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義父の故郷?

 リード聖教国はこのドミティス魔導帝国の西方、より正確に言えばドミティスの属国を挟んだ場所に位置する国だ。


 その名の通り、リード教と呼ばれる宗教によって生まれた国家で、歴史だけならばドミティスに匹敵し、更にその前身となった宗教の時代も含めれば軽く凌駕する。


 もっとも、総合的な国力で見ればドミティスに遠く及ばず、周辺諸国の中では少しマシ程度である。


 ……という極々簡単な説明をユウがした。


「そんな国があるのか」

「……本当に知らなかったんだね」


 外国に興味はあったものの、出国する手段もなく、それ以前に日々の暮らしに手一杯だったウィルが知るはずも無い。


 強いて言うなら、義父からの教育で知り得たかもしれなかったが、生憎とそれについて触れられた事は全く無かった。


「なんでそこが俺の目的地だと?」

「んーと、まずここは西方の国境に近いからね。そっち方面の国かな? って思ったのが一つ。近くに国境を跨いだ魔境があるってのもポイントだね」


 魔境については知っていた。他の土地に比べ、ただの獣よりも魔物の生息数の比率が異常に高い危険地域の事だ。


 何故その地域がそうなるかまでは知らないが、そうした場所が国内外に点在しており、ウィルは義父から不用意に近づかないようにと聞いたことがあった。


「魔境が近いから何だって言うんだ?」

「それも知らないの? 魔境に魔物が多いのは空間中の魔力が多いからでしょ? そのせいで魔法が使いづらくて、国境を分ける結界も張れないんだ」

「結界が無いのか!?」


 鬼術がなくとも、もっと早くにこの国から出れていたかもしれない事にウィルは愕然とする。


「そう。だから昔から密入国・出国するなら魔境を通るのが定番なんだって。……まあ、大半がその途中でオダブツになるらしいけど」


 そしてすり抜けたごく一部の人間は良くも悪くも優秀であると言える為、この国ではよほどの悪事を働かなければ黙認するのだという。


『なんつーか、すげえ国だな。大胆というか豪気というか……やろうと思えば間者を送り放題じゃねえか』


「国防的にはそれどうなの? と思わなくもないけど、その実力主義信奉でこの国は発展してきたようなものだからねぇ。今じゃもう一種の国力誇示のようなものだね」


 感心したような呆れたような、そんなレッドの感想が聞こえたわけでもないのに、ユウもまた同じような事を言った。


「そういうわけで基本的にこの国は密入国者はウェルカム(入れるものなら入ってみやがれ)状態なんだけど、唯一の例外というか、危険視されている国の人がいるんだよね」

「……それがリード聖教国?」


 そうウィルが尋ねると、大正解! と腕で大きな丸をユウが作った。


「なんで? この国と比べたら大したことのない国なんだろ?」

「うーん、それはそうなんだけどね。宗教の団体っていうのは、国だろうとなんだろうと甘く見ちゃいけないんだよ?」


 リード教の教義を大まかに言えば“導き”で、年少の者や後輩、弱者を、強者や先輩が保護し教え導く事が美徳なのだという。


『ほーん……なるほど。つまり、実力主義的、もっと言えば弱肉強食が基本の考えであるこの国と相反する思想を持つ集団か。そりゃ仲良くするのは難しそうだな』


 レッドの言葉にウィルも納得していると、ユウがニタリと笑う。


「納得してるところ悪いけど、多分想像している理由とは違うと思うよ?」

「えっ?」

「相容れない考え同士なのは確かだけど、その程度で一国家が露骨に警戒するハズないじゃないか」


 そう言うとユウは、懐からある物を取り出した。


「で、そこで出てくるのがコレ」

「っ! それは!」


 ――義父の形見の短剣である。


「オマエッ! 何を勝手に――」


 カッとなって声を荒げようとするも、直後に目の当たりにした光景に言葉が途切れる。


 義父の短剣の刃が伸びたのである。


『ちょっ!? それって!』


 否、刃自体は伸びていない。短剣の根元から薄らとした光の膜が刃を包みこみ、それがそのまま剣刃の形状を保ったまま伸長していた。


「な……何をしたんだ?」

「何って、この魔道具を起動しただけだよ?」


 魔道具? そんなバカな。


 そこそこ長い付き合いのあるはずなのに、そんな自分の記憶には全くない形態をさらしているソレに、ウィルは愕然となる。


 おそらく隠し武器のような用途なのだろうと、見るだけで察せる形状をしている。


 けれど、義父があの短剣をこんな風に使ってる所なんて見たことが無く、また、常に困窮に喘いでいたはずの義父が魔道具などという高価な代物を所有していたとは考えられなかった。


(どういう事なんだ……)

「本当に何も知らないみたいだね」


 固まっているウィルを見て、ユウもまた少し困った様子で説明を続けた。


「ボクも現物を見るのは初めてだから断言は難しいけど、これはリード聖教国の特権階級にある人間に与えられる魔剣の一種で、言ってみれば貴族の証みたいなもののはずだ」


 更にとんでもない情報が放り込まれる。この剣がリードという国の貴族の証?


 という事は義父は――。


 まさかそんなと、ウィルはかぶりを振って否定する。もし義父がその国の貴族なのだとしたら、なんでそんな仲の悪い国に居て、しかもまともに稼ぎもできない冒険者なんかになって、自分みたいな呪い子を拾って孤独に育てて、挙句の果てにその命を散らしたというのか?


 分からない。


 一体全体どうなっているのか分からないが、しかし、ひとまずユウが自分の目的地に見当を付けた理由、それは分かった。


「……なるほど、ね」

「分かったみたいだね。そう。これを持っていたからキミがリード国に縁のある人間じゃないのかな? ってボクは考えたワケ」


 どうやら違ったみたいだけど。と、懊悩するウィルの様子見ながらユウは呟いた。


「キミは、何でこんなものを持っていたんだい?」

「何でって……とうさんの、形見なんだ」

「お父さんの? という事はもしかしてキミも?」

「いや、俺がその国のお貴族様の血を引いてるとか、そういう事は無いと思う。とうさんからは血は繋がっていない、拾った子だって聞いてるから」


 義父はどちらかと言えば、都合の悪い時は嘘をつくのではなく、隠したり気を逸らしたりして誤魔化す事の方が多かったと、ウィルは記憶していた。


 だからこそ、出身は西の方の国としか聞いていなかったし、血の繋がりに関してはハッキリと『無い』と断言されているので、そこに関しては違うはずだ。


「……あー、そう、なんだ」

「ああ」


 なんとなく気まずげな様子で納得しつつ、ユウは気を取り直すかのように一回咳払いをした。


「と、とにかくキミのお父さんがリード国の縁者である事は間違いないと思う」


 ユウ曰く、この剣と同じものは魔道具先進国であるドミティスでも未だに開発には至っておらず、また、特権階級の証明となり得るものだからそう簡単に譲渡されたり売却されたりして他人の手に渡る事は考えにくいという。


「……でも、強引に奪われる可能性とかもあるんじゃ?」

「それこそありえないと思うよ。リードの貴族、それもこの剣の持ち主になりうる当主格の人は高い実力を求められているから」


 リードの貴族がどのくらい強いのかと言うと、過去の戦争においてドミティスに属する神子が殺害された記録がそこそこ残っているくらいだという。


 神子と殺し合いで勝てる人間がいるのかと思いつつ、ウィルは記憶を探ってみるものの、在りし日の義父がそんな化け物染みた強さを発揮していた記憶は無い。


(いやまあ、訓練で一度も一本取れた事も無かったぐらいには強かったけど)


「……もしかして、リードの人間が危険視されている理由ってソレか?」

「そう。だから、十中八九この剣はお父さんのものだと思うよ、っと」


 そう肯定しながらユウがウィルの後ろに回り込むと、義父の形見を軽く振ってその戒めを斬って解いてみせた。


 唐突に自由になった両手に、ウィルは手を軽く握ったり開いたりして異常が無いか確認しつつ立ち上がる。


「おお……すごい切れ味……はい、どうぞ」


 そう言いながらユウは伸長した刃を消しつつ、義父の形見をウィルに手渡してくる。


 あっさり差し出された短剣と、ユウの顔を見比べ、思わず問う。


「良いのか?」

「良いも何も、お父さんの大事な形見なんでしょ? あ。でも、くれるって言うなら――」


 何やら危険な気配がしたので、パッと短剣をユウの手から取り上げてすぐに懐に入れる。


 そして睨みつけると、ユウは肩を竦める。


 なんというか、自分でも驚くほどに調子が乱されていて、不快なヤツである。


(……それにしても、リード聖教国、ね。レッドはどう思う?」

『どうも何も、他にアテも無いんだから行くしかないんじゃねえか?』


 ユウから聞いたリード国の特徴が確かなのなら、目的の一つでもあるウィルの庇護者探しも捗りそうだとレッドは言う。


『それに、ちと気になる事もあるしな』

(気になる事?)


 そういえば、先程義父の短剣が魔道具である事が発覚した時、ウィルに負けず劣らずにレッドは驚いていた。


(とうさんの短剣に関係している事?)

『そうだな。正確にはあの魔道具のルーツだな。直接オヤジさんの形見やウィルには直接関係しないから、お前は気にしなくても良い』


 わかったら良いな程度だから、特別何かウィルにしてもらうつもりも無いとレッドは言った。


(ふーん……とにかく、リード聖教国を目指すって事で良いのか?)

『ああ。オイラとしてはそうして欲しい』


 レッドが望むのであればそうするかとウィルは考えると、改めてユウと向かい合う。


「そのリード聖教国まで、どうやって行くのかは知っているのか?」

「一応ね。行ったことはないけど地図はあるから……結局、リードに向かうって事で良いのかな?」


 ユウの確認に、ウィルは頷いた。


「それじゃあ早速――ユースさん達を起こそうか」

「……は?」


 すぐに出発するつもりだと思っていたウィルだったが、ユウの想定外の言葉に目を剥いた。


「え、何故?」

「何故ってボクらクエストの途中だよ? 一度受けた仕事はちゃんとこなさないといけないのは当たり前じゃないか」

「すぐに国外に出るんじゃないのか!?」

「すぐだよすぐ。元々そんなに難易度の高いクエストじゃないからさっさとケリを付けられるだろうし、キミが手伝ってくれるならもっと早く終わるでしょ」


 さも当然のようにそのクエストに協力させるつもりのユウに、今度こそウィルは絶句した。


『おおう……良い根性してるぜ……』


「……あ。そういえばまだ聞いてなかったけど」


 仲間二人の元へ向かいかけていたユウが、クルリと振り返る。


「……なに?」

「いやね、本当に今更な質問なんだけど――」


 タハハ、と少し照れくさそうに、そして本当に今更な事を聞いてくる。


「――キミ、なんていう名前なの?」

ユウの中では呪い子としてしか価値を見出されていないウィル。

価値を見出されているだけマシなのかどうかは微妙なところ。


ウィルのユウへの拒否反応は当人でさえ過剰な気がしていますが、どうにも受け付けられないのでしょうがない。

そして結局強制無給労働が確定。ユウに関わった時点でウィルはもう逃げられないので仕方ない。

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