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11話 劇的ビフォーアフター

 バニラの本心が分かった以上、私はもう遠慮しないし容赦もしない、アンジェリン・ブートキャンプで徹底的に鍛え上げてやる。

 ……流れでなぜかレミリアとエドワードも鍛える事になったけど、まぁいっか。競争相手が居た方がバニラを指導しやすいし。


 って事で私もアンジェリン隊長として鬼になる。こんな事もあろうかと、用意しといたアーミールック。タンクトップに迷彩ズボンと軍帽。これで気分は鬼軍曹。


「お姉さま、なんて猛々しいお姿……私、息をするのも忘れてしまいます……!」

「ああ。この被虐心をそそられるコスチューム……最高だ」

「鍛え上げられた肢体を、こうも見せつけられるなんて。僕達は幸せ者だよ、レミリア」

『ねーっ♡』


 ……なんでこんな恐い格好してるのに好感度上がってんだろ。手を繋いでキャーって叫んで、おいこらバニラ、私より女子力高いじゃないのよ。


「そんなに似合ってるこれ?」

「皮膚の延長上のような安心感がありますね。アンジェリン様の内面をくっきり浮き彫りにしています」

「おいおいブラザー、それじゃあ私が減量中で気が立ってるおっかねぇハングリーボクサーみてぇじゃねぇか」

「そんなに減量がつれぇかい? ならピザでも食ってヘビー級に転向するんだな」

「おっとぉこいつは一本取られたぜ」


『HAHAHA!』


 エヴァに拳骨を落とした後、まずは三人に腕立て伏せをやらせてみる。基礎体力がどれだけあるのか見てみたいしね。

 エドワードは当然として、レミリアも結構回数こなせるわね。んで問題のバニラはと言うと……。


 一回やるだけでダウンしていた。


 腹筋、背筋、スクワット。どれもまともに出来やしない。下手すりゃ女の子より筋力無いんじゃないの?


「む、昔から体力に自信が無くて……筋肉つけようとトレーニングした事もあったんですが、全然肉がつかなくて」

「成程、貴方ハードゲイナーなのね」

「おいおいアンジェリン、彼は元々ゲイだろう?」

「そっちじゃない、体質的に筋肉が付きづらい人の事を言うの」


 だとしても問題はない。私の周りにもハードゲイナーのプロ選手は沢山居た。むしろハードゲイナーならではのメリットもある。


「ともあれまずは体力をつける所から始めましょうか。それには有酸素運動、つまりは自転車が一番よ」


 って事で、私がトレーニングで使っている自転車を貸す事にした。

 後輪に固定ローラースタンドを付けた、屋内トレーニング用の自転車だ。ローラー強度はネジを締めて調整できるようになっているから、自分の体調に合わせて自転車を転がす事が出来るのであーる。


「まずは軽い負荷でやってみましょうか。二十分間ペースを守って回してごらんなさい、どの筋肉がどう動いているのか、意識して漕ぐとより効果的だからね」

「分かった、やってみるよ」

「もう一台あるから、エドワードも隣でやって頂戴。競争相手が居た方が励みになるし」

「僕に指図をするのかい? 僕に自転車を乗らせるなら、右の頬を殴って左の頬を蹴り飛ばしたまえ!」

「つべこべ言わずに乗れ駄犬野郎」

「ワンッ!」


 罵声で喜ぶドMを横に、男二人で自転車を回させる。

 軽いギアで90ケイデンスを保ち続けるよう指示し、しっかりと見守る。元々体力のない子だから音を上げると思ったけど、最後までやり通してしまった。

 根性あるじゃない、見直したわ。それに意外と持久力もあるみたい。


「ぜぇ……い、意外と辛い……でも、なんか楽しい……」

「だろう? 自転車は自分を痛めつけて快感を得る素晴らしい道具なんだ」

「半分間違った答えを言うんじゃない。じゃあ次は私とレミリアが乗るから、フォームをしっかり見ておいて」


 正しいフォームで漕ぐ事で、トレーニングの効果は倍増する。レミリアはとても姿勢が綺麗だから参考になるはずよ。


「アンジェリン様、そろそろかと」


 その後もトレーニングを続けて時間が経った頃、エヴァからの連絡が。どうやら、地獄の時間がやってきたようね。

 トレーニングで何よりも辛い時間。それは、食事よ。


「ちょっと早いけど、今日はうちで食べていきなさい。と言うより明日からは、私の出したメニューで食事をしなさい」

「なんだか嫌な予感が……」


 その予感は見事に的中。テーブルに並ぶのは山盛りの料理達、パン二斤にステーキ一キロ、大皿に盛った温野菜他多数。


「これが一食よ。明日からはこれを一日五食。朝昼晩はこの量で、合間に二回間エナジーバー三本を食べなさい、死んでも食べなさい。残したら全部すりおろして飲みなさい」

「アンジェリンも、同じ様な食事を……?」

「流石にここまでじゃないけどね。ただ貴方は体質的に筋肉が付きづらい、それならこれくらいの無茶をしないとダメよ」


 プロ選手にとって食事もトレーニング。プロレスラーなんかは一日に一万キロカロリーとる人もいる。私もレーサー時代は一日で8000キロカロリーとるよう意識していた物だわ。


 なんたってロードレースは多大なエネルギーを消費する。一回のレースで6000キロカロリーも失うのだ。当然トレーニングもレースを見越して行うわけだから、同等もしくは以上のエネルギーを使う事になる。


 成人女性が一日に必要なエネルギーは1800~2000キロカロリー、ロードレースは一日で三日分ものカロリーを失ってしまう競技だ。それくらい食べないと逆に死んじゃうのである。


「強くなりたくば食べろ、嫌ならここでやめていい。けど貴方自身が懇願した事を、ここでやめるのは男としてどうかしら」


 やる気を煽るため、あえて厳しい言葉をかけてみる。そしたらバニラは目つきを変えて食べ始めた。

 そう、それでいい。私の理想は細マッチョな美男子になってもらう事。ハードゲイナーだからこそ、彼にはちょっとした才能があるはずなの。


「太りにくい体質って事はつまり、鍛えればクライマーになるかもしれないわね」


 ロードレーサーには脚質によって沢山のタイプがある。その中のクライマーってタイプは、文字通り坂道に強い選手の事を言う。

 クライマーの条件は軽い体に坂道を登り切る持久力、そして長い道を走り切る精神力。その軽い体を維持しつつ筋力を強化できるのは、ハードゲイナーならではの特徴だ。


「頑張れば貴方は立派な自転車乗りになるわ、だから気合でのりきりなさい!」

「おうっ!」


 懸命に食べるバニラが頼もしい。貴方は必ず、私が立派なクライマーにしてあげるからね!


  ◇◇◇


 どうしてこうなったのだろう。私ことエヴァは心の底からそう思う。

 アンジェリン様がバニラ様改造計画を開始して、早四日。短期間でバニラ様は目を見張るような変身を遂げていた。


「やぁ皆、今日も元気かい?」


 アンジェリン様からプレゼントされたクロスバイクを手に、彼はやってくる。変わり果てた姿で。


 首から上は天使のまま、首から下は二メートル超の背丈を誇る筋肉モリモリマッチョマン。オートクチュールのシャツは袖をビリビリに破り、ステーキハウスの定員みたいになっている。ズボンも裾を破り、丸太のような筋肉を惜しげもなく見せつけていた。


 ……なんだこのクリーチャーは。かつてバニラ様に抱いていたはずの感情はとうに失せており、今や見るだけで吐き気を催す有様だ。


「しかし、四日で随分変わったな。ちょっと身長伸びたか?」

「そうなんですよ。アンジェリンの食事メニューが栄養バランスも考えられた物だったので、成長期の僕にぴったりだったみたいです」


 おい、ハードゲイナーって設定どこ行った。中身が変態のエドワード様がまともに見えるレベルで外見が変態になり果てている。私は悪夢か何かでも見せられているのかな?


「レミリア、君の応援があったから僕はここまで頑張れた。君には感謝の気持ちしかないよ、ありがとう」

「いえいえ! お姉さま同盟を結んだんだから応援するのは当然。ここまで鍛え上げたのはバニラ君の努力の結果だよ、もっと胸を張って誇るべきだよ!」

「そうかな……じゃあ遠慮なく、ダブルバイセップス!」


 歯を煌かせる爽やかスマイルで、大胸筋を強調するポージング。体に浮き上がる血管が余計に怪物感を際立たせていた。

 と言うよりなんで誰もツッコまないんだ。たった四日でこの変わりよう、美少年にどんなドラッグを交配させたらこんなプレデターが錬成できるのか、心の底から問い詰めたい。


「さぁ今日も、皆で学校に行きましょう。バニラ! 先頭で思い切り引いて頂戴!」

「任せてよ! その前にまずタンパク質を補給しとかないと」


 言うなり蒸したターキー丸まる一羽を取り出して、野獣のように齧り出す。なにこれ、アンジェリン様は魔王でも呼び出したのかな。

 すでに引き気味の私をよそに、バニラ様はドラフティングの先頭に立って全身の筋肉を膨らませ、ものっそい勢いで走り出した。


「感じる、感じるよ。全身から乳酸が生産されていく感覚が! 僕の体は今、乳酸牧場だ!」


 何言ってんだこいつ。と呆れる私をよそにバニラ様は空気を引き裂き、猛烈なスプリントを見せている。なぜか知らないけど彼はクライマーとは真逆の脚質、平坦に強いスプリンターとしての才能を開花させていた。


「いやー、まさかバニラがスプリンターに覚醒するなんて。これでクライマーが居れば完璧なんだけどなー」

「……もう私は何も言いません」


 この変態集団にどうして私は混じっているのだろう。時々自分の存在意義に疑問を感じる今日この頃であった。

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