異常者
何とか間に合いました(投稿予定一時間前)
人がウィルを、呪い子を見る時の“目の種類”は概ね決まっている。
まず一つ、忌避。積極的に害するような事をしてくる事は無いが、何か手助けしてくれるような事も無い。
一応、同情ぐらいはしてくれる事はあるが、大半は厄介事に関わり合いなりたくないと目を背けるか、最初から路傍の石か何かのように無視するだけ。
もし、関わり合いにならざるを得ない状況になった時は、自らの良心を痛めないよう穏便かつ速やかに事を済ませてさっさと縁を切ろうとする。
少し違うが無関心、或いはそうであろうとする人達もここに含めてもいいかもしれない。
二つ目は、好奇。自らの常識に当てはまらない変な奴に対して、その不躾な視線を気の向くままにぶつけ、無邪気に嘲る。
悪意が無いという意味では比較的に好意的な目ではあるが、ソレを向けてくる者はたいていは年かさが少ない無遠慮な子供か、或いは呪い子を同じ人間だとは全く認識していない者ばかりだ。
しかも、最初に言ったようにそのほとんどが悪意の欠片も無いが為に、ある意味では一番性質が悪いとも言える。
三つ目は、嫌悪。自分とは違う存在、異物を積極的に排除しに掛かろうとしてくる者達。
実は前者二種と比べると存外にそこまで数は多くないが、過激な思想の元に物騒な手段を平然と使って来る分声も存在感も大きい。
言うまでもなくウィルの他者に対する不信感の原因の大半がこの目で見てくる者達で、彼等の大半は何故呪い子を忌み嫌っているのか、彼等自身でさえ理解していないのにも関わらず非常に攻撃的だ。
彼等は呪い子が何かしてもしなくても、とにかく嫌い、気持ち悪がる。まさにウィルにとっての理不尽そのものだ。
ウィルと出会う人間は、大体この三種に分けられる。
もちろん、義父のような例外は存在しているのだろうが……少なくとも、ウィルは義父以外には知らない。
そして、今回ウィルが出会った冒険者三人は、これらの典型だった。
厄介事を忌避して穏便に終わらせようとする、青年のユース。
初めて見た呪い子を珍獣か何かのように観察してくる、少年のユウ。
そして……今現在、自らの生殺与奪を握っているはずのウィルに対して敵意を剥き出しにしてくる、壮年の“オヤジさん”だ。
「ちょ、ちょっとオヤジさん? あんまり変な事言わない方が……」
チラチラとウィルの顔色を伺いながらユースが宥める。ウィルの機嫌を損ねる事を恐れているのだろうが、実害が伴わないのならこの程度の悪口はウィルはあまり気にしない。
それに、ウィル自身このオヤジさんとそう変わらない事を思っていたので、否定もできなかった。
それよりも、ウィルは別の事が引っかかった。
(なに……こいつの反応?)
ウィルの経験上、人に限らずその身に危険が迫れば生物なら自然とする行動がある。
と言っても小難しい事ではなく当たり前の話なのだが、危険を遠ざけようと逃げようとするか、或いは反撃するかだ。
先程までこの男が取っていた行動にその矛盾は無かった。
が、何故か急に命を握っているはずのウィルに対して挑発的な言動を取った。
対峙している状況ならばともかく、文字通り首根っこ押さえられている状況でそれをやっても自殺行為でしかない。
(何か狙っている? 仲間に対して、救出の合図とか?)
だが、ウィルの見る限りそういった兆候は無い。むしろ仲間二人はこの男の言動に困惑しているようだった。
「変? ただの事実だろうが。回復魔法が効かない人間の手当てなんぞ、厄介としか言いようが無い。違うか?」
「それは……いや、ボクが言いたいのはそういう事じゃなくて」
「俺の命の心配か? んなもん気にせずさっさとコイツ殺しちまえ」
「オヤジさん!?」
男の耳を疑う言葉に、ユースだけでなくウィルもギョッとする。
(なっ……!? 正気かコイツ!?)
「これは呪い子なんかに後れを取った俺のミスだ。切り捨てられても文句は言わん。俺を押さえつけている間、コイツは動けないはずだ。その間に、やれ」
淡々と自分を犠牲にしろという男。
自分本位な冒険者の言動としてはあり得ないのもそうだが、それ以上に呪い子なんかのせいで自分の命を捨てられるというのがウィルには信じられない。
『マジかよこのおっさん……』
思わず男の顔を見たウィルを通して、男の表情を確認したレッドが絶句する。
ウィルを睨んでいる男の、緑の瞳は嫌悪などという生易しいものではない感情をのせて、焼き付くようにウィルを捉えていた。
――本気だ。この男は本気でウィルを、呪い子を自分の命と引き換えにしても良いと思っている。
(……違う。この男は、違うんだ)
脈絡もなく、ウィルは直感した。
この男が自分に向けていた視線が、よくある自分への無意味な悪意ではない事に、気付いた。
――恨み。憎しみ。或いは怒りか?
その正体は分からない。けれど、その目はただ世間の価値観や風評、常識によって生まれたものでは無かった。
自らの意思によって明確にウィルを、呪い子を“敵”としていた。
(何だよ……俺が、一体何をしたって言うんだ?)
自分の身に降りかかる凶事は大体“自分が呪い子だから”という一言で片付くウィルは、多少の理不尽で嘆く事もなく諦めがついた。
しかし、さすがにこの男から向けられた確かな敵意は承服しかねるものだった。
(役立たずだって、邪魔だって言われて追われるなら、分かるよ……)
自分の存在が他者から必要とされない理由は、ウィル自身よく理解している。
(けど、だからってここまで目の敵にされる謂われは無いだろう!?)
『嘆くのは後にして早く動け。流石にやばそうだ』
険しい声音でレッドが言う。
たしかに、このままでは落としどころが無くなるどころか前提条件である人質すら使えなくなるかもしれない。
幸いな事にまとめ役と思われるユースはこの男の切り捨てに躊躇、と言うよりもそもそも男の言動に戸惑っているようだった。その気が変わる前に急いでこの場から離れて――
「分かったよオヤジさん。じゃ、遠慮なくやっちゃうね」
え。という声を上げたのは、果たしてウィルだったのかユースだったのか。
今まで傍観に徹していたはずの少年、ユウがこの混沌とした場に不釣り合いなくらい気軽な声で懐から何かを取り出すと、それをぽーんとこちらに放った。
そのあまりにも自然な動きに、ウィルの反応が一瞬遅れた。
その何かが地面に落ちた瞬間、パンと弾けて煙が舞い、ウィルに纏わりついた。
『これは煙幕……違う! ウィル!』
レッドの警告がした時には既に飛びのいていたウィルだったが、飛びのいた先で足が縺れて、膝をついた。
――毒か。
「ユウ!? 一体何を――」
ユースの非難がその途中で途絶えた。
見れば、男もユースもその場に倒れ伏して、ピクリとも動いていない。
「あちゃー。ユースさんまで巻き込んじゃったか。失敗したなあ……」
「……仲間ごと……やるなんて」
即座に退避したウィルだったがわずかに煙を吸ってしまったらしく、既に意識が朦朧としていた。
「へえ。まだ意識があるんだ。クマでも一吸いでコロリな代物なんだけど……」
そう言いながらユウは口元を布みたいなもので覆いながらゆっくりとウィルに近づいてくる。
「いやあ、呪い子って初めて見たけど、やっぱり面白いね。俄然興味がわいてきたよ」
「……なにを言って」
「ほら、我慢しないでさっさと目瞑っちゃいなよ。さすがに意識あるまんま弄り回すのは気が引けるからさ」
そう言いながらユウがウィル瞼を、存外に優しい手付きで閉じさせると同時にウィルの意識が限界を迎える。
その最後に映った光景は、ユウの子供らしい無邪気な笑みだった。
異常者をウィルと思わせてからのオヤジさんと見せかけて、ユウが一番ヤバい奴だという。
この子、実はこの中で一番人間的にアウトかもしれません。




