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戦士の宴  作者: 高橋 連
一章 後編 「シャンピニオン山の戦い 其之壱」
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ヴィンセント

【ヴィンセント】


 椅子に腰かけ、無表情だが熱意ある瞳で甥の話を聞いているその姿は、若き頃のアルベール――実際にはヴィンセントの黒髪は少し青みがかっており、背丈は兄のアルベールよりも頭半分ほど低くはあったが――に瓜二つであった。

 その姿故に、甥であるカミーユも腹蔵なく意見を言いやすいのであろう。しかし、この時ばかりはそれで片づけられる様子ではなかった。

 長年フランカ王国宰相として国政を執り続けてきたヴィンセントは、何の経験も無い歳若い甥に、理想論をもって責められていたのである。

「叔父上、軍事力で押さえつけるのでは、父上や叔父上が打ち倒した旧王家や貴族達となんら変わるところが無いではないですか!」

 建国の英雄王である兄のアルベール王が突然の崩御に見舞われた。

年の離れた兄を父とも思い、兄弟二人で生きてきたヴィンセントにとって、その死は誰よりも辛かった。しかし、王が死んでも、国政を滞らせる訳にはいかなかった。王国宰相であるヴィンセントは、悲しみに浸ることも許されなかった。

この時も、国政を滞らせる訳には行かない為、次期国王となる甥の王太子カミーユに国庫の支出に関する決済の相談に訪れていた。

 本来であれば、決済権を有する宰相の役職にあるヴィンセントが独断で処理すればよい事案であったが、甥が年若き故に廷臣達に軽んじられる事の無いよう、次期国王の甥の権威を護る為の行動であった。しかし、それが二人の間に溝を造ろうとしていた。

「それに、今この国の現状ではこれほど巨額の軍事費を使う余裕はありません。私が目にした地方の農村の状況は、叔父上もご存じのはずです!」

 ヴィンセントは自分の年若き頃を思い出していた。

 カミーユは、兄の盟友である宮廷魔導師イディオタに師事して幾年か過ごした時に、誠を持って接すれば、王子であろうと一介の戦士であろうと心通ずる事を学んだのであろう。それに、王都を離れた地方の民の暮らしぶりもみたのであろう。

 貨幣経済が進み、物資豊かな都市部の国民の暮らしはそれなりに豊かだったが、地方の農民達の暮らしはいまだ困窮しており、決して豊かとはいえなかった。

 ヴィンセントにも戦乱の時代、兵士達と共に夜露を凌ぎ、空腹を耐えて共に泥にまみれて戦った時があった。地方の農村部の現状も視察して知っていたし、自分が農民であった頃を思い浮かべれば、視察などせずとも察しはついた。

「それで、お前はどうしようと言うのだ?」

 ヴィンセントは年若い甥の言葉に耳を傾けた。耳を傾けようと努力していた。

「叔父上の仰る事もわかります。ただ、貴族達ともこの国の未来を見据えて話せば、必ず理解しあえる筈です。国庫を圧迫する膨大な軍事費を大幅に削減し、貴族達には武力ではなく誠心をもってあたり、削減した軍事費を地方の整備に使いましょう」

 カミーユの言っている事の様に現実が進めば、ヴィンセントは何の苦労もなかった。

 カミーユは偉大な父を見、優れた師に学び、若くとも尊敬に値する人間に成長したようであった。泰平の世であれば、語り継がれるほどの名君になっていたであろう。だが、今は泰平の世ではなかった。戦乱が収まったとはいえ、大きな戦さの傷跡はフランカ国の各地に残っていた。更には人々の心の中にさえも……。

 己に曇りがないが故に、他人にも曇りがないと思えるのであろう。自分が若い頃もそうだった。しかし、だからといって、若さ故の理想を認めるわけにはいかなかった。認めれば、兄と共に創ったこの国が、この平和が、他者が己に奉仕する事が当たり前と考える悪辣な貴族共に喰い尽くされてしまう。それだけは断じて許せなかった。

「カミーユよ、お前の考えは立派だ。しかし、他者がお前のように立派な人間だけであれば、兄も私も、戦いに身を投じることもなく、田舎で畑を耕し生きていたであろう」

「叔父上、生まれながらに悪人はおらず、心の全てが悪の人間もいません。それに、国庫をここまで圧迫する程の軍事費がなぜ必要なのですか?」

「イディオタ伯からは何も聞いてはおらぬのか?」

 カミーユは師の名がでた事に、怪訝な様子であった。

(そうか…。カミーユにあの事を話しておらぬという事は、イディオタ伯は私の考えに賛同してくれているのか……)

 ヴィンセントは然も有りなんと思った。

 ヴィンセントにとってイディオタは、英雄王である兄の旗の下で共に戦った戦友であり、師でもあり、家族でもあった。

 更には、いまカミーユが問題視している膨大な軍事費の使途である魔導兵器開発に協力し、その技術や人材を提供してくれているのはイディオタ伯であったのだった。

「貴族共を押さえつけ、王権を強固にする為の軍隊がどうしても必要なのだ。その為にはいま暫く莫大な軍事費が必要となる。だが、それこそが将来の平和を築く礎となるのだ」

「いまでも十分な兵力を常備軍として維持しているではありませんか。あれほどの費用を幾年もかけて一体何をするおつもりですか? 私は次期国王として、軍事費の大幅な削減を実施します」

 カミーユは信念に燃えた瞳で、ヴィンセントを見つめていた。

その瞳を見ていると、若者の理想に賭けてみる気になってしまいそうな程に澄んだ瞳であった。父に似たのであろう。しかし、世の汚れを見、浸かり、それを払いのけてきたヴィンセントには、その瞳に賭ける事は出来なかった。静かだが聞く者を圧せずにはいられない声で、ヴィンセントは年若い甥に言った。

「亡き兄から、先王から、長年国政を預かってきた私の言葉は聞けぬと言う事か……?」

「叔父上の言でもこればかりは聞けません。地方の農民達は、生きるだけで精一杯なのです。この者達を捨ておいて、莫大な軍事費を浪費する事は出来ません」

 カミーユも声は静かだが、強い決意を伺わせる声であった。

 この時、ヴィンセントの中に眠る野心という名の種に、大義と言う名の水が注がれた。

 若き頃より兄に従って幾多の戦場を駆け巡り、優れた軍才を発揮し兵を率いて戦乱を鎮めてきた。そして、世が治まった後も、有能な政治家として兄を補佐し、国政の実務を取り仕切ってきた自負がある。

 国王の息子と言うだけで、年若く経験もない甥の下に甘んじる事は、本来ならヴィンセントの気概が許さなかった。だが、己の創りあげた国を想う気持ちが、一個の男の野心を鎮めてきたのである。

 しかしいま、年若き次期国王は、理想論をもって国を統べようとしていた。他者を騙し陥れる手管に長けた貴族達が相手では、行く末は分かりきっている。そんな行く末にするわけにはいかない。その思いが、芽吹く事がなかったヴィンセントの野心の種に水を与えてしまったのだった。

「そうか、ではお前はお前の信じる道を行くが良い。私はもう何も言うまい……」

(ゆえに、私も自分の正しいと信じる道を行く……)

 先王が死んだ後、初めてお互いの心をぶつけ合った叔父と甥、宰相と時期国王の会談はこうして終わった。


ついに一章後編がスタートしました。


このお話から、シャンピニオン山の戦いの物語が始まります。


これからも宜しくお願いします!

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