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白い鳥  作者: 九JACK
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 代が目を覚ますと、きい、と鎖の軋む音。空の色は変わらず青。どうやらブランコを漕ぎながらうたた寝をしていたらしい。瑤に会えたような気がしていたが、夢だったようだ。

 こんな場所でうたた寝をして、風邪でも引いたらいけない。と代は帰ることにした。自分が寝坊助であることをすっかり忘れていた。うちには目覚まし時計がない。そのため、代はよく寝坊をして、遅刻をしていた。ひどいときは、一時間目の授業が終わるまで悠々と寝ていたくらいだ。寝る子は育つというが、遅刻常習犯の代については、どんなに成績優秀でも苦笑いされた。

 代の母は看護婦である。そういえば、最近は「看護婦」と呼ぶのは駄目だとか聞いた。男女差別とかなんとか。「お母さんは病院で看護婦さんをしています」と言い慣れてしまったのだが、どうしてくれるのだろうか、なんて、他愛もないことを代は考えていた。

 代が異変に気づいたのは、家の前まで来たときだった。

 代の家には車が一台ある。代がこの町に越してきたのはもう三年近く前の話だ。その頃は四人乗りの小さな紺色の車に乗っていたのだが、一年も経たないくらい前、そう、代が小学一年生の中頃に、大きい緑の車になった。大きい車は車体が長いため、家にある二台分の車庫に斜めに納めないと、はみ出てしまう。父がぐるぐるハンドルを回して車庫入れするのを見て、どうして車を変えたんだろう、と代は疑問に思ったものだ。

 だが、家の車庫にあるのは、見慣れた紺色の小さな車だった。紺色の車は知り合いの自動車屋さんに処分してもらったはずなのに、代の記憶そのままの懐かしい車がそこにはあった。

「え、待って」

 代は記憶を負う。そして、もう一つ違いに気づいた。慌てて隣の法務局の駐車場を抜ける。

 法務局の駐車場を横切って代は登校していた。別に横切らなくても学校には行けるのだが、近道というやつである。

 そんな法務局駐車場の出入り口にはチェーンが張ってあった。子どもでも跨げば越えられるものだが、代が一年生の半ば頃、その鎖はなくなった。

 何故なら、代が登校途中でその鎖に引っかかり、転んで頭を割ったからである。子どもたちか代以外にもその道を使うということで、鎖を危険とした大人が鎖を外すようにしたのだ。頭を割ったのはさすがに印象的な出来事であったため、代もよく覚えていた。

 法務局に急ぐ。さっき何気なく通ったが……

「鎖がある……」

 どういうことだろう。家から出たときはなかったはずだ。

 代はなんだか急に家に帰るのが怖くなり、町を駆け回った。小学校の体育館では、入学式が行われている。だが……

「平成十四年度……?」

 入学式の垂れ幕を見て、代は驚く。

 平成十四年とは、代にとって去年のことだ。代は今年で小学二年生になるはず。けれど、体育館で行われているのは平成十四年の入学式。つまり、代の入学式だ。

 そんなわけない、と体育館の一般出入り口を覗き、代は驚愕した。

 代の両親の靴があったのだ。母はともかく、父は体格が他の子のお父さんよりもいいため、全体的なサイズが大きい。それは靴のサイズも例外ではない。

 そんな、まさか、と思いながら、代は体育館へと入っていく。ちょうど、入学した子どもたちが入場するところを、バリケードから覗けた。

 あんな坂こんな坂まさか。ピンク色の衣装を来たパイナップルヘアの女の子がしとしとと歩いていく。代はそれを見てしまった。

 それは小学一年生の代だ。

「あーあ、見ちゃったんだね」

 そこに聞いたことのある声がする。

「はなちゃん?」

 見ると、同級生の周藤(すとう)はなが体育館の出入り口に立っていた。黒い七分丈のTシャツには英語がお洒落な書体でつらつらと書かれていて、スタイリッシュに見える。

 髪も長くてお洒落で、絵が上手い女の子。代ははなのことをそれくらいしか知らなかった。一年生のとき、同じクラスだったので、姿形は知っているが、クラスメイトと喋らない代にとっては真っ赤な他人で、喋るのも今が初めてなくらいだ。

 けれどはなは親しげに代に声をかける。

「代ちゃん、それ以上自分を見ちゃ駄目だよ。とりあえず、ひーちゃんも来てるから、一緒に行こう」

「ひーちゃんも?」

 ひーちゃんとは呼ぶが、ひーちゃんこと日向(ひなた)黒羽(くろは)とはクラスも違った。けれど、日向は不思議な雰囲気を纏う子で、物知りで、言動に説得力のある子として、みんなから一目置かれていた。ひーちゃんという緩い渾名がついている割、しっかり者の印象のある子だ。

 代、はな、日向には、同い年ということしか共通点がない。あとは三人共女の子という点だろうか。学校に来ているだけの引きこもり代と二人は名前を知っているだけの間柄だ。

 だが、一つ確実に言えるのは、はなも日向も同級生であるからにして、今の代と同じ状況に陥っている、ということだ。バリケードから覗けば、一年生の頃のはなと日向だっているはずである。

 代は頭の中の情報を整理しながら、はなの案内で近くの公園へ向かった。公園といっても遊具はない。四月末頃に桜が満開になるのに合わせて、大人たちが酒盛りをする祭りを開くような公園だ。桜はまだ蕾だってない。

 はなに案内されたのは、祭り会場となる広場から斜面を登った向こうにある木の小屋だった。

「ねえ、ここ誰かの家じゃないの?」

「誰も住んでないよ」

 だからといって勝手に入っていいものなのか、と代が言い募る前に、はなが扉を開いてしまう。

 小屋の中は薄暗く、思ったより物が少ない。薄ぼんやりとした中に綺麗な目をした代よりも小さな女の子がちょこん、と座っていた。

「来たね」

 顎の辺りで揃った髪がくるんと内巻きになっている女の子。彼女こそがひーちゃんこと日向黒羽だった。

 薄暗い中で、日向の目は紫色に揺らめいて見える。

「代ちゃん、はなちゃん、何故だかは私にもわからないのだけれど、私たちはどうやら、一年前の世界に来てしまったみたいなの。けれど一年前の私たちと入れ替わったわけではなくて、私たちがそのまんま、一年前の世界に来てしまったの。だからこの世界には一年前の私たちも存在する。それはね、あってはならないことなの。だからね、私たちはちゃんと元の、一年後に帰らなきゃならないんだ」

 日向はそう語った。

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