イディオタ
【イディオタ】
(なに! 儂の攻撃を見切ったじゃと!)
イディオタは、魔法で造り出した剣の動きにあわせて、レンヤと同じように――レンヤより数段上の練度でだが――殺気を飛ばしつつ、剣の動きでレンヤに幻術を掛けていた。
手負いの獣と化したレンヤの一撃を回避しつつ、その首を叩き落とすべく仕掛けた必殺の罠であった。
それが十中八九掛かっていた所で、レンヤが急に我に返り、しかも自分の一撃を受け止めたのだ。イディオタは驚きを隠せなかった。
〈アルファ〉も同様に驚きを隠せぬ様子で、イディオタに問いかけた。
(偶然じゃないのか?)
(いや、あれは完全に儂の剣筋を読んでなければ受けられぬはずじゃ。まさか……)
(おいおい、まさかな……)
イディオタは簡単な呪文を唱え、力尽きて倒れているレンヤに、自分の生命力を幾ばくか注いでやった。
「おい、若造よ。話せるか?」
「は……、はい、老師……」
「なぜ儂の幻術を解き、最後の一撃を受けれたのじゃ?」
レンヤはしばし思案すると、信じて貰えぬのではないかと言う様な顔つきで語り始めた。
「最後の瞬間、私が老師の幻術に掛かって、幻の老師に最後の一撃を振り降ろす瞬間に、この剣が教えてくれたのです」
「剣がのう……。罠ですよとでも喋ったのか?」
「いえ、頭の中で、何というか鈴の様な音が響いたのです」
「鈴の様な音がな……、それで何故に剣が幻術の罠を教えてくれたと思うのじゃ?」
レンヤはまたも暫し思案し、答えた。
「分かりません……。ただそう感じたので、感じた通り動いただけなのです……」
(イディオタよ、拾いものだな)
(うむ。儂の腕を切り落とすだけの事はある)
(あれはお前が油断し過ぎていただけだろ。もうこれ以上恥ずかしい事を言わないでくれ……)
(少しは誉めてくれてもええじゃろが……)
(無理だな)
(…………)
「若造、レンヤとか言うたな。貴様はここで死にたいか? それとも儂に命乞いをして、生き恥を晒してまでその命を長らえたいか?」
イディオタの命乞いを嘲笑する様な物言いに、レンヤは躊躇する事なく答えた。
「生き延びる為なら、恥など厭いません。お助け下さい、老師……」
イディオタはその答えを聞くと、大口を開けて大笑しながら、命乞いしたレンヤの心意気を褒めた。
「志を持つ者は、物の軽重をわきまえねばならん。お主は大望を持つに相応しい様じゃな。よかろう! そなたを儂の弟子に加えてやろう」
そう言うと、イディオタは両手をレンヤの額にかざし、己の強力な生命力を注ぎ込みむと共にレンヤの回復力を活性化させた。
「お主が生きるか死ぬかは、己の生命力次第じゃ」
「助けていただいた命、必ず……お返しします……」
(若造の傷はかなりの深手なのか?)
〈アルファ〉の問いにイディオタは陽気に答えた。
(いくら儂の気を注ぎ込んだにしても、普通なら死んでおるわい)
(じゃあ……)
(すでに〈デルタ〉が適応して回復を手伝っておる。完全適応にはほど遠いがのぅ)
(なら安心だな)
(そう言うことじゃ。しかし、奴の剣技や戦いの勘には天才的なものがあるが……)
(ああ、もしかすれば〈銀の槍〉をも凌ぐ才やもしれぬな。良い拾い物ではないか。何かあるのか?)
イディオタは息を一つ吐き出しながら、〈アルファ〉の問いに答えた。
(有り過ぎる才が、逆に成長を妨げる事もある。己の弱さを知り、力を欲してこそ〈賢者の石〉との融合は成される。しかし、奴の才であれば、それに気付けぬやもしれぬでなぁ)
(成る程な……。だからお前は俺達との融合が上手いのだな。お前の話にしては、珍しく納得したよ)
(何を言う! 儂は並の天才とは違うんじゃ! しかし……)
もっと喚き散らすと思っていたイディオタが押し黙った事を、〈アルファ〉は不思議に思った。
(おい、どうしたのだ? まだ何かあるのか?)
〈アルファ〉の言葉に、イディオタは重い口調で答えた。
(先程奴に生命力を注ぐ時に見えたのだ、心の奥底の深い傷がな。深い心傷は他人を拒む。それを乗り越えぬ限り、完全融合は難しいやも知れぬな……)
(そうか、それも納得できるな。お前は悩みや心の傷とは一番無縁な存在だからな。複数の〈賢者の石〉と融合するには、お前ほど無神経ではないと駄目だと言う事が理解できたよ)
(またまた何を言う! 儂の心の繊細さがお前には……)
〈アルファ〉は、喚くイディオタの言葉を遮った。
(おい! 若造が何か言っているぞ)
レンヤは深手の体を無理に起こすと、イディオタに対し捧げるように恭しく宝剣を差し出した。
「老師、お借りした宝剣をお返し致します」
イディオタはその差し出された宝剣を優しく押し返すと、レンヤを労わる様に言葉を掛けた。
「お主程の使い手であればその剣も使われて本望であろう。その剣はお前に呉れてやるわい!」
「いや、しかし……」
「これは師の命じゃ!」
反論を許さぬイディオタの口調に、レンヤも宝剣を受け取った。そして、ふと今更ながらにイディオタに尋ねた。
「老師、この宝剣の銘は何というのですか? これ程の宝剣であれば、さぞかし謂れの有る名が付いておりましょう……」
イディオタは返答に困った様子で暫し思案した。
(おい、〈アルファ〉よ。名前って〈デルタ〉で良いのかのう?)
(さすがにそれはまずいだろ……。何か適当に言えよ)
(適当にって……ぬぅ……)
返答に窮したイディオタは、考えるのを止めた。全てをレンヤに丸投げした。
「それはもうお前の剣であろう! お前が好きに名付けるがよかろうて!」
イディオタの言葉に、レンヤは数瞬の間呆然としていたが、師であるイディオタに言葉を返すのを憚ったのか、大きく息を吸い込みむと口を開いた。
「さすれば……」
レンヤは暫し考えた後、まるで想い人を見つめるかの様に剣を見つめながら、新たな剣の銘を口にした。
「鈴の音で語りかける故、〈鈴音〉と……」
「鈴の音で語りかけるか……。まあ今はそれで良かろう」
「ははっ!」
こうして、東の果てより旅してきた若者レンヤは、イディオタの弟子となったのである。
これが、後にその武名を恐れられたイディオタ三高弟が一人、〈刀鍛冶〉とイディオタの出会いであった。
一章前篇はこのお話で一応終わりです。
明日からはいよいよ、一章後編が始まります!
各章の後編は、「シャンピニオン山の戦い」という大きな物語を描いています。
ただ、明日から始まる一章後編では、まだシャンピニオン山での戦いは始まらないけど……。
序章後編からの続きなので、よかったら序章後編の最後だけでも、読み返してみて下さい^-^




