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12話 チームで走る楽しさ。

「荷物の支度は万全、次はバイクの点検をしないとね」


 夜明け前にリュックを確認した後、庭に置いてあるクロスバイクの点検に向かう。

 フレームを磨いた後は、ブラシと雑巾でチェーンやギアの汚れを落として、刷毛で油を塗っていく。スプレーの方がむらなくできるんだけど、まだスプレーは開発できてないから仕方ないか。


 タイヤも外して、ホイールのリムを綺麗に磨く。ここが汚れているとブイブレーキが思いっきり削れて制動性が大きく落ちる上、事故率も大きく上がってしまう。ブレーキは命を守る大事な場所だから、しっかり綺麗にしとかないと。


 本当はホイールを直接締め付けるディスクブレーキにしたい所なんだけど、やっぱり技術的に無理だった。あれはフレームやホイール単位で改造しないといけないから、構造が複雑化する分、職人さんでも製造は難しいって言われてしまった。


「まだ舗装路が無いから、マウンテンバイク的な構造にしたいんだよねぇ。我儘言っても仕方ないか」


 ブイブレーキの方が整備しやすいし、価格も安いしね。

 ちなみにこのブイブレーキは、実は日本発のパーツなの。

 自転車のコンポーネントの王様、シマノがマウンテンバイク用のブイブレーキを開発し、世界に広めたのがきっかけ。やっぱり精密部品は日本製の右に出る物はないわね。


 特にシマノは自転車パーツの世界シェア85パーセントを占める一大メーカー。シマノなしに自転車は語れない。


「うーん……どうしよう、エヴァに思い切り語りたくなってきちゃった」


 私が前世で使っていたBianchiが思い起こされる。浅葱色とも言うべき、Bianchiを象徴するチェレステカラーの美しい相棒。またあのロードバイクに乗りたいなぁ……。


「っと、手を止めちゃダメね。エヴァのクロスも点検しておかないと」


 何度か教えたからエヴァも自力で整備できるけど、やっぱり本格的なチューニングはプロとしてやってあげたいの。口は悪いし態度もゴブリンみたいだけど、私にとっては一番の友達だからね。

 それと今日のために用意しといたニューパーツも取り付けよう。と言ってもそんな難しい物じゃない。

 フレーム下部、サドルの下と斜めの部分にドリンクホルダーを取り付ける。これがあるのと無いのじゃ大違い。


 自転車に乗っていると当然喉が渇く。その時いちいち立ち止まって水筒を取るのは、運動のリズムが崩れてしまう。

 こうやって自転車にくっつければ、片手をちょっと伸ばすだけで水分補給できる。単純な違いだけど、これだけで凄く快適なサイクリングが出来るのよ。


「ちょっとのひと手間、愛情いっぱいってね。あとはドリンクボトルを渡せばOKと」


 それに関しては既に作ってある。何しろ私は十六歳にして、プラスチック製品の会社を経営している。そこに前世の知識を流して、スポーツ用ドリンクボトルを開発させていたのであーる。

 木箱に収められた試作品を眺めてみる。うんうん、細部まできちんと出来てる、上出来よ。


「今日のツーリング、楽しみね!」


  ◇◇◇


 クロスバイクの所有者が五人を超えたら、そのメンバーでツーリングをしよう。それが私の目標としていた事だ。

 クロスバイクは中途半端な性能だけど、ある程度場所を選ばず活躍できる自転車でもある。馬車道程度は問題なく走れるから、ツーリングを楽しむにはもってこいだ。


 やっぱり自転車は楽しく乗らなくちゃね。ただペダルを漕いで走るだけの単純な乗り物なのに、自転車には沢山の楽しみ方がある。その中でもツーリングは特殊な技術も知識も必要ない、誰でも気軽に楽しめるアウトドアだ。


「そんじゃ、行こっか」

「ええ。しかし、それ重くないですか?」

「全然。普段から鍛えてるもん」


 リアキャリアに荷物を乗っけて、エヴァと共に出発。今日は特別ゲストも居るし、今から楽しみだな。

 自転車はすでに街の風物詩になっていて、道行く人達も興味津々に私達を見つめている。派手に宣伝したものね、豪快なドラフティングにひったくりの撃退、馬とのレースで勝利したり。しかもそれが大貴族様の令嬢がやらかしたとなれば宣伝効果は抜群よ。


 あとは今日のゲストを通して自転車の楽しさが広まれば、いよいよ自転車の流通を始められるわ。


「あっ、来た来た! お姉さま!」


 レミリアに手を振り、中央広場に到着。隣にはエドワードとバニラも待機している。

 流石に遠出するという事で、二人の召使たちが待機している。いい宣伝対象ね、彼らにもしっかり自転車の良さを知ってもらわなくちゃ。

 そして今日のゲスト、私の愛しい人もちゃんと来ていた。


「やぁアンジェリン、今日はよろしく頼むよ」

「お任せくださいブラッド騎士団長!」


 爽やかに微笑んでくれる、ナイスミドルなブラッド騎士団長。彼が今回のゲストだ。

 休暇日を狙い撃ちして、ラブコールをしておいたのだ。ブラッド騎士団長が自転車に乗れば当然騎士団の人達にも広まる、騎士団に広まれば当然庶民にも。当然その先に関してもきちんと計画済みである。


「こんな中年が混じるのは窮屈かもしれないが、どうか容赦のほど頼むよ」

「とんでもない! 皆もブラッド騎士団長なら歓迎ですよ、ねぇ?」

「お姉さまが好意を寄せる男……そうね、鉄糸で背後から奇襲すればあるいは……」

「どうか僕の目の前で存分にいちゃついてくれ、その方が寝取られ気分が高まるからね!」

「この上腕二頭筋を見てどう思いますか?」


 うーん、この統率の無さ。若干不安になってきたなぁ。

 ともあれ、あれを渡しておかないと。リアキャリアに乗っけた荷物を早速渡し、ドリンクホルダーを各クロスバイクに取り付けていく。

 皆スポーツ用のドリンクボトルに困惑しているみたいね、ちゃんと教えるからよく見てて。


「これはね、飲み口がキャップ代わりになってるの。飲み口を歯で軽く噛んで引っ張るとロックが外れるから、あとはちょっと傾けるだけでごくごく飲めるってわけ」


 一気に飲みたい時はボトルをぎゅっとすればいいだけ。

 私お手製の経口補水液入り600mlボトルを二本ずつ用意してあるから、取り付けたホルダーに装着っと。


「脱水症状になるかもしれないから、目的地に着くまで両方飲み切るようにしといてね。予備のドリンクも用意してあるから。エドワード、馬車に乗せていい?」

「構わないよ。リアキャリアもジャマだろうし外して積んでおくといい」

「サンクス。それとこれ、補給食の入ったバッグね」


 小さいウエストバッグも特注で用意してある。サコッシュにしようか迷ったけど、レースやトライアルじゃないし、持ち運びやすい物を身に着ければいいわよね。


「肩掛けして前に回しとくと取りやすいからね。補給食は一人二本ずつ。エナジーバーとゼリーを入れといたから、なるべく早めに、空腹を感じる前に食べる事。自転車は体力消費するから、おなかをすかせた瞬間ハンガーノックを起こすからね」

「アンジェリン、ハンガーノックとはなにかね? すまないね、無知なおっさんで」

「そんな事ないですよ、今から教えますね」


 正式名称Hungry knockoutと呼ばれる症状、つまりはお腹が空いて動けない事を指す。

 アンパンマンとかでよく聞く台詞だけど、実はこれ、かなりシャレにならない状態なの。


 人間の体を動かすにはブドウ糖とグリコーゲンと言ったエネルギー源が必要になるけれど、ハンガーノックはそれが体から無くなってしまう現象だ。

 そうなるといくら体を動かそうとしても動けないし、当然頭もエネルギー切れになるから思考力も落ちてしまう。酷い時には失神してしまったり、最悪の場合死に至る危険もある。


 自転車競技に限らず、マラソンランナーや登山家等、全身を酷使する運動に付き纏うリスクだ。なのでそれを防ぐための補給食というわけ。


「エナジーバーはエネルギーになるのが遅いから、行きで食べてください。ゼリーは吸収が速いから、疲れがたまる帰り道で飲むように。砂糖とレモンを混ぜた水にゼラチンを緩くまぜた奴だけど、立派な補給食ですよ」

「成程な、勉強になったよ。しかし凄いなアンジェリンは。こんな便利な物を自分で考えたのかい?」

「勿論!」


 本当は前世の知識の流用なんだけど、それを言っても信じてくれないだろうしなぁ……。


「ともあれ、事前説明はおしまい。他に質問ある人は? ……うん、居ないわね。それじゃあ、早速ツーリングを始めましょう! バニラ、最初のトレインはお願いね」

「任せといてくれ。うん、聞こえる、聞こえるよ……僕の筋肉達が躍動し、感極まっている声が……!」


 もりもりっと筋肉を膨らませて、バニラが全力で平坦を走り始める。うん、体が二メートル超まで成長したから、風よけのいい壁になってくれてるわね。

 体が大きくなれば、後方に出来る低気圧空間も当然広くなる。って事は引っ張られる力もぐんと上がるから、後続がより疲れにくくなるって寸法なの。


 なにより今回は、六人でトレイン組んでのドラフティング。そりゃあもう、速い速い! 馬車が見る間に後方へ下がって、御者が必死に馬を操っても追いつけてない!


「いやぁ、まさか馬車より速いなんて! バニラ君、学院を卒業したら騎士団に入らないかね?」

「いいですねぇそれ! でもそれより僕は、ボディビルディングとやらを開催したくてですね! アンジェリンのアドバイスで、トレーニングジムとやらを経営してみたいんですよ!」


 上半身裸で、汗だくの笑顔で言われると物凄く暑苦しいわね。なんていうか、首から上が乙女ゲームの美少年なのに、首から下が超兄貴的マッチョだから違和感半端ない。


「私はもしかして、とんでもない化け物を生み出してしまったのでは?」

「何を今更……」


 エヴァ、なんでそんな可哀そうな子を見る目を私に向けるわけ?


「バニラ、そろそろ僕が変わろう。下がって少し補給するといい」


 先頭が二番手を走っていたエドワードにシフト。バニラが最後尾に下がると、後方へ逃げる風が急激に緩くなる。やっぱ面積がデカいと風よけの効果も高まるわー。


「さて、と」


 ドリンクを飲みつつ、レミリアの様子を見てみる。周りが体力バカばかりの中、彼女だけは普通の女の子だ。

 列の三番目、体力的に一番楽な私の後ろに来てもらってるけど、大丈夫かな。


「どう、調子は平気?」

「今の所は、なんとか……でも私、どうも平坦は苦手みたいです」

「バニラが妖怪過ぎるだけだから。気にしなくていいのよ、自転車は皆で引くものだから」


 でも平坦が苦手かぁ、なんか引っかかる言い方ね。

 普段登下校で私達について来てるわけだし、サイクリングに問題があるわけじゃあないのよね。って事はもしかしたらこの子って。


「ふーん、山道に入った時が楽しみじゃない」

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