かっていた我々が野放しにして良いわけがない。
「話は分かりました」
問題があるとすれば、フジタカの存在は伏せていた事だ。今この場にビアヘロがいると話して中身を拗れさせたくなかったから私達からの報告は、フジタカの稀有な力も同じ力を持つ男に狙われているとだけ言ってある。
「しかし、こちらの一存で対処できる問題ではない」
だから私達は話を一度で通じさせられる所長にお会いしたかった。半端な立場の人に話してもこうなるのは予想できたし。
「所長にはこちらから伝えておきます。契約者ご一行はしばし、このカスコ支所にご滞在頂きたい」
「何を悠長な事を……!」
こうしている間にもフエンテが次に何をするのか。常に後手後手に回っている私達が敢えて座して待つなんて。トーロも明らかに不満を口にした。
「我々も、対策を打つにも準備が必要なものでしてね」
口調こそ穏やかだが、トーロを見る副所長の目は冷たい。理解者にはなってもらえたと思いたいのに、彼にそんな態度をされてはとても期待なんてできなかった。
「話はこれまでにしましょう。契約者ニクス様。御身はカスコの召喚士がお守りします。どうか、ご自愛ください」
勝手に話を切り上げてレアンドロ副所長は席を立つ。
「個室には係の者に案内させましょう。召喚士諸君も、設備はいる間だけでも好きに利用して構いません」
素直に、喜べない。
「ですが、インヴィタド達に礼儀と教養を教えた方が良いかもしれませんね。折角の時間、有効にご利用ください」
そんな捨て台詞を残して部屋の扉を閉める。だけどあんな安い挑発に乗って暴れ出す者なんていない。
「なんなの……あの男!」
ただし、不快に思わないわけでもない。真っ先に口を開いたのはカルディナさんだった。
「でもあの人くらいしか全部を知ってる人って今はいないんですよね」
話す相手を間違えたかも、と思わざるを得ない。たぶんレアンドロ副所長は、入って来た時に誰が立ったか、立っていないかなんてのを確認していたんだ。立たなかったのはレブとフジタカ、そしてライさん。最後にトーロを冷ややかに見てたから、話に割り込まれたのも気に入らなかったらしい。だから礼儀とか何とか言っていたんだ。
「即決は期待できないな……」
ニクス様から見ても望みは薄いみたい。だけど立ち上がって全員を見回した。
「各自、今夜は休養を取ってほしい。ご苦労だった」
程なくして、さっきこの客間まで案内してくれた召喚士が迎えに来てくれる。私達を部屋へ案内すると戻ってしまったが、何か用事があればまず呼んでほしいと言ってくれた。
「すごいね、ベッドが二つある」
私とレブが通された部屋はトロノ支所と比べて単純に倍の広さはあった。二人分の机に、二人分のベッド。明らかに召喚士と人型のインヴィタド用に作られている。左側が大きいから、レブに使ってもらおう。
「ふむ」
しかしレブが座ったのは右側のベッド。たぶんレブが横たわったら足がはみ出る。
「レブはそっち」
「違うと思うぞ」
左側の大きなベッドを指差しても、レブは動こうとしない。
「インヴィタドが召喚士よりも豪華な寝床を利用するな、とあの男なら言うのだろう」
「……レアンドロ副所長の事?気にしてるの?」
らしくないと言うか。いかにも言いそうだけど、そんなの私達の間には関係ないよ。私はレブの隣に座って顔を覗き込む。
「私はレブに使ってほしいの。しっかり休んでもらいたいから」




