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好きな人がいることにした。  作者: 石田空


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14/24

これはひどく不毛な恋の気がした。 中篇

 家に帰ってから勉強しようとしても、なかなか勉強することに集中できなかった。

 暑いし、蒸して汗ばむし、おかげで前髪が貼りつくし、ついでにTシャツだって背中に貼りつく。

 扇風機は頑張ってくれるけれど、問題集がぱさぱさとめくれ上がってしまうから、どうしても集中することができなかった。

 どうにか化学の記号を覚えようとしたけれど、どこまで覚えたのかもわからないまま、わたしはとうとう根を上げてしまった。


「はあ……休憩」


 仕方がなく、机から離れてゴロンとベッドに転がった。

 そして何気なく前に撮ったプリクラを見る。そのプリクラを見ると、どっと熱が上がるし、どうにも落ち着かなくなる。

 こんな格好いい子と手を繋いだり、プリクラを取ったのかと思うと、気恥ずかしいし、第一に「なんで?」って思ってしまう。

 わたしは特に目立たない普通の女子だ。文学少女といえば聞こえはいいけれど、実のところ友達以外に本好きがいないために、マイナーな趣味にはまってしまっているマイノリティーってだけだ。今流行のアイドルソングの区別もつかないし、アイドルのグループとメンバーをシャッフルされてしまったらもう誰が誰かわからないくらいには興味がない。俳優さんだって、ドラマの役だとわかるのに、インタビューに出ていても誰が誰だかわかっていないことがほとんどだ。

 わたしはそのプリクラをまじまじと見る。

 レンくんは、どうしてわたしに関わってくるのかがわからない。わたしは彼が見えないのに。触れないのに。向こうにはわたしが見えている、触れるというのは理不尽だと思ってしまうし、なによりも彼はわたしと住んでいる世界が違うような気がする。それこそ、沙羅ちゃんが片思いしている滝くんみたいに、サッカーしてグラウンドで活躍している男子には、ちょっとしたハプニングでもない限り声をかけるのだって、地味な女子からはためらわれてしまうんだ。

 ぐちぐち考えても仕方ないもんなあ……。

 勉強する気にならなくって、結局は晩ご飯を食べたあとは、すぐに眠ってしまった。

 馬鹿だなあ。現国以外、そこまでいい点取れないくせにね。


****


 結局悶々としたまま、学校に着いてしまった。いつもの癖で早めに学校に来てしまったけれど、部活はテスト休みのせいで、サッカー部にだって人はいない。グラウンドは閑散としてしまっていて、普段はキャーキャー言っているファンの子たちも、コンクールに提出するための新聞を作成している子たちも、今はいない。

 わたしはガランとしたグラウンドを眺めていたとき、「あれ、間宮?」という声が聞こえたのに、わたしは思わず肩を跳ねさせる。

 恐る恐るスマホのカメラ機能をオンにして見てみると、たしかにその向こうにはレンくんがいた。わたしのいきなりスマホを出したのを見て、スマホ越しのレンくんはきょとんと黒目がちな目を瞬かせる。


「なんで? 写メ撮ればいいのか?」

「そ、うじゃなくって! わたし、知らなかったから。スマホ越しだったら、レンくんが見えるんだよ?」

「あー……それは盲点だったなあ……」


 レンくんは口元を抑えて、明後日の方向を見る。あれ、それは駄目だったの? わたしは恐る恐る手を伸ばしてみる。レンくんの腕を引っ張ってみようと思ったけれど、触れない。

「あーあーあーあー」と声を上げたかと思ったら、レンくんはずっぱりと言う。


「そういうこと、あんまりやるなよ」

「え? どうして? やっぱり……変だから?」


 そりゃそうだ。

 レンくんが格好いいからと舞い上がってしまっているのはわたしのほうだけで、レンくんはわたしに顔が割れる前も今も、態度が一律なんだ。なにも思っていなかったら、こんな態度になんてならない。

 調子に乗ってしまったんだなと、わたしはしゅんとしてスマホをケースごと鞄に突っ込んだ。


「ごめん……ただレンくんはわたしのことを見えるし触れるのに、フェアじゃないと思ったの。わたしは、しゃべらないとレンくんがどこにいるのかわからないし、触ってもなにも感じないから……」

「いや、怒ったんじゃないんだ。本当に」


 レンくんの声には、少しだけ焦りが入り混じっているように聞こえた。なんでそこで慌てるんだろう。散歩と称して遊びに誘ったのはレンくんのほうなのに。

 少しだけ押し黙っていると、いよいよいるのかどうかもわからなくて不安になる。そのとき、レンくんはやっと言葉を吐き出してくれた。


「……勘違いしそうになるからさ。俺」

「なにを?」

「別に、俺たち。付き合ってもないよなあと」


 そのぼそぼそとした言葉に、わたしは思わず鞄の柄をぎゅっと掴んだ。

 当たり前だ。わたしとレンくんは、ただわたしにしか声が聞こえないだけの人。何故かかまってくる人ってだけの間柄で、友達というには互いが気の置けない存在とは程遠い。彼氏彼女かと聞かれたら友達よりももっと遠い。

 レンくんさえ黙ってしまったら、わたしは彼がどこにいるのかもわからない、全くの赤の他人だ。

 わたしは鞄を持って、そのまま逃げ出した。


「おい、間宮!」

「教室入ってテスト勉強する!」


 根性なしは、本当にとことん根性なしだ。


****


 教室に着いたけれど、日直ですらまだいない時間なんだから、やることがない。

 黒板だって綺麗だし、花瓶の水だって変わっているから、せいぜい冷房を付けてテスト勉強をするしかできない。

 わたしはのろのろと昨日覚えきれなかった化学の問題集を取り出して、暗記に戻ろうとしたとき。


「なあ、間宮!」

「ひゃっ!?」


 思わず隣からの声に、わたしは悲鳴を上げてしまった。

 レンくんに教室で声をかけられたことなんて今までなく、わたしはそんな馬鹿な反応しかすることができなかった。

 思わず問題集を閉じそうになったけれど、無視してどうにか暗記をこなそうとするけれど、隣から聞こえてくる声が気になって、覚えられるものも覚えられない。


「あのさ、なんで逃げたんだよ」

「……たんぱく質の分子構造……」

「俺、本当に全然気が利かなくって、すぐ怒られるから、間宮が全然怒らないから調子に乗ったのかもしれない」


 待って。わたし、レンくんに出会ってから、悲鳴ばかり上げているし最初のほうは困惑ばかりしてたと思うけれど。

 まるでレンくんの中じゃ、女神みたいに心が広くなっているみたいだ。わたしは思わず見えない方向に、目を瞬かせる。

 やがて、レンくんはすっと息を吸うと、一気に吐き出した。


「ごめん! 調子に乘って怒らせた!」

「……待って、謝らないで。そもそもなんでレンくんが謝るの? わたしが根性なしだから謝ることでは」

「はあ? 根性? どこら辺に必要?」


 ……わたしが言ったことも、意味もなにひとつ伝わってないみたいだけれど、まあいいや。

 わたしはできるだけ笑顔を浮かべて頷いた。


「本当の本当に、全然怒ってないから。だからお願いだから謝らないで」

「えー、そうか。そうかあ……よかったあ……」


 レンくんはひとりで納得してくれたみたいなことに、わたしは心底ほっとした。

 やがて、クラスメイトがパラパラ来たので、わたしはレンくんのことをスルーして、今度こそ科学の暗記に戻っていった。

 不思議なことに、さっきまでざわついたりしていた気持ちが落ち着いたし、同時にふわふわした気持ちがまとわりついている、妙な心地になっている。

 気持ちがジェットコースターのように沈んだり、上昇したりを繰り返している。


 わたしは、やっぱりレンくんのことが好きなのかもしれない。

 そう自分の気持ちと向き合うのが、何故か怖かった。

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