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ユウの研究

 明かりの無い部屋の中は全体的に暗かったが、ちょうどウィルが背にした窓から月明かりが差し込んで、転がっているユウを照らしていた。


 その表情は、やはり変わらず。平静平常としたもので、焦りや怖れといった色は全くと言って良いほど見れなかった。


「……そこの茂みにスケルトンが潜んでいる」

「そっか。どのくらい?」

「見えるだけで十五、二十は超えている。見えない部分の枝も不自然に揺れてるから、たぶんその倍は居る」

「うわ、結構居るね……逃げ切れそうかい?」


 少し考えてから、答える。


「俺だけならなんとか。けど、お前を抱えては多分ダメだ」


 一応、逃走経路としては今ウィルが覗いていた窓を蹴破って出るというものがある。入り口はバリケードでしばらくは保つので、スケルトン達を十分に引き付けてからなら逃げられそうだ。


 ただ、窓枠は狭く一度に通れるのはせいぜいヒト一人くらいだ。


 ユウを抱えての逃走方法として、一番現実的なのはバリケードが破られた瞬間を狙って正面突破か。


 が、数が圧倒的に多い上に、包囲されて先手を取られてしまっている。


 ウィル一人だけでもその包囲網の正面突破は厳しく、肩の負傷とユウというハンデを両方背負って実行するのは不可能だろう。


(というか、何でここにいるのがバレたんだ? まさかさっき怒鳴ったのが聞こえたとか?)

『いや、その可能性も否定できんが、オイラ的にはやっぱり虱潰しに探し回ってここの番になっただけって話だと思うぞ?』


 だとすると、まだ完全に見つかったというわけでは無い、という事だろうか? まあ、仮にそうだったとしても事態は何も変わらないのだが。


「あー、まあ、そうだよね。今ボクこんなだし」

「……なあ。さっき言ってた事、本気か?」

「さっき? ボクをここに置いてく云々の事なら本気だよ? こんな状況で冗談言える程のユーモアなんて持ってないし」


 というか、実際そんな事言ってられる状況じゃないのはウィルも同じだよね? と、ユウに返される。


 実際、ウィルにユウを気にする余裕なんてない。ユウ程絶望的ではないとはいえ、手負いで数がやたら多いスケルトンの集団を突破するというのはかなり厳しい。


 けれども、それでもウィルがユウの生死に拘るのは、別にユウを気にかけてだとか気遣ってだとかそんな優しい理由ではないからだ。


「何をそんなに気にしてるのさ? 別にウィルはボクの事どうでもいいというか、むしろ嫌いなくらいだよね? 死んじゃった方がせいせいしない?」


 人に「嫌いでしょ?」とか「死んだ方がせいせいするでしょ?」とか、そういう事を言われるというのは中々に変な気分になるものなんだなと、ウィルはこめかみを押さえる。


 別に自分はユウへの悪感情を隠していなかったのだから、それを指摘されたところで特に問題はない。

 あるとすれば、ウィルの気持ちに気付いていながらまるで気にする素振りを見せていなかった、ユウの唯我独尊っぷりに頭が痛くなるばかりだという事だろうか?


「……別にお前が死ぬこと自体は気にしないし、むしろそうなってくれた方が気楽になるなとは思ってる」

「アハハ。そんな事本人に面と向かって言えるなんて、中々いい根性してるね」

「お前がそれを言うのか!?」

『ウィル。もう手遅れかもだけど、一応近くに敵が来てるんだから静かに』


 ユウに思わずツッコミを入れてしまうとレッドに抑えろ言われ、ウィルは深く息を吸って、吐き出して心を落ち着けてから、再び口を開いた。


「お前が死のうが俺には知ったこっちゃない。助手になったとかいっても結局は口約束だけだし、昨日の今日でそこまで情が湧くほどの仲になった覚えもない」


 多少惜しいという気持ちが無くもないのは先程心の中で思った通りだが、天秤に掛ければ釣り合う気配もなく自分の命に傾く。


「まあ、それはそうだろうね。ボクとしてもこれからだと思ってたし」

「…………ただ、ただ理解できないだけだ。いくら価値観が違うとか言われても、生きる事以上に価値ある事なんて無いはずなのに、何でお前はそんなにあっさり捨てられるのか」


 分からない。


 その一点。その一点がどうしても不可解であり、ウィルにとっては受け入れがたい考え方で、さっきからずっと引っ掛かっている。


 ユウが死ぬにしてもそんな意味不明な考えを放置したままにはできない。理解できずとも、何かしら明確な答えが欲しいのだ。


 人それぞれの価値観、等という煙に巻いたものではなく、だ。


(はっきりしたナニか。ソレを知りたい。分からなくても、取っ掛かり一つ手に入れたい)


 そうじゃないと、自分の中でざわつく感情の収まりがつかない気がするのだ。


 月明かりで照らされたユウの表情はよく見える。が、先程よりももっと色が解りづらいように見えた。


 感情が表に出てないだけなのか、それとも本当に無感情なのか判別のつかない、読めない顔のままユウはウィルから送られた視線をそのまま返してくる。


「……うーんと、あんまりうまく説明できないんだけどね」


 このままにらみ合うのはしょうもないと思ったのか、気乗りしなさそうな声音でユウがぽつりぽつりと答え始める。


「ボクさ、小さい頃からこの世界の魔法というか、魔力について知りたいんだよね」

「……? ちょっと待て。お前、呪い子についての研究がしたかったんじゃないのか?」

「そうだよ。魔力について知ろうとするなら、魔力だけを調べてもダメ。魔力を持つものと持たないもの、それぞれを比べなきゃ分からない事も多いからね」


 ユウは、魔力の研究おいて、呪い子、つまり魔力を持たないものを研究する事は必須事項なのだという。


「そういうのは基礎研究っていって、発展的な事をするには絶対必要な土台みたいなものなんだ。けど……」

「けど……何?」

「今の魔法学、どういうわけかどれも応用な発展的なものばなりで、どんなに探しても基礎的な研究が行われた痕跡すら見つからないんだよね」


 例えるなら足が動く仕組みを研究しないまま、効率的な走り方や跳び方を発見しようとしている状態だという。


「それはまた非効率な……」

「ボクもそう思うんだけどね、どういうわけか周りの人はみんなそう思わないみたいで『必要ない』って。実際、この国じゃ人海戦術で次々と新しい魔法が発明されてるからね。パッと見役に立たなさそうな地味な研究に金と時間を費やすくらいなら、すぐにでも人の役に立ちそうな発見や発明をしろって言われちゃうんだ」


 ウィルのような素人から見ても馬鹿なんじゃないだろうかと思うが、それで結果が出ている以上文句を付ける筋合いはないだろう。


 それよりもユウは何故この話をしたのか?


「一部の人はボクに賛同してくれるけど、他の大半の人は『そんな意味不明な事をするな』とか『そんな今更みたいな研究馬鹿がするものだ』って言うんだよ。まあ、言われるだけなら気にしないんだけど……ボクの魔力が勿体無いからって別の事をさせようとしたり、邪魔して諦めさせようとしたりしてきてさ。本当に嫌になっちゃうよね」

「……まさか、それに嫌気が差してとか言うんじゃないだろうな?」

「アハハ。さすがにそれだけで死ぬことを選ぶほど殊勝じゃないし、ヤワじゃないよ」


 ただ、とユウは区切る。


「疲れるししんどいよね? 生きるのってさ。死ぬのも嫌だけど、自分がやりたい事をこうも否定される世の中に生まれちゃうなんて、ホントやってられないよ。だったらできるだけ悔いのないように好きに生きて、それで死ぬ時が来たらぽっくり死ぬ。理想的な生き方じゃないかな?」

「その死ぬときが今だと?」

「思っていたより早かったけどね。もう少しやりたい事はあったけど、まあ、今回の人生を“オマケノエクストラステージ”って考えるなら、もう充分かなって」


 何やら聞きなれない単語が混じっていた事に、ウィルは何だそれ? と聞こうとしたが、ユウの次の一言を聞いてそれどころではなくなった。


「ここらで終わりにして楽になるのも悪くないかなって思うんだよね」

聞く人が聞けば怒られそうなユウの死生観。


そしてその怒る人種であるウィル。目の前で地雷を踏み抜くムーヴでぶちギレ案件です

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