イディオタ
【イディオタ】
イディオタ達が山頂の城館に着いた時には既に日が落ちて闇夜となっていた。篝火が焚かれた城門をくぐると、留守を預かっていた高弟筆頭の〈竜殺し〉が城門まで出迎えに来ていた。
「イディオタ様、ご命令通り兵達に武装をさせ待機させております。あと念の為、周囲に兵を配置し哨戒させております」
〈竜殺し〉の外見は二十代半ば位で、小柄な体格とその整った顔立ちや長く伸びた頭髪により、イディオタの高弟の筆頭と言うよりは、レオナールと同様に魔術研究の学者といった雰囲気であった。
しかし、落ち着き払ったその風格や、イディオタ配下の猛者達が接する態度は、若い学者に対する物ではなく、恐れ敬う名将に対するそれであった。
「うむ、ご苦労。まずは情報を整理し策を練らねばのぅ。〈銀の槍〉よ、お主はカミーユを部屋に案内して休ませてやれ」
「案内って、カミーユもこの城にゃ馴れてんだろ。部屋ぐらい案内しなくても……」
「馬鹿者! 警護もするのじゃ! 黙ってさっさと案内せい!」
「警護っつってもよ、ここで危険なんぞ……」
イディオタの言葉に口答えする〈銀の槍〉に、イディオタの傍らに控えていた〈竜殺し〉が静かだが殺気を発しながら口を開いた。
「〈銀の槍〉よ、俺を苛立たせるなよ……」
「あ、兄貴、すぐに行くよ! おい、カミーユ、行くぞ!」
〈竜殺し〉の言葉に、〈銀の槍〉は逃げる様に城館へと駆けた。
「は、はい! 老師、エドワード兄さん、それでは失礼いたします」
カミーユもイディオタと〈竜殺し〉に頭を下げると、〈銀の槍〉の後を追って城館へと入っていった。
「〈竜殺し〉よ、お主は一緒に儂の部屋へきてくれ。そこで話そう」
イディオタに〈竜殺し〉と呼ばれた若者は、その端正な顔を曇らせながら返事をした。
「はっ」
「エドワード、〈竜殺し〉の呼び名がまだ嫌か……。その名が配下の者達の士気を高めもするし、敵の士気を挫きもする。それに、その名で呼ばれる事こそが、お主の勤めであろう」
イディオタの言葉に、〈竜殺し〉は黙って頭を下げた。イディオタは〈竜殺し〉の肩を叩いて頭を上げさせると、城門の兵達に警戒を怠らぬ様に命じ、〈竜殺し〉をつれて自室へと向かった。
自室についたイディオタは、事の経緯を〈竜殺し〉に説明した。
「伝令から大まかには聞いておりましたが、〈刀鍛冶〉が討たれるとは……」
同じイディオタの弟子として共に戦い、その力を誰よりも知っていた〈竜殺し〉は、〈刀鍛冶〉ほどの男が敗れるとはにわかには信じられぬ様子であった。
「ヴィンセント配下の〈片目〉が中々の使い手とは感じていたが、ここまでとは思わなんだ……。儂の落ち度じゃ」
「イディオタ様のせいでは……」
「いや、つまらぬ事を言ってしもうた。忘れてくれ。それよりも、今は王国軍に備えねばならん。お主は配下の者を率い、山道の砦を守備してくれ。あそこが防衛の要じゃ」
〈竜殺し〉にはイディオタがなぜそこまで王国軍を恐れるのか分からぬ様子であった。
「はっ。しかし、王国軍は襲来しますでしょうか? 不平貴族への睨みの為に各地の王国軍は動かせぬでしょうし、動かしたとしても日数がかなりかかりましょう」
〈竜殺し〉の疑念は致し方ないものであった。新たな支配者であるアルベール王に対して心服している貴族は多かったが、あくまでもそれはアルベール王個人に向けられた忠誠であって、新王家に対する忠誠とは違った。
しかも、宰相であるヴィンセントは、貴族達の力を削がんと様々な施策によって貴族達を締め付けており、ヴィンセントに対する不平不満が貴族達の中に充満していた。
アルベール王亡き今、不満をもつ貴族達を押さえる為には各地に置いた王国軍の力が必要であり、軽々に動かす事は出来ない様に思われた。
更には、王の右腕にも等しいイディオタ伯が反乱を起こして内乱ともなれば、国内の不平貴族だけでなく、周辺諸国までもが不穏な動きを起こしかねない。
だが、イディオタは〈竜殺し〉に断言して答えた。
「間違いなく来る。しかも一両日中にはな……。恐らく王都に居る近衛だけで攻め寄せてくるであろう」
しかし、イディオタに全幅の信頼を寄せている〈竜殺し〉であったが、未だ納得しかねる様子であった。
「イディオタ様、確かに近衛の兵数は我らよりも遙かに多いですが、それでも数千程度の近衛軍で我らを討伐するなど笑止な話です。ヴィンセント殿下もそれは分かっていると思いますが……」
先の大戦を、アルベール王直属の部隊として戦ったイディオタの部下達は、一騎当千の兵達であり、最強の魔導部隊としてもその名を馳せていた。
不平貴族共を押さえられているのも、イディオタとその配下達がいればこそであった。
それを実戦も僅かしか知らぬ上に、兵数もイディオタ伯の部下達の倍以上とはいえ、たかが数千程度の近衛がかなうわけもない。
そんな事は、戦を知らぬ素人ならまだしも、歴戦のヴィンセントに分からぬ筈が無いと言う〈竜殺し〉の言はもっともであった。
(イディオタ、〈竜殺し〉には例の魔導兵器の話をしとかないと、まずい事になるかもしれぬぞ)
(そうだな……。いずれは各部隊長にも伝えぬと、近衛軍とぶつかった時に混乱をきたす事になるか……)
(ああ。それに、兵器の威力をきちんと理解させないと、〈竜殺し〉をはじめ、お前の部下達は近衛をなめて掛かって犬死にする事になりかねぬぞ)
(そうだな、わかった)
イディオタは〈アルファ〉の忠告に従い、今まで極秘裏に開発を進めてきた魔導兵器の話を〈竜殺し〉に話して聞かせた。
「アルベール王が慈悲をもって許した貴族共が、この国や民の将来にとって必ずや災いになると考えた儂とヴィンセントは、王家の剣となって貴族共を討伐し、さらには混乱する我が国を狙う周辺諸国を黙らせる力が必要と考えたのじゃ」
「はい」
「そこで、戦を終わらせ国を統一したとはいえ、国土も疲弊し民の暮らしも窮状を極めている中だったが、それでも費用を調達し、儂が長年研究してきた古代文明の魔導技術を基に、レオナールを中心に新たな兵器開発を進めていたのじゃ」
イディオタの話を聞いて、〈竜殺し〉は思い当たる節があった様だった。
「なるほど。それでレオナールはヴィンセント殿下の所へずっと出向いていたのですね」
「そうじゃ。そして、その研究も長年の苦労が報われ、最近になってやっと実用化に成功したのじゃよ。量産体制も整い、これで国内の安定に力を注げると思った矢先に、アルベールが死んだのだ……」
その先はイディオタが言わずとも、〈竜殺し〉にも分かっていた。
「近衛はその新しい魔導兵器によって武装しており、恐るべき軍となっていると言う事ですね」
「ああ、そうじゃ」
「しかし、いくら優れた魔導技術を用いた兵器と言えど……」
イディオタは〈竜殺し〉の言葉を遮った。
「まあ聞け。開発した魔導兵器は二種類。一つは〈魔導筒〉と言って、高位の魔導師に匹敵する威力の魔力を、疲労する事無く連射できる歩兵携帯型の兵器じゃ。これは扱うのに魔力の素養も魔術の修行も全く必要ない。的に当てる訓練が多少必要なだけで、誰でも簡単に扱う事ができる」
イディオタは黙り聞く〈竜殺し〉に、説明を続けた。
「もう一つは、〈魔導繰騎兵〉と呼んでおる。古代の魔導技術で造りだした金属操兵の一種じゃ。これは操るのに強靱な精神力と厳しい修練を必要とするが、その力は一騎で儂の高弟である〈刀鍛冶〉や〈銀の槍〉に匹敵する」
イディオタの説明を聞いていた〈竜殺し〉は、己の師が冗談を言っていない事は分かってはいたが、それでもなお信じられない様子であった。
「その威力はレオナールより資料と共に報告を受けておる。間違いはない」
「そんな物が……。それを近衛全軍が装備しておれば、数千の高位魔導師と同じ戦力と言う事ですか!?」
「そうじゃ。更には、〈繰騎兵〉も配備されておれば、その戦力は計り知れん。量産がどこまで進んでいるかは不明じゃが、ある程度の数は揃えておるじゃろうな……」
イディオタの話を聞いた〈竜殺し〉は、事態が急を告げている事を理解したようだった。
「ならば、私は早速配下を引き連れ、山道の砦の守備に参ります!」
「うむ、頼むぞ。あそこが抜かれればこの城館まで防ぐ物はない。王国軍が襲来するまでには儂も行くでの。それまでに防備を整えて置いてくれ」
イディオタが〈竜殺し〉に砦の守備を命じた時、イディオタの部屋の扉が叩かれた。
「イディオタ様、王国軍の偵察に出ていた者が戻り、急ぎご報告したいとの事です」
「わかった。直ぐにここに通せ」
「ははっ!」
偵察兵の到着を伝えに来た兵は、イディオタの言葉に返事をすると、駆けていった。
「イディオタ様、では私は先に砦に向かっております」
〈竜殺し〉はそう言うと、足早にイディオタの部屋を退去し、配下の者を集めて山道の砦へと向かった。
その〈竜殺し〉と入れ違いに、王国軍の偵察に出ていた伝令がイディオタの部屋へと通され、報告を伝えた。
「そうか、近衛軍は既に麓近くまで迫っているか……。ご苦労であった。下がって休むが良い」
「はは!」
伝令が報告を終え退室した後、イディオタは一人思案に暮れていた。
(すぐに来るとは予想していたが、思ったより早いな……恐らく、麓近くで野営し、夜明けと共に攻め寄せてくるのであろうな。しかし、〈魔導筒〉を装備した兵が数千に、〈繰騎兵〉が数十機。更には〈大型魔導筒〉とは……。まさか、既にそこまで軍備を整えていたとはな。いや、ヴィンセントの事だ、そうでなければ戦端を開く様な真似はすまいか……)
ある程度予測していたとは言え、想像以上に軍備を整えていた近衛軍の様子に、イディオタは策を考えていた。
(しかし、〈竜殺し〉が言う様に、いま内戦が起これば不平貴族も周辺諸国も不穏な動きを始めるやも知れぬ。また、今回の近衛軍を退けたとしても部下達には多くの犠牲がでるであろうし、ヴィンセントは物量にものを言わせて何度でも押し寄せてくるであろう。そうなれば、如何に我が軍が精強とてやがては殲滅されるであろうな……)
(イディオタよ、どうするつもりだ?)
どう転んでも、この国の未来にとって良い事にはなりそうにない。イディオタは思案を重ねた結果、一つの結論へと辿り着いた。
(アルベールとの約束はカミーユの事であって、カミーユの即位ではない。あとは部下達を無事に逃がしてやれば良いな。ヴィンセントも内戦の愚は分かっておろう。深くは追ってはこまい……)
イディオタはこの地を捨てて撤退する事にした。
国内の不平貴族や周辺諸国が動き出す隙を与える前に、早期に内乱を終息させなくてはならなかったからだ。加えて、カミーユは公には死んだ事になっている。他国へ逃げれば、ヴィンセントもそれ以上は追っては来まいと思われた。
あとは撤退の方法であった。眼前の敵軍が撤退するのを黙って見ている指揮官はいない。だが、統率すべき指揮官のいない兵だけならば……。
イディオタは、押し寄せる近衛軍の指揮官を戦場で暗殺し、その混乱の隙に軍を解散して部下達を逃がそうと考えた。
そう思案していたイディオタに、〈アルファ〉が注意を呼びかけた。
(しかし、近衛の将軍を暗殺するにしても、例の〈片目〉をどうにかしないと簡単には行かぬだろう)
(そうじゃったな。よし、まずは〈刀鍛冶〉の戦いを監視していた物見の兵を呼んで、〈刀鍛冶〉と〈片目〉の闘いの様子を見るとするか……)
イディオタに呼ばれた〈刀鍛冶〉の戦いを監視していた兵は、イディオタの部屋で椅子に座り、畏まっている様子であった。
「お主は緊張せんでよい。落ち着いて座っておれば良いのじゃ」
イディオタは物見兵にそう言いながら、幾つかの短い呪文を唱えると、右手を物見兵の頭の上に載せ、魔力を集中させた。
(あったぞ、そこだ! 〈刀鍛冶〉と〈片目〉の闘いの記憶部分だ)
魔術で物見兵の記憶の中を覗いているイディオタに、〈アルファ〉が話しかけた。
イディオタは〈アルファ〉の言葉に魔力を反応させ、物見兵の記憶の中の〈刀鍛冶〉と〈片目〉の闘いの部分を己の記憶に写した。
「ご苦労。下がって良いぞ」
イディオタはそう言って物見兵を下がらせると、写した記憶を〈アルファ〉と共に注意して見た。
(こいつは……。お前と同類ではないが……。しかし、珍しいな)
(ああ。これは神代の記録にあった別の世界、いや別の惑星の……)
イディオタの言葉に、〈アルファ〉が答えた。
(恐らくな。どこかに稼働する転移門があったのかも知れんな。お前と同類でなくても、こいつは〈銀の槍〉では手に余るだろう。〈竜殺し〉なら殺れそうだが)
イディオタは首を振った。
(奴の力は簡単に使わせられん。やはり儂が出向こう)
(しかし、お前が出向くとなると、あの馬鹿がまた騒ぐぞ)
〈アルファ〉は〈銀の槍〉の事を言っていた。〈銀の槍〉は態度とは裏腹に、誰よりもイディオタを慕っていたからである。
(偵察に行くとでも言って出かけるわい。数刻もあれば山を降りて仕事を終わらせて戻れるじゃろう)
(お前も〈ゼータ〉も、あいつを甘やかしすぎだ。もう子供じゃないのだからな)
(わかっとるよ。しかし〈アルファ〉よ、お主も儂をもう少し甘やかしてくれんかのぅ?)
(前々から聞きたかったが、お前、恥ずかしいという感情はないのか?)
(…………)
(どうやら少しはある様だな)
イディオタは咳払いをしてその場をごまかすと、配下の者に〈銀の槍〉を呼びにやらせた。そして、やってきた〈銀の槍〉に、城館の守備の指揮とカミーユの護衛を命じると、夜明けと共に単身で偵察と称して城館を出かけた。
(〈銀の槍〉の奴、思った通り喚き散らしていたな……)
(あぁ、急いで戻らないと、また騒ぎを起こしそうじゃ。まずは〈片目〉を始末してから、近衛の本陣の将軍を殺るぞ)
(直で近衛の将軍を殺った方が早いのではないか?)
〈アルファ〉の言葉に、イディオタは眼に怪しい光を灯しながら、子供が駄々をこねるように言った。
(嫌じゃ! 〈刀鍛冶〉の仇を討ち、その報いを受けさせるのが先じゃ! 一撃で奴の頭を砕いてやるわい!)
(〈鈴音〉の分もな)
いつも冷静な〈アルファ〉の言葉にも、怒りの波長が滲んでいた。
(そうじゃ。それに、奴を生かしておくと、部下が撤退する時に油断出来ぬでな。じゃから急ぐぞ!)
イディオタはそう言うと、城館を居出て、怪鳥の様に木々の間を飛び駆けながら山を降っていった。
読んで下さって有難うございます!
このお話から、シャンピニオン山の戦いの帰趨を左右する新兵器である
「魔導兵器」が名前だけですが登場します。
具体的に活躍するのは4章からですが……・
宜しくお願いします^p^




