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急転直下

概要:ウィル君大暴れする

(……なあ? 出口ってこっちで合ってるかな?)

『さてなぁ。多分合ってんじゃねえの?』


 不安に駆られて尋ねた疑問を、レッドは興味なさげな態度で肯定した。

 索敵もといゴブリン追い払い役となったウィルは、定期的に柏手を打って退散させつつ、相も変わらず地上を求め彷徨っていた。


 敵であるゴブリン達の位置はその気配で何となく把握できるようになったのは良いが、出口の場所まではどうしても判らなかった。

 レッドならば分かるのでは? とも思ったが。


『鬼の子なら自覚が無くても洞窟の出口くらい無意識で分かってるもんだ。本能の赴くままに歩けば良い』


 と言ってまともに取り合ってくれない。(というか何その謎常識?)

 立ち止まっていても仕方ないので、とりあえずゴブリン達と鉢合わせしないように注意しつつ、こっちかな? あっちかな? と確信が持てないまま歩いていたのだった。


(……ん? 川の音?)


 ふと水が流れる音が聞こえ、もしかしたら地上が近いのか!? と期待が膨れ上がって音がする方へ急いだ。

 まあ、結果から言えば期待はずれだったのだが。


(…………)


 少し見通しの良い開けた場所に出たと思ったが、結局は変わり映えのしない岩壁に囲まれているのは変わらなかった。

 ただ違うのは地下であるにも関わらず、目の前にいきなり大きな川が現れたということくらいである。


(地面の下に川って……)

『地下水脈って奴だな』


 紛らわしいとがっかりするが、すぐにこれはこれでアリかと思い直す。直近で取った水分補給と言えばゴブリン肉を食した際に、生臭いその血を仕方なく啜ったくらいだ。久しぶりに新鮮な水が飲めるのも悪くない。


 そう思って水辺に近付いて覗き込むと、地下水脈はかなり深く、そして流れも早いのが見て取れた。

 流れていく先であるぽっかりと空いた穴はまるで深淵のごとく大口を開けており、その全ての水量を飲み干し続けていた。

 落ちたら助からないなと、間違っても足を滑らせない様に注意を払いつつ水を掬おうと膝をついて屈み込んだ。


 その時だった。


(――っ!)


 ぶわりと、急激に周囲に溢れた敵意が肌に突き刺す。

 何事かと慌てて周囲を確認しようとした矢先にカンと、背中で金属音が鳴る。

 振り返ってみると、足元に矢が落ちていた。どうやら背後から射掛けられたらしいが、偶然背負っていた鬼の金棒(オーガメイス)が防いでくれたらしい。


 しかし安堵する間も無く続けて嫌な感じがして、半ば反射的に近くの岩陰に飛び込むと、直後に無数の矢がウィルの立っていた場所に降り注いだ。


『う、うおお……あぶねえ……良くよけれた。良い反応だったぞ』

(あ、ああ……一体、何が起きたんだ? 何の前触れも無しに、急に気配が現れたんだけど)

『やったのは十中八九ゴブリンだろうが…………あ』

(なんだ?)

『いやさ、お前言ってたよな? ゴブリン達の頭が隠蔽系の魔法が使ってたせいで捕まったって』

(……!)


 色々あったせいで、自分がここに来た細かい経緯をすっかり失念していた事に気づき狼狽する。


『オイラも迂闊だったわ……たかがゴブリンと思ってて油断してた。今のウィルじゃまだ隠蔽された気配まで感知するのはさすがに無理だわな』


 恐らく隠蔽術を施された警備のような役割を持った個体が居て、そいつに見つかっていたのだろう。


『しっかし、だとしたら厄介だな。ゴブリンなんて侵入者見つけたら即襲い掛かってくるのが普通なのに、わざわざ泳がして集団で仕掛けやすい場所にオイラ達が来るのを待って罠に嵌めるような知恵が回る奴がいるらしい』

(それ絶対あの魔法使える奴だ絶対……)


 矢の雨がひと段落したところを見計らい、遮蔽物から少し顔を出して確認すると、あちこちの岩陰からゾロゾロとゴブリン達が姿を現し、徐々にこちらへ近づいてきていた。


『やけに統率の取れた群れだな。多分まとめてる奴の能力が下級から抜けているなこりゃ』

(どうすれば良い? 柏手で追い払えば良いか?)

『無理。柏手はあくまで一瞬だけの暗示だ。今のアイツらはこっちに対して明確な敵意を持っている。ちょっと気をそらす事はできても退散させるだけの力は柏手には無い』

(じゃあ他の鬼術で……なんか無いのか?)

『そもそも鬼術は直接他者をどうこうする力は弱いんよ。厄介事を回避するのには便利なんだが……楽するのは諦めて一体一体ちまちま潰していくしか無いんじゃないかな?』

(…………仮にそれを実行するとして、勝算は?)


 ただでさえ多勢に無勢という不利を飲み込まなければならないのに、ウィルの脳裏には先の襲撃でゴブリンの数押しにあっさり沈められた経験がこびりついている。

 現状他の方法が思いつかない以上、あの群れの中に再び身を投じなければならないのは明らかだったが、どうしても及び腰になってしまう。


 一方で、移動しながらゴブリン達の殺戮を繰り返している間に、自分の力が以前とは比べ物にならない程発揮できているのは実感していた。もしかしたら、あの時とは違う結果になるかもしれないと淡い期待の火種が灯っていた。


 だからかもしれない。


『ある。いや、むしろ鬼の子としての戦い方を叩き込む良い練習相手としてはちょうどいいとも言える』

(いや、練習じゃなくてこれ本番! 失敗したら死ぬから! 食われるから! 終わるから!)

『ならぶっつけ本番だ! これなら問題ないだろ!?』

(言葉の正確性が問題じゃねえというか問題しか無いんだけど!?)


 だから、こんな状況だというのに自分は軽口を叩いていられるのかもしれない。


『とにかく行くぞ! 最初だからしっかり補助してやるから指示を聞き逃すなよ?』

(ああもう、ちくしょう! こうなりゃやってやるよ!)


 気付けば自然と覚悟は固まり、ウィルは促されるまま岩陰から飛び出し、薄汚れた緑色でひしめき合う空間にその身を投じた。




『とにかく敵から距離を取るなよ! ビビって敵から離れすぎると周りから飛び道具がくるから、近くに居る奴をうまく盾にするんだ!』


 最初にレッドから出された指示は、とにかく相手の群れの中に突っ込め、という初っ端からして無茶なものだった。


(簡単に言ってくれるよ、な!)


 敵のど真ん中に突っ込むという行為自体は決して不可能ではない。問題なのはその後で、四方八方から常に狙われるのだからその対処がすぐに追いつかなくなってしまう。


「! ぐっ……!」


 案の定、目に付くゴブリン達を手当たり次第に殴り飛ばしていたウィルだったが、視界外の敵にまで手が回らなくなり、棍棒と思われる打撃が首筋に叩きつけられる。


「この……!」


 少したたらを踏んだものの、すぐに体勢を立て直して痛打を与えてきたと思しき個体の顔面に拳を見舞っていると、頭の中に叱責が飛んだ。


『馬鹿! 何のために気配が読めるようになったんだ! 正面は目で確認できるんだから意識だけは背後に回しておけばいいだろ!』

(んな器用な事簡単にできるか!)

『できなきゃ死ぬだけだ! 大丈夫ウィルならできる! オイラが知ってる鬼の子は目を瞑ってドラゴン討伐してたし!』


 それは一体どんな化け物なのだろうか?

 などと思っていると、チリリとまたあの焦げ付くような不快な感覚が背後から走る。

 反射的に振り返ると、刃渡りが使用者の身の丈程もある蛮剣が、今にもウィルにも振り下ろされようとしていた。


(! 冗談じゃ、ねえ!)


 身をよじってその一撃をなんとか避けると、空振りして地面にめり込んだ刃を踏みつけ、身動きの取れなくなったゴブリンの顎に裏拳を見舞った。


(どいつもこいつも後ろから襲おうとしてきやがって!)

『いや、それウィルもやってたじゃん……というか、背後の気配察知できたな』

(…………あっ)


 拝啓、あの世の義父さん。どうやら俺は順調に人間から化け物になりつつあるようです。


 と、ゴブリン達との正面対決に突入してからしばらくしてレッドとこんなやり取りをしているウィルだったが、先程からとある違和感を覚え始めていた。


 あっさり背後からの気配が正確に読めた事もそうだが、妙に戦いやすいのだ。

 少し前なら気を失ってもおかしくない筈の一撃を受けても少しふらつく程度で済んだし、回避の際に体勢が崩れても踏ん張りが効き、無理矢理押し返せた。

 他にも弓撃や斬撃などの致命的になりやすい攻撃、或いはその予備動作が妙に目に付いて事前に回避行動が取れたりした。


 もちろん相手からの攻撃行動全てに完璧に対処できるはずもない為、時折ひどくギリギリの回避であったり攻撃をまともに食らう事もあったが、そのいずれも致命的な攻撃ではなかった。どうやら本当に危険な攻撃だけに絞って身体が反応しているらしい。


 レッドが肉体の制限を緩めている影響なのか? と最初に気付いた時には考えたが、それも何か違う気もしていた。

 いずれにしても自分に有利に働いてる事ばかりなので万々歳。


 と、ウィルが諸手を挙げて喜べないのは、現実が厳しいのかはたまた彼自身が残念なのか。


(やりにくい……!)


 戦闘行為自体の負担は明らかに以前より軽くなっているはずにもかかわらず、精神的な余裕はちっともできていなかった。


 確かに感覚的に自分に迫る危機が察知できている事は把握できていたが、その事実に対する理解は全くといって追い付いていなかった。

 なんとなく危険な気がして回避行動を取り、実際に攻撃を回避できたとしても、どうしてそんな行動を取ったのかが自分自身分かっていないのだ。

 本能的な判断に理性的な思考が嚙み合わず、まるで自分の身体なのに違う存在に無理矢理動かされているような感覚が拭えない。


 ――気持ち悪い、怖い。


 肉体的に言えばたしかに余裕はできていたが、それに反比例するが如く精神がゴリゴリ削られていく。


 だからだろうか。


 指示されていた事を忘れ、窒息寸前の魚が水上に空気を求めるように、ゴブリン達から距離を取って一息つこうとしたのは。


『! 構えろッ!』


 自分に張り付いていたゴブリンを全てを蹴り飛ばして距離を取った時、焦った声が頭の中で響いた。

 自分の感覚も強い敵意を感じて警鐘を鳴らし始めた為、慌てて背中の得物を両手で構える。


 直後、洞窟内の明度が急に上がった。


 そして、ウィルの斜め前方からいくつかの火の玉が、弓撃よりも早い速度で向かってくる。

 事前に鬼の金棒(オーガメイス)を構えられていた為、その肉厚な金属部分を盾に直撃を免れるものの、火玉が着弾する度に爆裂し、構えた両手に痺れが走る。


『だから距離を取り過ぎるなって言ったろ?』

(い、今のは……魔法?)

『ああ。初歩的な火属性魔法だな。初歩的と言っても生き物の命を奪うには十分な威力もっているけどな』

(魔法……っていうことは)


 攻撃魔法が止んだと同時に確認すると、多くの同族に囲まれている、あの杖持ちゴブリンの姿が見えた。


『すぐに終わると思っていたのにこっちが粘るもんだから、痺れを切らして親玉のご登場ってところだな』

(…………!)

『どうした? 呆けてる余裕はないぞ?』

(……あいつの、腰)

『腰?』


 ウィルがその姿を捉えたと同時に、その視線はソレに吸い寄せられた。

 火の魔法の明るさで一瞬だけしか見えなかったが、その親玉の腰に提げられていた見慣れたその柄と形はよく慣れ親しんだものだった。


(義父さんの……ナイフ)

『ナイフって無くしたって言ってた形見の奴か。それをあの親玉が持っていると? 確かか?』

(ちょっとしか見えなかったけど、多分、いや、絶対そうだ!)


 幸か不幸か。どうやら戦利品として向こうが回収していたらしく、思いがけずその所在が分かって安堵すると同時に、それをあの憎たらしいゴブリンに使われている事を考えると腹立たしくもある。


『ちょうどいい。あの親玉を落とせば他のゴブリン達の勢いも落ちてこの場から逃げやすくなるはずだ。さっさとボコってオヤジさんの形見を取り返しておさらばしよう』

(ああ! 絶対取り返す!)


 久しく感じていなかった炎のような激情に身体が火照り始める。ここまでの戦いで自分があのゴブリンの群れを相手にしても生き残れる実感は得てる。不慣れな本能的な感覚に対する不安や理性も、目の前にぶら下がった“家族の形見”に対する渇望によって塗りつぶされていた。


『お、おいウィル!?』


 驚きの声を上げるレッドを意にも介さず、ゴブリンの親玉目掛けて、ウィルは一直線に駆け出した。完全に我を忘れ、いつもなら絶対に行わない無謀な行動だった。


 けれど、不思議と危機感は無かった。


 程なくてして、再び火の魔法による攻撃が再開される。

 相手の杖が妖しげに明滅したかと思うと、また、いくつかの火玉が生成され、ウィルに向かって飛び出してくる。


「邪魔だあっ!」


 吠えるような叫びと共に柏手を打つと、着弾する前に火玉は空中で掻き消える。

 予想外の光景だったのか、ゴブリン達に動揺が走ったような気がした。

 浮足立つゴブリン達の隙を突くように一気に距離を詰めると、ウィルは親玉目掛けて鬼の金棒(オーガメイス)を振り上げた。


「潰れろォッ!」


 両手で握りしめ、渾身の力を込めて頭上から振り下ろす。

 が、ウィルの手応えが伝えるのは肉をすり潰し、骨を砕く感触ではなかった。 


(っ!?)

『結界魔法の即時展開!? ゴブリンの癖に芸達者過ぎるだろ!?』


 バチバチと電流が弾けるような音を立てて、見えない壁のような何かが鬼の金棒(オーガメイス)を受け止めていた。

 ただ、当の親玉魔法使いゴブリンも余裕が無いらしく、苦悶に顔の表情を歪めていた。


(あと少し……っ!)


 目と鼻の先にあるナイフを見据えて、両手への力を更に込める。

 鬼の金棒(オーガメイス)は少し見えない壁にめり込んだような感触したが、それ以上はピタリと止まって変化がなかった。


『駄目だウィル一端離れろ!』


 浮足立っていた周囲のゴブリン達が動き出した事に気づいてレッドが警告する。


(結界さえ破れれば……!)


 すぐに柏手を打とうという考えが脳裏に過ぎるが、今現在ウィルの両手は鬼の金棒(オーガメイス)で塞がっていて使えない。


「なら――」


 手が駄目なら、足だ!

 マナに働きかける音さえ立てれば何でも良いのだからと、本能的に脚に意識を集中し、思いっきり力を込めて足踏みをする。


『ちょっ!? おいバカやめ――』


 その行動に気付いたレッドが慌てて止めようとしたものの、時すでに遅し。

 踏み抜いた直後に結界は掻き消えたものの、同時に洞窟全体が大きな揺れに襲われる。


(!?)


 ぐらりと地面が揺れた為に、相手の頭を狙っていた鬼の金棒(オーガメイス)はその軌道がずれて、代わりにその右肩を砕いた。

 悲鳴を上げるゴブリンにウィルは追撃を行おうとするも、今までにない程の身の危険を告げてくる悪寒のような感覚に動きが止まる。


 ふと上を見上げれば、唸り声のような音を立てて天井からパラパラと細かい瓦礫が落ち始めていた。


――崩れそうになってる!?


 ここに来て我を取り戻したウィルだったが、もはや手遅れであった。


 広間の天井が崩落を始める。

 落ちてきた岩盤に何体もののゴブリン達が潰れ、そのついでと言わんばかりに出入口が塞がった。

 唸り声が大きくなったかと思うと、一部の壁が崩れて大量の水が流れ込んできた。


「う、わ」


 みるみるうちに増えた水量に逃げる間も無くウィルは水流に飲み込まれる。

 そして、まるで枯葉か何かのようにもみくちゃにされながら、地下水脈の向こうに吸い込まれていった。

ゴブリン無双回かと思った? 残念! 更なる受難回です!(酷)

当初は覚醒したウィル君でゴブリン無双させるつもりでしたが、なんやかんやあってこんな展開になりました。彼にはもう少し苦労してもらいます。


あと、やけに芸達者な敵の親玉魔法使いゴブリン。

実は彼、以前考えてた没シナリオの転生主人公がモデルだったりします。

なのでゴブリンにしては割とチート気味の能力かつ知能だったりします。

え? この物語に出てる彼は転生者なのかって?

さあ? 決めてないんで分かりません。

もしかしたら転生者かもしれませんし、ただの異常進化した個体かもしれません。

あ、でもウィル君が捕まっても殺されてなかったのは、もしかしたら・・・


それでは次回、いよいよ一章クライマックス編に突入です。

あと数話で物語もひと段落しますので、よければお付き合いください。

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