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怒りと暴走

 カッと体全体の熱が上がるような感覚が走ったかと思ったら、気付いた時にはウィルはユウの胸倉を掴んでいた。


 直前までウィルとユウの間には少し距離があったはずだが、いつの間にか距離を詰めて無抵抗に倒れていたユウを引っ張り起こしていた。


 ユウは、驚いていた。


 今までにないくらい動揺したようで、目を見開いてウィルを凝視し、硬直していた。


 そしてそのウィルだが、自分の身に何か異常な事が起きているのは把握できていたが、そんな事は全く気にならなかった。


 何故なら、この目の前の大馬鹿者を縊り殺したいという衝動を、必死に耐えていたからだ。


『お、おいウィル……ちょっと、落ち着けって……!』


 レッドからそう呼び掛けられるも、応えない。


 否、応えられなかった。今のウィルにはその余裕すら無かった。


 ユウの胸倉を掴んだままの手が放せない。震えるくらい力が入りっぱなしで、自分で放そうと思っても放せない。


 呼吸も、酷く乱れていた。


 遺跡の時や“オヤジさん”を取り押さえた時と同じぐらいに荒い呼吸になっていて、苦しい。


 違うのは、単に息が切れていたそれらの時には無かった、喉の奥の方に溜まった沸々と暴れ回る熱の存在で、ソレを飲み込んで押さえつけておかないといけないという思いと、抑え込もうとすればする程どうにかなってしまいそうで、気が狂いそうだった。


 このままユウの首に手を掛けてしまえば、その息の根を止めてしまえば楽になれると、直感が教えてくれていた。


 が、そ(・)れ(・)で(・)は(・)ダ(・)メ(・)だ(・)と(・)、意(・)味(・)が(・)無(・)い(・)と(・)、ウィルの理性が全力で止めていた。


「……ど、どうしたのさ?」


 自分の胸倉を掴んだまま、こらえるように肩で息をして動かなくなったウィルに、ユウが恐々と尋ねる。


「別に、そんな変な話じゃ、ないだろう? もし何かが気に入らなかったって言うなら、そんな恐い顔してないで、ボクを煮るなり焼くなり好きにすれば良いじゃないか?」

「――こと」

「え?」

「――ふざけたこと、言ってんじゃ、ねえ……!」


 ギリギリと奥歯を嚙み締めて、ウィルはユウを睨んだ。


「生きるのは疲れるし、しんどい? そんなの当たり前だろっ!? 魔力があって、人に求められて、仲間もいてっ! そんなに恵まれておいて、何が『やってられない』だ!? 何が『楽になるのも悪くない』んだよ!?」


 ユウが死のうがどうなろうが、どうでもいい。


 けれども、今までウィルが生きてきた中で、有れば良かった、無くて困った、欲しいなと羨望の眼差しを向けた、そういったものをユウはほとんど持っている。

 にも関わらずそれらを煙たがり、あまつさえウィルが唯一死守してきた生きる事すらあっさり放棄しようとすらとしている。


 それは、反吐が出るというものだろう。


「こっちが必死にしがみついてきたものをっ! 目の前でそう簡単に捨てようとしてんじゃねえよ!?」

「……簡単に、とは心外だね。ボクだって生きれるものなら生きていたいさ。ただ、他にしようがないんだからしょうがないでしょ? だから潔く諦めるというだけの話――」

「そんなの潔さじゃねえ! ただの言い訳だ!」


 ウィルには、ユウはただ逃げてるようにしか見えなかった。


 生きるために頑張ったり、足掻いたりするのを面倒がって嫌がって、放棄している。


 ウィルもこれまでの人生の中で逃げる事は多かった。

 が、それはあくまで生きる為であったり、何か別の目的の為の手段の一つとしての選択だったし、どうしても逃げられない時は歯をくいしばって立ち向かった。立ち向かうしか、なかった。


 だが、今のユウはウィルからすればただ諦めて、現実から目を逸らしているだけにしか見えなかった。

 ユウの逃げは次(・)に繋がらない。ここでの諦めは、文字通り終わりにしかならない。


 それはウィルには看過できなかった。


 自重なく怒鳴ったせいか、バリケードを張った扉が騒ぎ出す。


 ガタガタと音を立てて扉が押し開かれそうになるが、すぐ障害物に引っ掛かって止まる。

 それからすぐに乱暴な音が、無造作に扉がドンドン叩かれて、室内が揺らされた。


「……キミがどう文句を付けても、この状況は変わらないよ」


 最初よりかはムッとした表情だったが、それでもユウは静かに、子供に言い聞かせるようにウィルを諭す。


「この状況からボクは助からないし、キミ自身が言うように力の無いキミじゃボクを助けられない。二人まとめてオダブツになるよりかはキミ一人でも助かった方がよっぽど生産的だ」

「うるせえ! お前のそういうところが一番ムカつくんだよ!」


 皮肉にもウィルはここに来てユウという人間に対する理解が急速に深まっていた。


 自分勝手な振る舞いをしているようにしか見えなくても、実は正論めいた言動をしていて。


 本当は賢いくせにバカな事ばっかりして、肝心なところでは殊(・)勝(・)な(・)選択をして。


 常にユウがしている飄々とした表情は、人を無意識に見下していて、会話をしていても実際はまともに人の相手をする気は更々なくて。


 そんな浮わついている地に足付いてない生き方が、ウィルの癪に障ってしょうがなかったのだ。


「今更そんなお利口な事言ったって誰が聞くかよ! お前の思い通りに動いてたまるか!」


 そこまで言うとウィルはユウの胸ぐらから手を離す。


 代わりにユウの残っている腕をひっ掴むと、そのまま部屋の奥へ引きずり込む。


「ちょっ……!? 汚い汚い! ボク雑巾じゃないから! というか、どこに連れてく気なんだい!?」


 ユウが喚く。死ぬ事には抵抗ないくせに、今更汚れる事を気にするとは。一体どういう神経をしているのやら。


 ウィルは先程探索していた部屋の一つに入る。


 そこは煮炊きが行える厨房だったとおぼしき部屋で、ウィルはその隅までユウを引き摺った。


(たしかこの辺に……)


 床を探ると、切れ目のある部分が見つかったので、そこを取っ掛かりに床板を上に開く。


 その下は石造りの、いわゆる床下倉庫という奴で、中には食料が入っている樽がいくつも並んでいた。


 もっとも、先程探索した時に一応確認してみたが、どれも腐りきって土状になっていたりカビが生えていたりと、当然ながらまともな食料など全く見つからなかったのだが。


 その地下にユウを放り込んだ。


「わっ……! ちょっと!? いくらなんでも乱暴過ぎない!?」

「黙れ。死んでも良いとか言ってたクセに文句が多すぎる」


 ユウの抗議を無視してウィルは振り返る。後ろには二人の後に付いてきていたシュハがじっとこちらを眺めていた。


「お前もこの中に入ってくれ」


 ウィルがそう言うと、シュハが嫌そうにする。


「頼む。お前ならここの床板一枚くらいいつでも破れるだろ? これから外は騒がしくなると思う。お前は外(・)が(・)静(・)か(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)ら(・)ここから出てお前のご主人様を探しに行って、こいつを助けてやってほしい」


 シュハと目を合わせながらウィルがそう言うと、シュハはしばらくウィルのを見つめ返した後、渋々と床下に降りた。


 そのやり取りを見ていたユウは、ウィルが何をしようとしているのか気付く。


「ウィル……キミ、まさか」

「……言っておくけど、これは俺の為だからな。お前の為に命を掛ける羽目になるなんて、考えたくないからな」


 そう言ってウィルが床板を閉じて入口を塞ぐと、その下からユウの叫び声が聞こえた。


「待ってよ! ボクはキミに死んで欲しいなんて――」

「誰がお前の為に死んでやるかよ。俺は生き残って、お前も生かす」


 ウィルは、近くにあった棚を片っ端から入口の上に倒す。これで外から入口は分からないし、耳障りな声も聞こえなくなった。


「覚悟しておけよ。せいぜい生きてその辛くてしんどい思いをお前にしてもらわないと、割に合わないからな」


 そう言い捨てて、ウィルは自分が荒らした厨房を後にした。

レッド「えぇ……どうしてこうなった?」


怒りのあまり斜め上の暴走を始めたウィル。


ユウを助けたいわけじゃないし見殺しにした方が丸く収まりますが、それはそれでユウの想定通りとなるのは気にくわない。


怒りで沸いた頭によるウィルの思い付きに、レッドは頭を抱え、ユウは呆然です

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