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戦士の宴  作者: 高橋 連
二章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之弐」
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イディオタ

【イディオタ】


(何がうげっだ。やばいぞ! 結界を張るか?)

(この至近では結界では防げぬ。始末するわい)

 イディオタはそう答えながら、右手に〈イオタ〉の剣を持ちながら、体を独楽の様に回転させて至近にある小さな炎を灯す蛍を全て斬った。

(残りは闘気の盾で凌ぐわい! 〈アルファ〉、お主も全力で補助せい!)

(わかった!)

 〈アルファ〉はその機能を全てイディオタの闘気増幅に充てた。

 イディオタが斬って始末したのは至近にある火蛍のみで、まだ周囲には大量の火蛍が漂っていた。イディオタが全身の闘気を解放し、闘気で体を覆った瞬間、ユィンから魔力を送られた火蛍は一斉に爆発した。

 炎と炎が重なり合い、結合し、更に燃え上がり、爆発した。大地を削り、爆風は大量の土砂を巻き上げ、周囲を爆炎と砂埃が覆った。

(間一髪じゃったの。小僧め、なかなかやるわい)

(お前が嘗め過ぎなだけだろ! 魔力隠蔽もろくに出来ない小僧相手に、引っかき回されやがって)

 〈アルファ〉の剣幕に、イディオタはたじろいだ。

(そ、そうじゃ! 魔力隠蔽も教えないとな)

(話を誤魔化すな)

(お前は厳しいのう……。今の対処も格好良かったじゃろうが……。普通なら死んどるとこじゃよ……)

(お前は一回死ね!)

(……)

(おい、奴がくるぞ)

 先ほどの爆発でイディオタを仕留めたと思ったのか、煙と砂埃が晴れるのを待たずにユィンが無防備に歩み寄ってきた。

(あの様子だと、小僧もお前を嘗めている様だな)

(基本から叩き直しじゃ。恐らく抜きんでた才によって今まで強敵に巡り会わず、死線を潜る事も無かったのじゃろうな)

 イディオタの言葉に、〈アルファ〉が頷くように言葉を返した。

(〈刀鍛冶〉もそうだったな……。戦闘の勘だけなら〈銀の槍〉をも凌ぐ才を持っていたが故に、適性を持ちながら〈鈴音〉と完全融合できずじまいだったな。まあ、あいつの場合は、心の傷も融合を阻害した大きな要因の一つではあったが……)

(完全融合できておれば、命を落とす事もなかったやもしれぬ。儂の指導が至らぬせいで、才ある若者の命を無駄にしてしもうたのじゃ……。故に、この小僧には出来得る限りを伝えたいのじゃ)

 イディオタは〈アルファ〉にそう言うと、無造作に近づこうとするユィンに向かって殺気を飛ばした。

 イディオタの殺気を当てられたユィンは、体が固まったかの様にそこから一歩も動かなくなった。

「敵の生死を確認せずに、無思慮に近づくとは愚か者のする事じゃぞ。もう一歩踏み出しておれば、お主の体は真っ二つじゃ」

 イディオタは煙の中から姿を現し、ユィンに闘気で圧力をかけながら話しかけた。しかし、ユィンは今だ動かぬどころか、言葉さえ発せられぬ様であった。

(あいつ、お前が無傷なのに余程驚いた様だな)

 〈アルファ〉の言葉に調子にのったイディオタは、さらに言葉を続けた。

「どうした? 急に言葉が分からぬ様になったか? 先ほどの攻撃はなかなかじゃったぞ」

(なにがなかなかじゃったぞだ。死ぬ間際まで追いつめられて必死だったくせしやがって)

(……)

 イディオタと己の実力の差を見せつけられた上に、イディオタの凄まじい闘気に気圧され、ユィンは闘志を無くした様であった。

(おい、あの小僧怖じ気付いたみたいだな)

(最近の若い者はすぐに物事を投げ出しよるわい。一つ活を入れるか……)

 イディオタはそう言うと、ユィンを挑発した。

「どうした? 怖じ気付いたか? 泣いて許しを請うなら見逃してやってもよいぞ。小僧」

 イディオタの言葉に怒りを感じたのか、ユィンの体から闘気が溢れだし、その闘気を両の手に集めたかとおもうと、イディオタに向かって骨の飛礫を飛ばして距離を取った。

ユィンは距離を取ると、魔力を集中させながら複雑な印を結び呪文の詠唱を始めた。

(やっとやる気をだしたか。世話が焼けるわい)

「そんな事をせずとも、唱え終わるまで待ってやるわい」

 イディオタはその場で無造作に立ち尽くしながら、ユィンが呪文を唱えるのを見ていた。

(おい、あいつが呪文を完成させるまで黙って見ているつもりか?)

(詠唱の邪魔はせぬが、黙ってはおらんわい。儂も詠唱をするとしようかのう)

 イディオタはそう言うと、ユィンに向かって話しかけた。

「しかし、時間を掛けるのう。実戦じゃ潰されとるぞ」

(会話に詠唱を混ぜ込むのか)

(小僧は馬鹿正直に詠唱する事しか知らぬようじゃでな)

(やれやれ、ご教授ご苦労なことで……)

「ハアァー!」

 両手の複雑な印と、長い呪文の詠唱が完成した時、ユィンの気合いの声と共に、氷で造られた巨大な龍が現れた。

「この形は東方の龍じゃな。えらく大きいのう」

 ユィンの足が鋭い爪を持った手の様に変化し、氷の龍の腹にその変化させた足の指を食い込ませて掴まった。

「老師……お待たせ……しました」

「ほほう。儂を老師と呼ぶか。やっと礼儀をわきまえる様になったのう」

「せいっ!!」

 ユィンは掛け声をかけると、巨大な氷の龍の腹に貼り付いたまま、イディオタへと襲い掛かってきた。

(〈アルファ〉、やるぞ! 詠唱補助を頼む)

(まかせろ)

 イディオタは足で大地に魔法陣を素早く書きながら印を結ぶと、短い呪文を唱えて一気に魔力を爆発させた。

 イディオタの魔力が爆発した瞬間、大地が隆起して巨大な岩で造られた竜が出現し、イディオタに襲い掛かってきたユィンの氷の龍の前に立ち塞がった。

 蛇の様に長大な胴に手足を持つユィンが造った氷の龍と、巨大な爬虫類の様な胴に、四肢と長い首を持つイディオタが造り出した岩の竜が、轟音を響かせて巨体をぶつけ合った。

「これが西方の竜じゃ」

 イディオタが長い詠唱もなく巨大な岩の竜を造りだした事に動転したのか、イディオタの言葉にユィンは答えなかった。代わりに印を結ぶとさらに氷の龍に魔力を注ぎ込んだ。

 巨大な龍と竜の力は互角の様で、ぶつかり合う度に氷と岩の破片が盛大に舞い散った。

「せいやっ!」

 ユィンの掛け声が轟くと、その氷の破片がイディオタを狙って飛んだ。

(なるほど、あいつもなかなかやるじゃないか。氷の龍と己との連係攻撃に、破片を魔力操作して死角からの狙撃とはな)

(この程度で誉めるのはまだ早いわい!)

 〈アルファ〉がユィンを誉めたのが気に入らないのか、イディオタは意固地になってそう言うと、短い呪文を詠唱して魔力を岩の竜に注ぎ込んだ。

 それに呼応して、岩の竜の破片が宙を舞い、イディオタを襲う氷の破片を迎撃した。氷の破片と岩の破片はぶつかり合い、お互いを砕きあった。

 巨大な龍と竜が闘い、その間隙を縫う様に、ユィンとイディオタが刃を交え、その二人の死角を狙ってお互いの龍と竜の激突から生まれた破片が、命を持つ飛礫の様に飛び交いぶつかり砕きあった。

「ふふん。小僧よ。その程度の魔術の技量で頭に乗るなよ」

(イディオタ、どうするつもりだ?)

(二属性魔法を使う。岩の竜に炎を纏わせるのじゃ)

(またご指導か。しかし、お主に殺気がない事はあいつも感じておるだろうが。それで死線を越える闘いができるのか?)

 〈アルファ〉の懸念に、イディオタは笑って答えた。

(儂に殺気がなくとも、儂の攻めを受け損なえば死ぬのを小僧は分かっておる。なれば殺気を感じようと感じまいと、必死になるしかあるまいて。ぐはははははははは)

(お前、弱い者いじめして楽しんでいるだけじゃないのか……)

(ち、ちがうわい!)

(本当だろうな……?)

 猜疑心を露わにした〈アルファ〉の言葉に、イディオタは小さな声で答えた。

(ちょ、ちょっとだけ楽しんどるけど……。ちょっとだけじゃよ!)

(やっぱりお前は最低だな……)

 イディオタは岩の竜の尻尾に飛び乗ると、手に持つ剣で頭部へと駆け上がりながらその背中に幾つもの呪文を描いていった。そして、頭部に着くと魔法陣を描いて魔力を注ぎ込んだ。

 その魔法陣は魔力を吸収すると輝きながら眩しい程の光を発し、やがてその光は巨大な炎へと姿を変え、岩の竜の巨体を全て包み込んだ。

その竜を包み込む炎が消えた時、岩の竜は赤く焼け爛れた溶岩の竜へと姿を変えていた。

 鋭く輝く明るい炎と、鈍く光る暗い炎が混じりあい溶け合い、明滅する岩石の合わさった塊と化した竜は、その威容を震わせながら、氷の龍へと襲い掛かった。


読んで下さって有難うございました^^

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