脅迫?
書き直したら、前書いたのと違う展開になる事、あるあるだと思います。
ウィルの考える“身の危険”とは、ずばり生死や傷病に直結するものという、至極素直なものだ。
物心ついた頃から物理的な脅威に晒される事が多かった彼にとってそれが常識になるのは自然な事で、早い話が死ななきゃ安い精神であり、それ以外に危機感など持った事がない。
故に、生まれて初めて物理的な危機以外での脅威に耐性なぞあるはずがなく、ウィル自身驚くほど情けない声を上げてしまったのは致し方ない事だろう。
なので、
「なんだい? まるで化け物でも見たような声を出してさ?」
なので、ウィルが全力で拒絶反応を示したことに対し、不服そうに眉を顰められるのは、それこそ不本意というものであろう。
「化け物の方がマシだ! というかお前、人が寝ている間に何してんの!?」
「? 別にまだそんな変な事していないでしょ? 色々とサイズ測って記録してただけだし……」
「その色々が問題だ! 股間のブツのサイズまで測る事が変じゃなかったら何だって言うんだよ!?」
普通の人間でない呪い子が言えたセリフじゃないかもしれないが、もし仮にそれが普通だというのであれば、ウィルは生まれて初めて自分が普通でなかった事に感謝するだろう。
「そんなに引かないでよ~。これからが本番なんだからさ~」
「これから!? まだ何かする気なのっ!?」
「いやあ。さすがに寝ている間にやれる事じゃないからさ」
その言葉を聞いてウィルは頬をヒクリと引き攣らせる。どうやらコイツは、本気で自分がやっている事を大した事だとも思っていないし、それどころかこれまでの事は手心を加えていたつもりのようだ。
「なに……この……コイツ、なんなの?」
『気持ちはわかるぞ。多分、今のウィルには理解できない人種だと思うわ』
思わず呟いていると、レッドの気の毒そうな声が頭に響いた。
(……まるでレッドには理解できているみたいな言い方だけど?)
『理解っつーか、こういうのに似たタイプの人間を知っているだけというか……そうだな。とりあえず、なんでこんな事するのか聞いてみろ。多分、それで分かるんじゃねえかな?』
たしかに、根本的な話として動機を聞く事がまだだった。
「何故、こんな事を?」
「研究の為だよ」
「研究? 俺なんか調べて一体何の……」
「そりゃ呪い子の研究さ」
呪い子の、研究?
「……本当になんでそんな事を?」
「面白そうじゃん?」
「は?」
面白そうって……まさか、それだけの理由で?
「呪い子ってさ、この国じゃ本当にいないんだよね。生まれてもほとんどが小さい内に潰されているみたいだし。だからキミみたいにここまで生き延びているのは珍しいんだよね。……まあ、それだけなら魔法が使えないただの人って話だから、そんなに面白くはなかったんだけど」
そこまで言うと、ユウの好奇心に満ちた大きな瞳がキラリと光る。
「昨日さ、ユースさんの回復魔法が効かなかったでしょ? アレ割ととんでもない話なんだよね」
「とんでもない?」
「いやだって、回復魔法が効かないって事は他の魔法も効かないかもしれないって事でしょ? 攻撃魔法とかさ」
ユウの指摘に、ウィルは目を丸くした。
「そうなの、か?」
「さあ? それが分かんないから調べようって話さ。それに、その仮説が正しくても間違っていても色々疑問が残るからね。いや~、本当に興味深い……!」
と、またも無邪気な少年の瞳から、獲物を見据えるようなギラリとした眼光へと変わる。
「呪い子についての資料は全く、不自然なくらいに見た事が無いからね……もし、ボクの仮説が正しいのなら……ウェヒヒヒ……」
しまいには不気味な笑声を上げる少年を見て、ウィルは思う。もうヤダコイツ、と。
『嫌かもしれんが、多分もう逃げられんぞ?』
(え?)
「そういうわけで、キミには今日からボクのじっ……助手になってもらおうと思うんだ」
何やら不穏な言い直しをしつつ、突然そんな事を言いだした。
というか、今絶対助手じゃなくて実験動物とか言いかけていた。
「嫌だ」
「まあまあ。とりあえず聞いてよ」
反射的に拒否するも、まるで意に介さない様子で宥められる。
「助手って言ってもそんな難しい事じゃない。ボクの指示に従う。それだけだよ?」
「言う事聞く奴が欲しいだけなら奴隷でも買えば?」
「ああ。それでも良いね。というわけでボクに買われてくれないかな?」
「ふざけろ」
悪態をつくが「その通り。冗談さ」と涼しい顔で肩を竦められる。
「あんまり奴隷は好きじゃなくてね。できればキミには善意で協力してほしいんだよね」
「だから、嫌だって言ってるだろ! そもそも、協力したところで俺に何の得があるって言うんだ!?」
見た所、ユウの年の頃はウィルとそう変わらない。
いくら世間では一人前扱いされるとはいえ、さすがに人間一人の面倒を見れる程の甲斐性があるとは思えない。
「お前なんかに何ができるっていうんだ!」
「うーん、ボクにできる事は結構あると思うんだけど……とりあえずすぐにできる事は、キミの拘束を解いてあげられるくらいかな?」
ユウはニヤリと笑う。たしかに今のウィルは縛られており、文字通り手も足も出せない状態だ。
一体どんな材質の戒めで縛られているのか分からないが、先程からウィルがどれだけもがいてもビクともしない。
「脅す気?」
「別に断られても解いてあげるつもりだよ? ただ、すぐじゃない」
そう言うと、ユウが視線を背後に向ける。その先には例のオヤジさんと呼ばれていた男がいる。
「そろそろオヤジさん達も起こしてあげないとねえ。一応、仲間だし。……起こした後、生きているキミを見て、どういう反応すると思う?」
「っ! ……お前!」
昨日の反応を思い出す限り、あまり愉快なものではないのはたしかだろう。
「どっちを先にしてもボクは良いんだけどねぇ? ……キミを放すのか、オヤジさんたちを起こすのか」
「ぐっ……やっぱり脅しじゃないか……!」
思わず瞑目してどうしようか考えるが、無駄だった。
詰んでる。完全に詰んでる。少なくとも、今この場ではユウの提案に頷かないと、身動きできない状態であの敵意を真っ向から受けなければならない事になる。
だが、この変な少年の言いなりになるというのは、どうにも酷い抵抗感がある。
(……いや、落ち着け。ここは一先ず言う事聞いておいて、隙を見て逃げ――)
『やめておいた方が良いと思うぞ』
逃走計画を練り始めると、レッドから待ったが掛かる。
(どうして?)
『多分だがな、この子は一度こうだと決めた事は中々諦めないはずだ。下手すると自分の損とか度外視でやりとげようとするはずだ』
仮に命の危険があったとしても、とヤケに訳知り顔で断言するレッド。
当然、そんな話を聞いたところでウィルが信じられるはずがない。
(そんなバカな事が……)
『バカなんだよ』
(は?)
『オイラが知っている人間で数人、そういう奴が居たんだよ。自分の信念、趣味、或いは好奇心。ソレが何かは人それぞれだが、そういう事の為に自分の人生を注ぎ込んで、命を燃やす人種っていうのは存在している』
ウィルにはレッドの言っている事が理解できない。
いや、何を言っているかは分かっているのだが、生きる事が最優先のウィルにしてみれば到底想像がつかない話なのだ。
『実際、オイラの印象に特に強く残っているので剣術バカと魔道具バカってのが居てな。これが二人ともメチャクチャな奴でよ。剣術の方は修行とか言って毎回鉱竜みたいな化け物を探し回っては嬉々として挑んでは何度死に掛けてたか数え切れないし、魔道具バカの方は開発作成に夢中になりすぎて文字通り寝食忘れてはよく奥さんにボコボコに叱られて死に掛けてたわ』
(ちょっと待って最後のは何か違くない?)
『違くない。要は人間として、生き物として破綻してるっつー事だ』
破綻している。
その言葉にウィルは妙な納得感を覚える。成程。確かに先程からこの少年から発せられる言動の端々からは、尋常ではない熱が感じられる。
よくよく見れば昨夜ウィルが呪い子と分かった時にしていた単なる好奇の視線ではなく、望まれている、求められている、ともすれば一種の好意的な感情すら感じられるモノに変化していた(これ程嬉しくない好意というのも驚きではあるが)。
呪い子に対してそんな目をするというのは、まともな人間ではない。なんなら、あのオヤジさんとかいう男の敵対的な反応の方が、まだ変な安心感があるくらいだ。
『とにかく、そういう〇〇バカっていうのは少なくない。ウィルが寝ている間の様子を見る限り、この子はまず間違いなくその類の人種だ。……そうだな。さしずめ、研究バカと言ったところかね? どれくらいの熱なのかは蓋を開けてみなきゃ分からんが、この手の人種に目をつけられたら逃げ切るのは至難の業だぞ』
うんざりとしたような、しかしどこか懐かしむような万感の籠ったその言葉に、ウィルは自分が思っていた以上に追い込まれている事に気付かされるのだった。
自分の趣味まっしぐらなユウと、生きる事最優先のウィル。
割と正反対の二人で、どう考えてもウィルが振り回される未来しか見えませんが、それでも世間的に見ればユウの方がまともな人間として見られます。マジ理不尽。
ユウはウィルの面倒を見るつもりですが、現状では五歳児が思い付きで犬飼いたがっているくらいのノリなので、仮にそうなったらウィルは非常に可哀そうな事になりますが……果たしてどうなるやら。




