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日向は語る。
「帰るための方法を探さなくちゃいけない。でも、わたしたちはこの世界で目立っちゃいけない」
「未来人ってバレたら変な研究所に送られるかもしれないから?」
「違うよ、代ちゃん。ドッペルゲンガーだよ」
どっぺる? と代は首を傾げた。
「同じ顔の人間が同時に三人居合わせると誰かが死ぬっていう話、知らない?」
「ああ、それがどっぺるなんとかっていうのね!」
「そういうこと。特にこの世界の自分に会ったら、存在が薄くなっちゃう。たぶん、タイムパラドクスというのも関係してるはず」
タイムパラドクスは代も知っていた。時間旅行をして、その先の未来を変えてしまったとき、未来が書き替わるか、未来を変えた存在がバグとして抹消されるかするという話だ。
はなが口を開く。
「ここって一年前の今日でしょ? あたしたち、学校には近寄れないよね」
「この世界のわたしたちは自宅と学校にしかいないからね。家族と会ってしまうのもよくないかも。それから、ご近所さんにも、顔を覚えられているだろうし」
代は首を傾げる。
「調べなきゃならないのに、動けないってこと?」
「そうかも。どうやって帰るかもわからないし」
深刻そうに考え込む日向とはなに、代はあっけらかんという。
「帰る方法はわかるよ」
「え?」
「白い鳥を探すの」
「白い鳥?」
うん、と頷き、代はどこかで聞いた声を思い出す。
「白い鳥を探して、見つけて。そうしたら、帰れるからって」
「……誰かに聞いたの?」
「瑤ちゃんが言ってた。たぶん」
「瑤ちゃん?」
日向とはなは瑤のことを知らない。日向とはなは通っていた保育園が違い、住んでいるのも川向こうだ。
「瑤ちゃんって何者?」
「私のお母さんの知り合いの娘さん」
「友達なの?」
「友達になろうと思って待ってたら、いつの間にか一年前になってた」
代の言葉足らずが極まっているため、日向とはなは代が何を言っているかわからなかった。そっか、二人は瑤ちゃん知らないもんね、と代がこの時間に来るまでの話をする。
話を聞いて、日向は思案顔になり、はなは呆れた。
「入学式の後は親と一緒に帰るじゃない。代ちゃんは本当に変な子だね」
「よく言われる」
「なんで得意げなの」
「──その瑤ちゃんって子はどこに通ってるの?」
「うえ? 私が通ってた保育園の年長さんのはずだけど」
代から聞き出すと、日向ははなを見た。
「はな、一緒に瑤ちゃんって子に会いに行こう。代がこの世界に来るときに会ったっていうなら、その子は何か知っているかも。保育園の違うわたしたちなら、ドッペルゲンガーもパラドクスも心配ないよ」
「ええ!? 通報されない?」
「そこは上手くやるのさ。頭を使うんだよ、頭を」
「私は?」
代も役割が欲しかった。日向がうーん、と唸る。
「川向こうを調査しても仕方ないし……っていうか、代は引っ越してきてからそんなに経ってないから土地勘ないんだっけか」
「うん、すっごい方向音痴!」
「胸を張るな」
代は実際、ものすごい方向音痴だった。方向音痴であるため、大人からはぐれるとすぐに迷子になる。コンパスを持たせたところで混乱するだけだ。代の出不精は元々の災厄を極限まで悪化させていた。大人からはぐれないよう大人しくしているため、両親ですらその致命的な欠陥を知らないほどだ。
日向は代に鍵を渡した。
「これ、預かってて」
「これは?」
「わたしの家の鍵。この世界で落として、元の世界に帰ったときに、家に帰れなくなると困るから」
「あ、じゃああたしも」
はなも代に鍵を渡す。
代は疑問符まみれだ。
「どうして私に預けるの?」
「代はここで留守番。それが代のやるべきこと」
「わかった」
代のあっさりとした返事に、日向とはなはきょとんとする。きょとんとされて、代もきょとんとした。役目を与えられて、それをこなすと言っただけなのに、どうして二人は驚いているのだろう、と不思議に思った。
日向も、一年生のときのクラスは違ったけれど、学童保育で代とは一緒だから、代のことは知っていた。みんなが外でキャッチボールをしたり、部屋で折り紙をしたりする中、淡々と宿題をして、わからないところは素直に先生に聞ける子。優秀な子というより、不思議な子だと思った。
日向は日向で大人びているつもりだ。それで不思議な子とか変わった子とか言われるが、代と並び称されたことはない。
その理由が少しわかった。代は本格的に子どもっぽくないのだ。日向の大人びた感じは、大人っぽさに憧れて背伸びしようとする子どもっぽさの一部である。代の子どもっぽくない感じはそうじゃない。
子どもは自我が芽生えると、自分で考える。自分で考えて、好奇心旺盛に知識を求めて試行錯誤したり、大人に止められたことを嫌だと突っぱねたりするものだ。代にはそれがない。
自分で考えて行動しないわけではないが、代の思考回路は普通の子どものそれとは違う。一人だけ留守番と言われたら、普通は嫌な顔くらいするはずなのに、代はすんなりと留守番を受け入れる。いくら出不精だからって、いきなりひとりぼっちにされるのは嫌じゃないのだろうか。
でも、そんなことを急に聞くほど、日向は代と仲良くないし、無垢でもない。剥き出しの好奇心が醜いことくらい知っているから、口をつぐんだ。
はなもむず痒い感じはしたが、すんなり事が運ぶならそれに越したことはない、と日向に声をかける。
「行こう、ひーちゃん」
「うん。じゃあ、待っててね、代ちゃん」
「うん、いってらっしゃい」
妙にこなれた「いってらっしゃい」が日向の胸をとん、と衝く。
ああ、そうか。代の家は共働きで、母は朝早く出たり、夜勤のため代が帰ってから出たり、父は自営業だから、代を置いて、仕事に行くんだ。
代は普通の子どもよりも多く「いってらっしゃい」を強制されてきたんだ。
そう悟った。




