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甘い誘惑

「あっちに何か実がなっている木があるみたいだよ」


 そう指さす方に視線を向けてみるものの、特にそれらしいものは見えない。


「どこに?」

「ここからだとまだ見えないかな? 食べられるかは分からないけど『探知』に反応があるから何かしら実がなっているのは確実だよ」


 どうやらユウはずっと、魔法で食糧になりそうなものを探していてくれたらしい。


「…………」

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない。そっちなんだよな?」


 頭を振って進路を変更する。


 ――このまま真っ直ぐ進んでたら、見つからなかった。


 離れている場所の情報、それもなんとなくではなく細かい事を直接見る事もなく得られる。


 これだけ歩いて自分では全くできなかった事をこうもあっさりやられると、魔力持ちの人間と自分の差がいやでも突き付けられる。


(ふざけた奴なのに、それでもやっぱり俺よりかはまともな人間なんだよな……)


 魔法ならばこんなに簡単にできる事を、呪い子は時間を掛けないといけないどころか、成しえる事さえ定かではない。


 役立たず扱いされるのも当たり前である。


 それからしばらくすると、ユウの言う通り実が成っている樹木が一株見つかる。


 が、ユウは顔をしかめた。


「あちゃー。『鳥殺し』だったか。これは食べられないね」


 見つかったのは、あのやたら渋くて不味い『鳥殺し』だった。


 毒こそ無いものの、一般的に食べられることはほとんど無く、野山で過ごす事が多い冒険者でも食糧にするには最終手段とされ、悪食の魔物でも敬遠する代物である。


 ハズレかー、と残念がるユウだったが、悲しい事にそのマズさに慣れた人間にとってみれば貴重な栄養源である事には間違いない。


「……仕方ない。これで済ませる」

「え」


 鳥殺しは果実の成る野生樹としては背が低めであるおかげで、無理に木に登る必要もなく簡単に採取できる。


 少しつま先立ちして枝から実を一つもぎ取ると、そのまま口に放り込む。


「ちょっ!? えっ!? 本当に食べた!?」


 騒ぐユウを尻目に、黙々と咀嚼して口内に広がるなんとも言えない青臭さと味に顔をしかめつつ、鳥殺しを次々と胃の中におさめていく。


「いや、あの、ウィ、ウィル? 不味くないの?」

「不味いに決まってるだろ鳥殺しなんだから」

「そんなパクパク食べておいて言うセリフじゃないよ!?」


 どんどん食べるのは、味わえば味わう程苦痛だからである。さっさと空腹を満たせば苦しまずに済む。


「うるさい。いつも食べてるから、この不味さには慣れているだけだよ」

「いつもって……な、なんで」

「なんでもなにも、不味くても食わなきゃそのうち死ぬ。他に食べるものが無いなら食べるしかないだろ」


 特にこの後逃げる事を考えるなら、今のうちにとにかく腹に詰め込めるだけ詰め込んだ方が良いだろう。


 淡々とその作業を進めていると、それを見ていたユウが何を思ったのか、近付いてきて枝に手を伸ばしてウィルと同じように実をもぐ。


「……?」


 何をする気だろうと注視していると、ユウは少しためらう様子を見せた後、鳥殺しに齧り付いた。


「…………うべぇ」


 これ以上ないくらいに情けない声と酷い顔をして、口から囓った鳥殺しの実の欠片がボトリとこぼれ落ちた。


 汚い。


「……なにやってんの?」

「いや、ちょっとボクも食べてみたくなって……うう。舌がピリピリする……」


 自分が食べているのを見てまた好奇心が煽られたのかと、ウィルは呆れる。


 鳥殺しの不味さは有名だ。焼こうが煮ようが渋みや苦みは全然抜けず、どれだけ砂糖をかけても隠れる事はない。


「飢饉になったときに食べられてたけど、不味すぎて食べずに餓死を選ぶ人がいた、という話は聞いてたけど……不味いどころじゃない。コレ生き物が食べちゃダメな奴だ……」

「そんなこと常識だろ? 少なくとも俺は冒険者なら基礎知識の一つだって聞いたけど?」

「いやだから、そう言いながらすごい勢いで食べているよねキミ?」


 栄養自体は高いらしくホントのホントの最終的な非常食にはなるのだが、わざわざ食べようとするものではないと義父は言っていた。


「……実際に食べてみないとどれほどなのかは分からないじゃないか」


 そう言いつつユウは手にしていた実をもう一囓りして「ぁぁぁぁぁ……」と悶絶する。今度は吐かなかったが、同じ事を繰り返している辺りバカだろう。


「うぅ……慣れる気がしない……キミの味覚絶対おかしい」


 否定はしないけれど、ユウにだけは言われたくない。


「……これはダメだ。うん、どうしよう……」


 頭を抱えてうなり出すユウ。食べなければ良いだけの話だろうに、ブツブツ「そういえば……どこだっけ……」と何かつぶやきながら考え始める。

 何を悩んでいるのかとウィルが思っていると、突然「そうだ!」とユウの表情が晴れる。


「ねえウィル。もしボクがこの鳥殺しを美味しく食べられるようしたら、さっきの手をパンってする奴をもう一回やってくれないかな?」

「は?」


 鳥殺しを美味しくする? んなバカな。


「そんな事不可能だ」

「だからもしだよもし。どう?」

「はっ。本当にそんなことできたなら、一回と言わず何度でもやってやるよ」


 売り言葉に買い言葉、というのも正確ではないが、ウィルが鼻で笑うと、ユウは「今の言葉忘れないでよ?」と今まで以上に寒気のする笑みを浮かべた。


 ……あれ? 何故か嫌な予感がする。


(レ、レッド。もしかして俺、やらかした……?)

『かもな。少なくとも向こうから申し出てきたことなのに、考え無しに頷いちゃダメだろ』


 だからもう少し抑えておけと言ったのにと、呆れ混じりのレッドの声が響く。


 ユウは鳥殺しの実をもう1つ採取すると、魔法陣を展開する。


 鳥殺しの実がその手から消えると、魔法陣は一旦消え、すぐに一回り以上大きな陣が再展開される。


 浮かび上がる式を見るにさっきまでとは違う魔法のようだった。


(何をする気なんだ……?)

『最初のは多分“インベントリ”とか“アイテムボックス”って呼ばれる、いわゆる物資収納系の魔法だと思う』


 レッドの言葉に、さっきユウがどこからともなく外套を出して身に付けていたのを思い出す。


『で、後から出てきたのはおそらく錬金術の魔法だな。昔見た資材を加工する式と似ている。異空間と接続すると思われる意味の式があるから、さっきの収納魔法で異空間に取り込んだ鳥殺しの実を直接加工するつもりんだろう』


 つまりユウは錬金術で鳥殺しを美味しくするつもりらしい。


(食べ物を美味しくするって普通“料理スキル”持ちがする事でしょ……錬金術って)


 どう考えても錬金術は食品を扱える響きではない。まともに食べれるものが出てくるのか酷く不安になる。


『原理で言うならそこまでおかしい事ではないけどな。そもそも普通の錬金術から考えても大分変わった方法だし』

(え? そうなの?)

『元々保管していたものを直接加工するならともかく、異空間にわざわざ取り込む意味が分からん。もしかしたら何かしら利点があるのかもだが、魔力消費も相応に増えているはずだから良くてプラマイゼロだな』


 レッドが知っている基本的な式から見ると大分変わっているらしい。


 レッドの時代から時間が経っているせいという可能性もあるが、そうだとしてもかなり変則的な内容のようで、おそらくユウが独自に組んでいる陣なのだろうという。


(こいつが独自に……ますます不安になるんだけど)

『まあ、自分で言い出した事だし、自信もあるみたいだし大丈夫――』

「あ、間違えた」


 ゴト、というヤケに重い音と共に、真っ黒い金属状の塊が地面に出現する。


「うーん、ちょっとやり過ぎたみたい。次はもう少し控え目にしてみるかな?」

『――多分、大丈夫』

(いや大丈夫じゃないでしょどう見ても!? 何をどうすれば木の実があんなモノになるの!?)


 多分、とトーンダウンしたレッドに思わずツッコミを入れる。


 味はともかく見た目はまだ食べ物として成立していた鳥殺しの実の変わり果てた姿に慄いていると、ユウが「できた!」声を上げた。


 一度目の失敗から随分と早いなと見れば、先程に比べれば原型は留めていたものの、皺くちゃに萎んだ鳥殺しの実を手にユウが満足気な笑みを浮かべていた。


 うん。まずそう。


 しかし、見た目だけで言うなら、昔義父が手に入れていた干した果物によく似ていた。


(乾燥させただけ……?)


 なるほど、ただ水分を抜くだけなら錬金術でも可能かもしれない。


 ただ、保存食としては干して水分を抜いたモノは珍しいものではないし、砂糖を掛けても誤魔化せない不味さを持つ鳥殺しの実をただ乾燥させただけで美味しくなるとは思えない。


「うん。見た目はイメージ通り完璧だね」

「……これが? 本気?」

「もちろんさ。ほら、食べてみなよ」


 ずい、と差し出され思わず受け取る。


 元が元という事もあるが、見た目から瑞々しさが無くなった事で更に不味そうに見え、口に入れる事に抵抗を覚える。


 チラッとユウの顔を見ると、腹立たしいほどに自信満々な表情でウィルの反応を待っていた。


(……仕方ない。鳥殺しだから毒があるわけじゃないし、さすがにゴブリン肉より不味いって事はないだろうし……)


 さっさと食べて“不味い”って言ってやればいい。それで済む。


 そんな逡巡を挟みつつ、心持ち控え目に干した鳥殺しに噛り付く。


「…………っ!? かはっこほっ!」

「え!? うそ!? 不味かった!?」


 口に入れた途端、今まで感じた事が無い衝撃が走り、むせ込む。


 想定と違っていた反応だったからかユウが慌てて駆け寄ろうとするのを、手で制してそれを止める。


「い、いや……それより、なにこれ? お前、何をしたんだ?」

「何って……乾燥させただけだよ? 天日干しした時と同じように」

「そんなはずない。干しただけでこんなに甘くなるなんておかしいだろ!?」


 口に入れた瞬間、昔一度だけ食べた砂糖を使った菓子とは比べ物にならない程の甘味が、口内を蹂躙していた。


 甘味を食べ慣れていなかったせいか、口に含んだ瞬間ありえない程の唾液が溢れた。


 あまりの衝撃に、今も舌の根本が痛いくらいで、驚いて飲み込んだ拍子に気管に触れたらしくむせてしまった。


「乾燥させただけだって言うならあの鳥殺しがどうしてこんなに甘くなるんだ!?」

「えーとね、昔聞いた話だとたしか不味い部分は水に溶けやすいかから、果実の水分を完全に抜くとそれと一緒に抜けちゃうんだったかな?」


 その話を聞いて、そういえば鳥殺しの実を干したものなんて見たことも聞いたことも無いのに気付く。


『なるほどなあ。保存食っていうのは余裕があるときに作るものだからな。平時はそのマズさで誰も見向きせず、飢饉みたいな非常時は保存食を作るだけの余裕もない。だからこんな単純な加工法でここまで味が変わる事が知られていなかった、と』


 保存食というものは存外に手間も時間も掛かる。塩や砂糖等を使う場合は余分に費用も増える。


 仮に干すだけだとしても、黴が付かないように手入れする必要はあるし、気候などによっては加工期間が大幅に変動する事もある。


「……ところでさ。結局ソレ、お口に合ったのかな?」

「っ!」


 呆けて立ち尽くしているウィルが手にした干した鳥殺しを指さして、ユウが問う。


「……い、いや――」

「不味くは無いんだよねぇ? さっきボクが“不味かった?”って聞いたら“いや”って答えたよねぇ?」


 ニヤニヤしながらユウが否定しようとしたウィルの逃げ道を塞ぐ。


「ま、不味くはないからといって、美味いというワケじゃ……!」

「顔。頬が見たこと無いくらい緩んでるよ?」


 その指摘にバッと思わず手で自分の頬を手で抑える。


 ユウがご満悦といった様子で「うんうん」頷いた。


「気に入ってもらえたようで何よりだよ」

「き、気に入ってなんか……」

「そう? じゃあ、気に入らなかったなら返してもらおうかな?」


 そう言いながらユウはウィルが手にしていた囓りかけの鳥殺しに手を伸ばす。


「っ!」


 それに対し、ウィルは咄嗟に体で庇い拒否してしまう。その行動にレッドが『ブハッ』と吹き出す。


『おま、言葉と行動が全く噛み合ってねえじゃねーか!』

(しまった! つい……)


「おやぁ? 気に入らないなら返してくれても良いんじゃないかい?」


 既にウィルの本心はバレバレで、ユウの笑みは完全に勝者のソレである。


 それでも往生際悪く、なんとかこの甘味を死守しつつユウから逃れようとウィルは考えを巡らそうとする。


 もっとも、そんな都合の良い事を思いつくのはどだい無理な話であり、そもそもこの甘味にウィルが心奪われた時点で敗北必至なのであるが。


 そして、そんなウィルにトドメが刺される。


「よし、じゃあこうしようか。今回に限らず、ボクがキミにお願いする時はこの干した鳥殺しを一個進呈する、というのはどうだろう?」


 そのユウの申し出は非常に魅力的であり、もっと言ってしまえば義父の故郷の件よりもずっとウィルの心に響いていた。


 義父のルーツを探りたいという気持ちが無いわけではない。


 だが、即物的な欲求としては優先順位は明らかに下がり、ウィルが唯一自発的に求めていた目標である“美味しい甘味”がぶら下げられた現状には霞んでしまう。


 それでも、未だ消えないユウに対する嫌悪・不快感はそのままであり、辛うじてウィルに最後の抵抗を行わせた。


「……つだ」

「え?」

「二つだ。お前の要求に一つにつき二つ、コレをくれ」


 全くもって抵抗になっていない要求は、ユウのあのイラッとする微笑みと共にあっさりと受け入れられた。

なろうでよく見られる甘味による人心掌握術、主人公に炸裂。


この世界は割と人の生活は豊かなので、他の人だとそこそこのウケだけで終わりますが、貧しい食生活のウィルにはクリティカルヒット。でも完オチはしてません。まだ。


作者的には鳥殺しの伏線を回収できて満足です。

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