一人で取り残されて。
角ばったリンゴをあっさりと食べてフジタカは手に滴った果汁を舐め取った。
「でもこれじゃ足りないぞ……」
そりゃあそうだよね。年頃の男の子にリンゴ一個なんて腹が膨れるわけもない。チコはもう一つ、まだ皮を剥いていないリンゴをすぐに取り出した。
「そう言うと思って、もう一個買ってあったんだな、これが」
「おぉ、ありがてぇ!」
フジタカは喜んでいるけど、そんなにリンゴが好きだったっけ……。それだけお腹が空いてるのかな。
「待ってろ、今もう一回狼を剥いてやるからな……!」
「ちょちょちょちょっと待て!」
リンゴのどこから皮を剥くか傾け始めたチコを慌ててフジタカが毛布を退かして止める。
「狼は良いって。だったら俺が兎の見本を見せてやる。見てろ……」
そこでフジタカがアルコイリスを展開したものだから今度は私とチコが顔色を変えた。
「フジタカ、待って!」
「おめぇ、リンゴ消えるだろうが!」
「え?」
フジタカの手が止まり、窓の外を見る。天気の悪い曇り空だが、暗いだけではない。
「え、もう朝……!?」
「昼などとうに過ぎている」
レブが答えてやるとフジタカはゆっくりとナイフを畳み、リンゴを見下ろした。
「マジか……俺、そんなに寝てたのか……」
症状としては私と似た様なものだけど、何せフジタカは魔力切れで倒れた経験が無い。寧ろ、あれだけ静かに寝ていて、空腹を訴えられるだけよく回復してくれた。私は夕方……下手すれば、明日まで起きないかとも思っていたくらいだ。
「起きたんだから大丈夫。リンゴは……私剥くよ」
フジタカからリンゴを受け取り、私はチコが使った果物ナイフでリンゴの皮を剥いてやる。悪いけど兎とか狼とかにはしない。でも、極力皮を薄く剥く事にだけは拘った。
「綺麗なもんだな」
「でしょ?」
芯もくり抜いて切り分けて皿に盛り、フジタカに差し出すと彼は一つ口に放り込んだ。
「うん、美味い」
「俺の時は普通だったじゃねえか」
フジタカの為に剥いたリンゴをチコも取って食べてしまう。呑み込んだフジタカは負けじともう一つを手に取って指差す。
「お前のはべたべた触り過ぎ。そんで、狼にしたから芯だってところどころ固かった」
「う……」
言われた部分に心当たりがあるのだろう、チコも声を詰まらせて言い返さない。
「でも」
フジタカがもう一つリンゴを頬張る。
「ありがとな。気ぃ遣ってくれて」
「……いや」
フジタカを思って用意したのはチコだ。それは間違いない。もちろんフジタカにはそんなチコからの気持ちも届いていた。
「よぉし、リンゴ食ったら元気一発!頑張っていくぞ」
フジタカは続け様にリンゴを口に詰め込む。それを見ていたレブが口を開いた。
「ならば、あの子犬にした事を再び再現してもらうぞ」
「っ……!」
気を取り直しつつあったフジタカの表情が強張ってしまう。レブが何を言いたいのか分かってフジタカに向き直った。
「フジタカのおかげでアイナちゃんの犬……コールの足は治ったみたいだったよ」
今日は出歩いていないから会っていない。だけど昨日見た限りでは何の不調も無さそうだった。フジタカがやり遂げてくれたのは伝えておかないと。
「だからフジタカ……無理しないで。まだ全快じゃないんでしょ?」
「……あぁ」
フジタカはナイフを見下ろしてからしまう。
「鞄を直した時に少し変だな、って思った。だから犬の怪我にナイフを使うのも少し危ない気はしてたんだ。そうしたら、立っていられなくなってさ」
服の上から胸を押さえてフジタカは昨日の感覚を思い返している。そう、身体に直接刻まれた記憶って簡単には消えないんだよね。
「同じ事は無理だな。なんだろう、明日ならできる気がするとか……そういうのも分からない。だけど今は昨日と同じ事はできない。それははっきりしてる。……できないなんて言うのも恥ずかしいけどさ」
そんな事は無い、と私は首を横に振った。
「自分の力量を感覚でも分かる様になったなら、それは進歩だよフジタカ」
「貴様がそれを言うか」
教えてくれたのはレブだもんね……。聞き流してほしかったけど指摘されて地味に顔が熱くなってきた。
「……それで事態が好転してくれれば、俺から言う事は無いんだけどな」
言う事、は私達の方にはまだあった。自然にチコがこちらを見たので頷いた。
「あのなフジタカ……。もう一つ、話さないといけない事があるんだ」
「うん?」
他に思い当たる節がなかったのか、フジタカは首を傾げる。
「お前がビアヘロだって事……皆に知られた」




