イディオタ
【イディオタ】
イディオタは魔力で水の巨人を操作し、先ほどの傷が未だ癒えぬユィンへと襲い掛からせた。
水の巨人は巨大な拳を振りかぶり、ユィンの頭を狙って振り下ろした。
狙った的が逃げ、大地にぶつかった水の巨人の拳は砕けると、大量の水飛沫を飛び散らせた。その隙を狙って、ユィンが右腕の刃を一旋させて水の巨人の頸部を斬った。
一瞬水の巨人の首が転げ落ちるかに思えたが、すぐに切れた水の巨人の頸部はくっつくとユィンへと反撃した。しかし、今度はユィンはその一撃を受け止めず、後ろに飛んでかわした。
(イディオタよ。あの小僧、核の場所も見抜けぬのか?)
(普通なら見抜けるのじゃろうがな……)
いたずら小僧の様な笑みを浮かべながら笑うイディオタに、〈アルファ〉が聞いた。
(何か仕掛けたのか?)
(うむ。疑似の核を幾つも仕込んだ上に、本物の核は魔力で保護して隠してやったわい)
(じゃあ、あの若いのには、もう打つ手なしか?)
イディオタは〈アルファ〉の言葉にしばし考えると答えた。
(無いでもない。しかし、それを小僧は避けとるようでの……)
(ああ、変化か。余裕を見せずにさっさと変化すれば良いものを)
(何か心に傷があるのじゃろう……。しかし、それを引きずっていてはこの先へは進めん)
〈アルファ〉はイディオタの言葉を黙って聞いていた。
後ろに退がって体勢を整えたユィンが、全身に魔力を漲らせながら水の巨人へと駆け向かってきた。ユィンは腕の刃を振るいながらその身を水の巨人へとぶつけ、水の巨人の体内へと潜り込んだ。
(水の巨人の体内へ潜るとは愚かな奴だな)
〈アルファ〉の言葉に、イディオタがユィンを庇う様に答えた。
(外からは破壊出来ぬと見切り、中から核を破壊するつもりなんじゃろう)
(しかし、核の場所が分からぬでは破壊しようがあるまい。それに水の巨人の体は、ある時は水の如く柔軟で、またある時は鋼の様な硬度を持つ。それは先ほどの攻防で小僧も分かっているだろうに。外に出られずに溺れ死ぬぞ)
水の巨人の体内で、ユィンは腕の刃に魔力を込めて懸命に振り回しながら、疑似の核を破壊していたが、イディオタの隠した本物の核を見つける事は出来ぬ様子であった。そして、〈アルファ〉が懸念した様に、やがて息が切れると、その動きが鈍くなり始めた。
(これで終わりか……。おいイディオタ、このままじゃ本当に死ぬぞ。解放してやれ)
だが、イディオタは水の巨人の呪文を解こうとしなかった。
(まだじゃ。ほれ、小僧はまだ諦めておらんようじゃぞ)
イディオタが言うとおり、ユィンは水の巨人の体内の中で精神を集中し、体内の魔力と闘気を混ぜ合わすと、その魔力と闘気を全身から放った。
爆音と共に水の巨人の体が爆発し、大量の水飛沫を撒き散らした。その中よりユィンが飛び出した。
(無茶をするな。魔力と闘気を練り合わせて全身から放ったか。しかし、それでも核を破壊できなかった様だな)
水の巨人の体内より脱出したユィンが肩で息をしながら、新鮮な空気をその肺に吸い込もうと懸命になっている後ろで、飛び散った水が集まり、水の巨人はまったく損なわれた様子もなく復元していた。
振り返り驚愕の表情を見せるユィンに、イディオタは意地の悪い教師の様な口振りで言った。
「まだまだじゃのう。儂の水の巨人はひと味ちがうじゃろう。そろそろ降参か?」
(たかが水の巨人くらいで威張るな)
(あの小僧の先ほどの一撃でも核を破壊できなかったんじゃぞ! 凄いじゃろうが!)
(水の巨人は水の巨人だろうが。大した術でもあるまい)
己を誉めない〈アルファ〉に対し、イディオタは子供の様に向きになり、詠唱を口ずさみ始めた。
(おい、どうするつもりだ?)
(よく見とけ!)
〈アルファ〉にそう怒鳴ったあと、イディオタはユィンへも怒りの矛先を向けた。
「まだ降参せぬとは、小僧、お主も儂の水の巨人を凄いと思わぬ様じゃの! ならばよう見とけ!」
意味が分からぬ様子のユィンを無視し、イディオタは呪文を完成させると、その膨大な魔力を雷の形にかえて水の巨人へ叩きつけた。
雷が大地に落ちた様な轟音が鳴り響き、雷をその身に受けた水の巨人の体内からは眩しい程の光が明滅していた。
まるで体内で無数の雷が暴れ狂っている様であった。
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