ウィルの変化と柏手のもう一つの使い方
概要:うっかりウィル君
ウィルの懸念は適中した。
出口を探索中にゴブリンと接近する事が十数回。
接近の内、どうしても戦いを避けて通ることができなかった事が何回かあったものの、レッドの索敵のおかげで奇襲が成功し、その全てを無事切り抜けられていた。
が、やはりこの鬼の金棒という武器は曲者であった。
(重……!)
当初は片手で問題なく扱えていたのが、ジリジリと重量が増えていった結果、今では両手で持たないと満足に振りまわせなくなっていた。
サイズも長大になった為に手持ちでは運ぶのに難が出て、ゴブリンの死体から奪った革製の装身具で背負う事でなんとか解決した。
が、これ以上重量が増えるとそのうちに冗談抜きで押し潰されそうであった。
『まだまだ。これからもっと重くなるはずだ』
(嘘だろオイ……)
無慈悲なレッドの言葉に思わず悪態をつく。
『ほとんど奇襲で済ませるばかりだからな。元々は乱戦を想定した上で、修復と破壊力維持の両立を目指して作られたんだ。なのに食うばかりで消費しなかったらそりゃ一気に太るわな』
(上限が設定してあるとか言ってなかったか!?)
『きちんと訓練を積んだ成人した鬼の子なら、今の倍でも問題なく使えるはずなんだ。……今のウィルには少し早かったかな?』
いけると思ったんだがなあ、と呑気な声。
命に関わる事なのだから根拠もなく見切り発車をするな! と文句をつけようとした所で、急にウィルはチリチリと焦げ付くような嫌な感覚に見舞われる。
(っ……?)
なんだ? と、立ち止まるとその感覚は消えた。
気のせいかと思い再び歩きだすと、また、嫌な感じがする。
(……。なあレッド)
『なんだ?』
(この先に何かあったりするの、か?)
立ち止まって進行方向を注視すると、特に変哲も無い暗闇が広がっていたが、やはりザワザワと妙な胸騒ぎを覚える。
魔術的な罠の類だろうかと尋ねてみるものの、その予想は外れる事となる。
『ん~? ……あー、そんなに近くはないけど今までの中では一番多いゴブリン達の集団がいるみたいだな』
(それだけ?)
『それだけだぞ。というかよく気づいたな』
(いや、気付いたというかなんというか……)
自分が感じた嫌な感覚のことを説明すると、レッドは『ふむふむなるほどなぁ』と妙に満足げに得心していた。
『それは多分鬼の子としての感覚が覚醒してきてるんだと思うぞ? 元々、兆候は出ていたみたいだけど本格的に覚醒するのが思ったより早くて少し驚いたわ』
(感覚? 兆候?)
『オイラの索敵はウィルが本来持ってるはずの力の制御をしてるだけってのは言ったよな? それを今ウィルの身体は無意識に行い始めているんよ』
鬼の子は生命力が強い。
身の危険を感じると生命力はその状況や環境に適応しようと、肉体に様々な働きかけを行うのだという。
『五感で得た危険な兆候を無意識下で処理して、無意識にそれを回避しようとしているって事だな』
(危険を回避……って、あ!)
あの頭痛はそういう事だったのか?
『本当は鬼の子であってもウィルくらいの年頃だとまだ目覚めないはずの能力なんだが、小さい時から身の危険を感じてたせいかかなり早くにその兆候が出てたってわけだな』
それでも本来ならある程度経験を積まないと、ちゃんとした処理を覚えてくれずウィルのように酷い頭痛や、他の副作用にずっと悩まされ続ける事になるらしい。
『今回はしばらくオイラがその情報を処理し続けたからな。恐らくそのやり方を覚え始めたんだろう』
危険を察知できる能力というのはウィルにとって必要なものだから、ここは素直に喜ぶべきだろう。
ただ、長年の謎の一つが氷解した事に呆気に取られてしまっていた為にそれどころではなかったが。
『しかし思っていたよりホントに早いなあ……よし、じゃあウィル。これから索敵頑張ってくれよな』
…………んん?
(ちょっと待てどういう意味だ?)
『どういうって、そのままの意味だぞ? これからはオイラに頼らずにウィルが自分の判断だけで動くって事だ』
(言葉は分かるけどその意味が分からねえって言ってんだよ!)
つい先ほど協力する意思を確認しあったばかりなのに、どうしてこんなにもすぐに放棄するのか。
『別に約束を破るつもりは無いぞ? ただ、ウィルが相手の位置を知覚し始めたなら、その情報をオイラが処理するのはちょっと問題があるんだよ』
代わりに索敵をしていたのはあくまで本人ができないからであって、本当なら本人がやった方が良いのだという。
例えば同じ情報でウィルが危険だと思っても、レッドはそう思わないかもしれないし、その逆もまた十分にあり得る。
だからレッドに盲目的に従ってしまうとウィルにとってはそれほど危険じゃない事を避けてしまって、本当に危険な事に飛び込んでしまう事もありうるのだという。
『オイラはあくまでお前に引っ付いてるだけの補助だからな』
(いやでも、レッドの方が上手くできるんじゃないのか? 実際今まで大きな問題は無かったんだし……)
『結果的には、だろ? 第一、オイラが良かれと思って勧めた鬼の金棒に不満持っているみたいだし、他にもオイラにとっては些末だと思っていたことで怒られた事が結構あったと思うんだけどさ、それはお前にとって問題じゃなかったのか?』
(うぐ……)
そう言われると、たしかにこれまでそんなやり取りを繰り返した覚えがあるし、レッドの言動に対し内心では問題あると感じている事は多々あった。
『オイラはこんなんだから何かあった時に責任なんか取れないからな。後で文句言うくらいなら早く自分で責任とれるようになってくれって事だ』
(むぅ……じゃあ今度は何で助けてくれるって言うんだ?)
『索敵情報処理に割いていたリソースが解放できるから、また別の補助ができるようになる。ちょっと待ってろ……』
と数瞬後、スッとウィルの身体が感じていた得物の負荷が無くなったかのような感覚を覚える。
歩き周り、武器を振り回した疲労自体は残っているのにも関わらず、身体を動かすのは楽になるという不思議な感覚に驚いていると『こんな感じで』とレッドの声が再び響いた。
『ウィルの筋力に掛っている制限を、身体に負担が掛かり過ぎない程度に緩めてみた。これで鬼の金棒が重かった問題はある程度解消できるだろ?』
(お、おう……いや、なんか疑ってごめん)
『人間なんてそんなもんさ。あ、そうそう、流石に今より制限緩めると後遺症が出るから鬼の金棒はこれ以上はあまり使わない方がいいな。今のパワーなら拳や蹴りだけでゴブリンくらいなら即死できると思うし』
(後遺症……即死……ああ、うん、やっぱり何でもない)
ちょこちょこ不穏な文言が混じるのに反応し掛けるが、先程の正論もあって聞き逃すことに努める。
実際助けられているのだからもう文句は言うまい。この奇妙な協力者は彼なりにではあったが、ウィルに配慮をしてくれているのだから。
(…………なあ、仮にもしその制限を全部取っ払ったらどうなるんだ?)
ふと思った疑問を訊ねてみる。
『え? うーん、そうだなあ……多分フルチャージ状態の鬼の金棒を片手でブンブン振り回すくらいならできるんじゃないか? 今のウィルの体格ならギリギリそれくらい行けると思う』
(その時に出る後遺症は? やっぱり脳みそが破裂して即死?)
『いや、それは言葉の綾というか……考えられるのは過負荷による脳の血管の破裂、神経や筋肉、骨の断裂くらいか? 軽ければ全身重度の筋肉痛や骨折程度で済むかもしれないし、四肢に障害が出るかもしれない。最悪の可能性として頭に血だまりができて死ぬこともあり得る』
やはり肉体の制限とは重要なもので、それを外すのはとても危険な事なのだと再確認する。
『いや、心配しなくてもそこまでの無茶を強いるつもりは無いかんな? オイラだってお前に死なれちゃ困るんだからな?』
また何か文句を言われるのかと思ったのか、先回りするかのようにレッドがそう釘を刺した。
(別に何かいちゃもん付けようとしたわけじゃないからそう警戒すんなよ。ちょっと気になっただけだから)
『そうか?』
(ああ。それより、索敵を頑張るって具体的にどうすればいいんだ?)
鬼の子の力が覚醒しつつあると言われたが、今はまだなんとなーく嫌な感じがする、という事しか分からないので何かコツがないか質問してみる。
『特にないぞ』
(…………ハア?)
『強いて言葉にするなら本能の感じるままに動き、それでいて考える事を決してやめるな、というのがコツかな?』
コツと言われるも矛盾しているとしか思えない二つの助言に混乱する。
『索敵って言っても要はただの予測なんよ。実際にその視界に収まる前に、少しでも相手の情報を捉えてそれを元に居場所を突き止めるのが索敵だからな』
(つまり勘ってこと?)
『身も蓋もない事を言えばそうなるけど、経験と実績が伴えばそれは立派な技術だ。現にオイラは一回も外して無かっただろ? 最初だからウィルは細かい事は分からなくて不安かもしんないけど、実際に経験を積まないといつまでたっても変わらないままだ。だから、頑張れって言ったんよ』
最終的に根性で乗り切れと言われてしまった。
レッドの言い分は分からなくもなかったが、いくら何でもこんな状況でいきなり説明もなく本番をやらせるのは如何なものだろうか?
(…………もし間違えたら俺もお前もかなり困った事になると思うんだけどな?)
『そん時はそん時だ。大丈夫。ウィルならなんとかできるって』
(また根拠のない事を……)
もう索敵をする気はないらしいレッドの態度に諦めて、ウィルは暗闇と向き合う事にした。
改めて先程感じた嫌悪感を探ろうと意識を集中した所、四方八方から圧迫感が襲い掛かってきた。
どうやら意識的に探ろうとすると必要以上に周囲の気配を拾ってしまうらしい。
意識しない方が良いのだろうかとあまり集中しないようにすると、今度は前方から感じていたはずのプレッシャーまで感じなくなってしまう。
さっき感じてた時はどうしたっけ? と記憶を探ってみるものの特にこれといって変わった事は思い出せない。本当にふとした拍子に、進行方向のみの必要なだけの気配を拾えていたのだ。
『おう。どうした? さっさと行こうぜ?』
四苦八苦している様子を楽しむようにレッドが煽ってくる。
(……無理だ。なんか変に意識しちゃって、嫌な感じを拾いすぎたり、気にしない様にしたら本当に何もわからなくなる)
『ん? 拾いすぎるって事は周囲の気配を拾おうと思えば拾えるのか。てっきり意識したら何も感じないとか言うと思ったけど……』
意外そうにしつつ『それなら』とこんなアドバイスをしてきた。
『柏手を使えばいいと思うぞ』
(柏手を?)
対魔法用の鬼術がこんな所で一体何の役に立つというのか?
(どうやって使うんだ?)
『さてな。基本は既に教えたからな。ちょっと考えてみれば分かると思うぞ?』
またもまともな回答を返さなかった頭の中の声に、少しイラっとする。
(む……? なんかお前、さっきから急に厳しくなってないか?)
『補助はすると言ったが、甘やかすつもりは無いからな。覚醒が始まってるなら尚更その成長をオイラが邪魔をするわけにはいかんのよ』
まるで自分が親か何かのような物言いが腑に落ちないものの、大人しく最初に柏手を教えられた時の事を思い出す。
(ええっと……柏手だからやる事は手を叩いて音を出すだけ。仕組みはマナに自分の気持ちを乗せた音をぶつける……)
そもそもマナとは一体なんだったか? 魔力だと魔法を起こすもので、生命力だと影響は受けるが何かが起きる訳ではない。
ゴブリンは魔力を持っているから魔法を起こせる。だからマナが……あれ?
駄目だ混乱してきた。
レッドがまた何か隠している?
いや、こいつはそんな無意味な事は今までしなかった。
何かを見落としてる?
考え込み続けているとレッドが見かねたらしく。
『しょうがないなあ。ちょっとヒントな。鬼術はマナにだけじゃなくて他の生命力に対しても影響を与えるって、言わなかったか?』
言われてみればそのような事を聞いたような記憶がある。
(他の生命力に対しても……)
つまり、柏手の働き掛けをマナだけでなく他の生き物にも? マナと別の生き物を置き換えられる?
(柏手で自分の気持ちをゴブリンにぶつけて影響を与えられる……?)
影響を与えて、それからどうなる?
いや、どんな影響を与えられたらいい?
今自分が困っているのは、周囲にゴブリンの気配だらけだからだ。
周りのゴブリンがいなくなればいいのだから――
(――柏手でゴブリンを嫌な気持ちにさせればいい、のか?)
『うん。考え方は悪くないな。要は向こうを今のウィルと同じ状態にしてやればいい。この気配には近づきたくない、遠ざけたいってな』
向こうを今の自分と同じ状態にすると聞き、カチリと頭の中で何かがハマる。
(そうか。こういうことか)
スッと手を広げて、勢いよく手を合わせる瞬間に意識を集中する。
込める思いは殺意。幾度となくこの暗闇の中で鈍器を振るい、確実にその命を断とうとする狂気の心境を脳裏に再現しつつ破裂音を響かせる。
ウィルがゴブリン達に抱いているのは警戒心。引いては死に対する忌避感からゴブリン達の集団と出会わない様に、避けたい一心で行動している。
そして、その死に対する忌避感は生きとし生けるもの全てに共通する。剝き身の殺意に晒されれば余程の豪気な精神を持っていなければ逃避しようとするのが自然である。
はたして、柏手を打った後にウィルが再び気配を探ると、周囲に充満していた大半の嫌な感じがスーッと消えていくのを知覚する。
『良いんじゃないのか? 索敵に拘って無理に敵の居場所を正確に探る必要はない。目的は戦いをできるだけ避ける事なんだから、追い払う手段があるならそれを使えばいい』
(ちゃんとした居場所が分からなくても敵が近いかどうかさえ分かれば、前もって柏手で追い払ってしまえば問題ない。……という事で良いんだよな?)
『さっきも言ったように精度の高い予測をするには経験を積むしかないからな。大まかな気配探知と柏手さえ使えるようになればだいぶ安全に移動できるようになるから、焦らずに経験を積んでいけばいい』
どうやら最初から索敵ではなく柏手を使わせるつもりだったらしく『ぶっちゃけ索敵は最初から期待してなかったけんだけど、もしかしたらと思ってこの方法を教えてみたらうまくいって良かった』とも言った。
『いやあ、それにしても我ながら中々の博打だったな』
(博打?)
『だって柏手失敗したら、手を叩いた音で近くのゴブリン達が寄ってくるだろ? ちゃんと成功させたあたりやっぱセンスいいわお前』
(……ああっ!)
いくら開き直っていたとはいえ、下手をすれば窮地に陥っていたかもしれない行動を何も考えずに取っていたことに愕然となる。
普段、臆病と言われても否定できない程慎重なウィルにとってはあり得ない浅慮だった。
『え、何? 気付いてなかったんか?』
(あ、ああ……俺、何馬鹿な事してんだよ……)
『馬鹿な事っていう程じゃないだろ? まあ、珍しくすんなり実行したなと思ったが……これを期にこれからはもっと冒険しても良いんじゃないか?』
動揺するウィルに対して愉快そうにレッドが笑う。
『言っただろ? ウィルならなんとかできるって』
徐々にですが心身共に変化が始まっているウィル君。
肉体的には鬼の子として超人的な潜在能力が芽吹きつつ、
精神的には暢気で適当なレッドに影響されてだんだん思い切った言動になり始めています。
ある種年相応になりつつあるのですが、さて洞窟から出るまでに一体どこまで治療が進むのやら・・・
柏手の仕様ですが、要するに一時的な魔法リセットと簡易的な心理干渉です。
魔法は完全に長時間無効化するわけじゃなくあくまで一瞬だけ。
魔法使いはやろうと思えば無効化された魔法をすぐに復帰しようと思えばできる程度のものです。
暗示は音が聞こえた周囲の生物に無差別に行う代わりに、単純な念を送っています。
ゴブリン達は自分達に向けられた殺気になんとなく寒気を覚えて、その発信源であるウィル達から無意識に距離を取ったという理屈です。
以上、本文で描写できなかった裏設定的なこぼれ話でした




