15話 悪役令嬢が漢前すぎる件
中央広場に人が集まり始めている。
この日のために徹底して宣伝し続けてきたから、効果ありね。企画の準備も万全、シティサイクルも十分な数用意してあるし……あとは私達次第か。
自転車を広める活動の第一歩だ。何としてもこの企画だけは成功させなくては。
「よーし、じゃあやるとしますか!」
頬を叩いて気合注入。ステージに上がり、集まった人達に宣言した。
「これより、第一回自転車祭を開催しまーす!」
中央広場には、自転車に関係する展示をあちこちで行っている。
展示販売だけでなく、自転車の体験コーナーや紹介ブース、そして自転車に関係する絵画の展覧等。ステージではエドワードとバニラが呼んでくれた楽団やバレエ団がショーを行い、自転車だらけの企画に華を添えている。
お腹が空けば屋台もある。私から補助を出しているから値段を二割ほど安くして提供しているから、屋台コーナーも大盛況だ。
「滑り出しは上々ね」
自分で立てた企画ながら、今の所上手くいっている。騎士団に警護を依頼してあるから、安全対策も万全だ。
もしレミリアの時みたいにひったくり犯が出たら、私直々にとっ捕まえてやる。パフォーマンスとして扱えば混乱も防げるし、一石二鳥だ。
「まーた頭の悪い事考えていますね」
「む、出てくるなり酷いわね」
エヴァの場合今に始まった事じゃないけどさ。何かトラブルでもあったかな?
「進捗状況の確認及び、各方面からの救援依頼です。お目通しを」
「ほいほい。……屋台コーナーの食材不足に、各ブースの行列対処、迷子の対応……一つ一つ片付けていきましょうか」
祭りともなればトラブルは付き物、当然事前にシミュレートしている。
「……って感じに対応して。これで当面は凌げるわ」
「かしこまりました。それとアンジェリン様、こちらを」
エヴァが渡してきたのは、自転車の売上報告。まさか、もう売れてるの?
恐る恐る確認すると、開始僅か四〇分で四台も売れていた。
「体験ブースの設置が功を奏したようですね。大荷物を楽に運搬できる面や、子供を乗せられるチャイルドシート等外部パーツも相まって、自転車の利便性を上手く伝えられたのが売り上げに繋がったようです」
「そっか……嬉しいね、エヴァ。好きな物が人に伝わるのって」
「アンジェリン様の情熱は凄まじいですから。貴女の熱意は冷血な私にも自転車へ興味を持たせたのです、燃え移らない方が可笑しいですよ」
「素直じゃない言い方。けどエヴァのそう言う所、大好き」
エヴァを思い切りハグして、頬にキスしてあげる。私が出来る最大の感謝の伝え方だ。
「またトラブル起こったら報告してね、すぐに対応するから」
「かしこまりました。……」
「どうしたの? 後ろ向いて」
「いえ、あの方にもハグとキスしてあげては?」
エヴァが指さす方には、レミリアが頬を膨らませて睨む姿が。
レミリアには自転車販売を任せている。何しろ乙女ゲームの主人公を張るんだから、看板娘にぴったり。しかも売り上げた四台とも、レミリアの成果みたいね。
「ずるいずるいなんで貴方だけお姉さまの寵愛を受けるの私の方がずっとお姉さまを愛しているのにどうして貴方なんかがそうだわ貴方を殺せばお姉さまの愛を私一人が受ける事が出来るいいアイディアだわそれじゃあ今すぐスパナを持って」
「お願いしますアンジェリン様! 早急にレミリア様へハグ&キスを!」
「? うん、分かった。じゃ、レミリアもありがと」
という事でレミリアにも同じ様に対応。どうしてエヴァはあんな必死になったのかしら。
「……嬉しい反面、寿命が縮むご褒美だわ……」
「何がよ?」
「……天然主」
◇◇◇
昼を過ぎたころ、自転車祭は程よく温まりつつあった。
ステージも滞りなくプログラムが進んでいき、いよいよメインイベントが近づいてきている。よし、そろそろ私達の出番ね。
「行ってくる。ここから一時間任せたから」
「かしこまりました。ご武運を」
エヴァから激励を受けても、やっぱり緊張する。何しろ久しぶりの自転車競技だ、ドキドキしてしまう。
でも、それ以上にワクワクが大きい。これから自転車で走れると思うと、体が熱くなって仕方がない。
「アンジェリン、こっちだ。早く着替えを済ませるといい」
更衣室前でエドワードが手招きしている。準備していたジーンズにパーカーを見事に着こなしていた。仕立て屋に発注して、事前に作っておいたのだ。
あの自転車に乗馬服は上品すぎるもの、これくらいラフな格好じゃないと。
「着心地はどう?」
「ああ、下がタイトな感じでいい気持ちだよ。まるで足に荒縄を縛り付けているかのような快感が」
「とりあえず黙れ」
マゾ発言で全部台無しだわ。黙っていれば原宿辺りに居そうな若者なんだけどな……。
という事で、私も変身。カーゴパンツに緩いトレーナー、イメージはラフなアウトドア女子。なんだか現代日本に戻ったみたい。
「な、なんだかこの服、不思議な感じがします……こんなパンツなんて、初めて履きますね」
「僕はこの肉体美を見せつけられていいけどね! 見てくれこの大胸筋を!」
レミリアにはハーフパンツにレギンスをはかせて、Tシャツを着せてみました。普段清楚な分、ちょっと活発な女の子感が出ていてギャップがグーね。
でもってバニラには……インパクト重視でブーメランパンツだけにしといた。怪我はまぁ、大丈夫でしょこのクリーチャーなら。なんでも粗塩皮膚にすりこんで、今やナイフが逆に折れる肉体になってるらしいし。……化け物かっ。
安全のため肘と膝にパットを当てて、ヘルメットを装着。スポーツバイクの正しい乗り方を見せておかないと、危険な乗り方を真似する危険があるからね。ここできちんとお手本を見せないと。
「それじゃあ、覚悟はいい? 失敗したら笑い者よ」
「僕は大歓迎だがね。嘲り笑われるなんて、最高じゃないか」
アホはほっとくとして、やっぱり皆緊張の色は隠せない。
けど大丈夫。自分を信じて操れば、自転車は必ず応えてくれるから。
「自転車は相棒、気合と根性があればどうにでもなる! さぁ行きましょう!」
いよいよ始まるメインイベント。クロスバイクより小さな自転車に乗り、ステージへ。
この自転車の名前はBMX、正式名称バイシクルモトクロス。ストリートで華麗なトリックを決めるために作られた自転車だ。
楽団のBGMに合わせて、まずは挨拶代わりのトリック。後輪を上げて前輪だけで走りつつ、前のリムに足を乗っけて片足立ち。
そのまま足を切り替えながらくるくるスピンして、ハンドルから後輪に持ち換え。前輪を直接蹴って回して前進しつつ、手を振ってアピール。
サーカスの曲芸みたいな技に観客達から拍手が起こる。私に続いてレミリア達も綺麗にトリックを決め、会場を大いに沸かせていく。
BMXフリースタイル。エクストリームスポーツとも呼ばれるこの競技は、2020年東京オリンピック正式種目にもなった、れっきとした自転車競技だ。
私達がやっているのは、舗装された舞台でトリックを決めるフラットランド。BMXをいかに自由に操れるかを競う競技である。
リムに立ち、タイヤを蹴って、フィギュアスケートのように回転する。まさしく自転車のダンスとも呼べる美しくもエキサイトな魅力のある競技だ。
皆、本当に頑張って練習してくれたわね。完璧なトリックよ、後で全員にハグ&キスしてあげる。
目の前で織りなす自転車のダンスに観衆は大盛り上がり。それじゃ、一番の目玉と行きますか。
フラットランドの演技が終わり、興奮冷めやらぬ間に次の競技、パークへ移る。
これは危険すぎるから、私単独でやるソロステージ。ウィリーでステージから降り、設置したスケートパークへ一直線。
充分に加速したところで、ジャンプ台に飛び込み大ジャンプ!
後方宙返りをしつつ自転車も横回転。命知らずの大技にどよめきが起きるも、私が華麗に着地するなり大歓声。すぐさま折り返して、今度はさっきより大きく飛びながらサイドスピン、いつもより多めに回っておりまーす。
これがパーク。カーブを描いたコースを飛び回り、空中でダイナミックにトリックを決めるスポーツ。
宙を飛んで、ハンドルや自転車を回し、時には自分が宙返り。こうやって走り回ってると、物凄く気持ちがいい。自分の足で走るよりも風を感じて、胸の奥がじんじん来る。
「やっぱり私、自転車が好き……大好き!」
多分この時の私は、転生してから一番の笑顔で走り回ったと思う。この一瞬が永遠に続けばいいのにと、飛ぶたびに何度も思った。
だけど終わりは来てしまう。予定していたトリックが全部終わり、私はジャンプ台から宙返りをしつつステージへ戻った。
名残惜しく思いながら振り返るなり、雨のような拍手が降り注ぐ。自転車でゴールを切った後の、心地よい爽快感が私を吹き抜けた。
皆と一緒に自転車を掲げて歓声にこたえる。十数年ぶりの自転車競技は、素晴らしい成功で幕を閉じたのだった。
◇◇◇
BMXのパフォーマンスもあり、自転車は綺麗に売り切れた。
便利で格好良くて、しかも安いとなれば当然皆買うに決まっている。私の当初の目的は、ほぼほぼ完遂したと言っていいだろう。
第一回自転車祭りは、見事に大成功を収めたのでした。
「ありがとね、皆。皆の協力が無かったら、きっとうまくいかなかった」
レミリアがほぼほぼ自転車を売り上げてくれたし、エドワードとバニラがツテを利用して人やゲストを呼んでくれたから、来てくれた人が皆楽しんでくれた。
この成功は、全員で掴んだ成功だ。主催者としてとても誇らしく思う。
「ふっ、僕らが協力したのは当然だろう。なぁバニラ」
「その通り。アンジェリンの熱意に当てられて引っ張られたんだ。それに、こんなにも素敵な筋肉をくれた君に、恩を返さないわけにはいかないだろう?」
「その通り! 普段僕を虐めてくれる君だ、マゾなら大人しく従わなければマゾじゃないだろう!」
約二名頭が焼き切れて意味不明過ぎるけど、まぁ助かってるからいいか……。
「ともあれお疲れさまでした。八面六臂の活躍でしたね、お姉さま」
「ちょっと出しゃばりすぎた気もするけどね。今日は疲れたでしょ、先上がっていいよ。私はこの後事後処理あるし」
三人を先に返した後、エヴァが待つ運営テントへ向かう。そこで私は、彼女に抱き着いた。
「~~~~~エヴァあ! やったよぉ、大成功だよぉエヴァあ!」
「おーよしよし。泣く程嬉しかったんですね」
主催者として、号泣する姿を大勢に見せるわけにはいかない。エヴァにしかみっともない姿は見せられない。
実を言うと凄く不安だった。自転車イベントが異世界の人達に受け入れられるかどうか恐くて、ここ一週間まともに寝る事も出来なかった。
成功して本当に良かった。もう嬉しくて嬉しくて、涙止まらない。
「やぁお疲れ様……おっと、取り込み中だったかな」
「ブラッド騎士団長」
やば、ちょっと泣き顔見られた。うう、みっともない顔見られたな。
「大変だったろう。それだけに成功の喜びはひとしお、って所かな」
「ええ……本当に、どうしても沢山の人に自転車の楽しさを伝えたかったんです。私にとって自転車は人生の一部ですから」
子供の頃から自転車一筋に生きてきたから、自転車の無い生活なんて考えたくもなかったし、過ごしたくもなかった。
悪役令嬢って立場を存分に活かし、時には自分で行動して、ようやく自転車生活のスタートラインに立てた。ここまで、苦労したなぁ。
「君のその熱意には感心する、むしろ尊敬すら覚えるよ。貴族令嬢とは思えないそのエネルギー、素直に素晴らしいと思う。ただ、一つ疑問があってね」
「……どうしてこんな乗り物を開発できたのか。ですね」
当然の疑問だと思う。だって私は16そこそこの小娘でしかないのに、造り出した物はこの異世界のあらゆる発想、技術を超越している。
ブラッド騎士団長の目は誤魔化しようがないか……でも異世界の事を話した所で信じてくれるわけがないし……。
「それは簡単、私が天才だからです。天才は時に人から理解されないものですしね」
「……今はその答えで納得しておくよ。でも、いつかは話してほしいな。君が抱えている秘密をね」
優しいおじさまだな、本当は根掘り葉掘り聞きたいはずなのに。
ブラッド騎士団長を見送り、大きく伸びをする。また明日からも頑張らないと。自転車の魅力はまだまだ、伝えきれてないんだもの。
「さて、次は何を見せてくれるのですか?」
「ふふっ、次は当然、自転車の王様よ」
走るためだけに全てを注いだ、人力で走る最速の自転車。
ロードバイクの完成が、私の次の目標だ。
◇◇◇
「……様、お姉さま? どうされたんですか?」
レミリアに声をかけられ、私ははっとした。
ロードレースの練習を休憩中、私はこれまでの事を思い返していた。
ママチャリを世間に広めた後、私はロードバイクの開発に着手した。
クロスバイクをベースに、より走る事に特化した自転車。それがロードバイクだ。
クロスバイクよりも遥かに細いタイヤには溝が無く、摩擦を極限まで削っている。フレームにはアルミよりしなやかで耐衝撃性の高いカーボンを使い、ハンドルは羊の角を思わせるホーンハンドルに。
ペダルと靴も自転車競技用に改造している。クリートと呼ばれる器具でペダルと靴を固定して、蹴り上げる時の力もペダルに加える事が出来る
これがロードバイクの全容。全力で走る事のみに特化した、自転車の頂点だ。
「なぁに、これを作っている間の事を考えていたのよ。心配かけてごめんなさいね」
「ロードバイクを作るのも大変でしたものね。カーボン作るのに手間取ったり、タイヤの開発に時間をかけたり……」
「結果として四年間かけちゃったものね。大分遠回りしたものだわ」
けど一つ一つパーツを作り上げて、組み上げて、ようやく造り出したロードバイクだ。
これでまた走れる日が来るなんて、思ってなかったなぁ。
「アンジェリン様、そろそろ休憩を切り上げては?」
「そうね、今行くわ」
やってきたエヴァの手を借りて立ち上がる。大会の時期が近付いている、これから追い込みに入らないとね。
「レミリア、これからもっときつい練習に入るけど、覚悟はいい?」
「大丈夫です。お姉さまと一緒なら、私はどこまでもついていきます!」
うん、いい返事だわ。そんで、男共はどうかしら。
心配無用だった。スタンバってるエドワードとバニラは、私達を見るなりやる気を見せた。
「やぁ、随分遅かったじゃあないか。まさかこんな放置プレイを受けるとは、やはり僕の琴線を刺激してくれるねアンジェリンは!」
「筋肉の休息も十分とれたし、いつでも行けるよ」
「いいモチベーションじゃない。へばってないか心配したわよ」
こっちの気持ちも充填できたし、続きを始めましょうか。
クリートを嵌めて、ハンドルを握る。ペダルを回すととても軽くて、蹴れば蹴る程速度が出る。
景色が矢のように過ぎ去り、消えていく。風を切る音が心地よい。
まるで失った手足が戻ってきたような感触に笑みがこぼれる。行くわよ皆!
「私に付いてきなさい! さぁ、レッツゴー!」
私を先頭に、ロードの列車が加速する。
この異世界に自転車の楽しさを広めるために、私はこれからも走り続けよう。
ここまでご愛読いただきありがとうございます。
こんな形で終わらせてしまい申し訳ありません。私情で申し訳ありませんが、転職活動が忙しく、小説を書いていられる状況でなくなったため、一度この話を締めさせて頂きます。
楽しみにされていた方には大変申し訳ありません。転職活動が落ち着いてからまた書いていきますので、今後も私の作品をよろしくお願いいたします。




