第64話:ライリスの過去
重苦しい空気が教室を包む中、ケントはゆっくりと手を挙げた。
「ライリスさん」
「なんだい」
「一つ聞きたいことがあります」
「言ってみな」
「さっき試練を受けるには、陛下、ご婦人、そして側近の方の承認が必要だと言っていましたよね」
「ああ」
「その側近の方は、どなたなんですか?その人に推薦してもらえれば、自分は試練を受けられるはずです」
その言葉を聞いたライリスは、静かに首を横へ振った。
「無理だね」
「え……?」
「側近は私だ」
ライリスが言った言葉にケントは目を見開くのだった。
「そして私は、お前を推薦も承認もしない」 教室が静まり返ったが、ケントは思わず立ち上がった。
「なんでですか!」
「別にいいだろ」
「よくないです!教えてください!俺は無理してでも強くならないといけないんです!」 その瞬間だった。
「いい加減にしろ!!」
ライリスの怒声が教室中に響き渡り、隼人もフローラも思わず肩を震わせた。
ライリスはケントを睨みつけた。
「お前は!なんでそんなに自分を危険に晒しに行く!」
「……!」
「今日はここまでだ」
ライリスは荒く息を吐くと、そのまま踵を返して勢いよく教室の扉を開けた。
バタンッ!
大きな音を立てて扉が閉まり、ライリスは部屋を出て行ってしまい、教室には静寂だけが残ったのだった。
誰一人として口を開くものはいなく、ケントは立ち尽くしたまま俯き、隼人も何を言えばいいのか分からず黙っていた。
フローラもただ心配そうにケントを見つめることしかできなかった。
しばらくの間、ケントたちは誰も言葉を発することなく、その場に静かに佇んでいた。 その後、教室を飛び出したライリスの背中を見送りながら、隼人はぽつりと呟いた。
「……なんだったんだ、今の」
何かに気が付いたかのようにフローラは静かにだが、急いだ様子でケントに言った。「ケントさんは早くライリスさんのところへ行った方がいいです」
隼人が振り向いて疑問を投げかけた。
「なんでだ?」
「おそらく、雅さんと同じパターンかと思います」
その一言に、ケントはハッとした表情を浮かべる。
「……分かった」
そう言うと、急いで教室を飛び出したが、「どこだ……」
王城はあまりにも広く、廊下を何本も曲がり、中庭へ出てもライリスの姿は見つからなかった。
「どこに行ったんだ……」
そう呟きながら歩いていると、不意に聞き覚えのある声がした。
「あれ?」
振り向くと、そこには精獣神である5人が立っていた。
「ケントじゃない」
「そんなに慌ててどうしたの?」
ケントは五人を見るとその近くへ駆け寄った。
「皆さん!ライリスさんを見ませんでしたか?」
五人は顔を見合わせた後、
「いや、見てないね」
「私たちも知らないよ」
と答えて、それを聞いたケントは少し肩を落とした。
「そうですか……」
すると、水の精獣神が優しく尋ねるのだった。
「何かあったの?」
ケントは頷き、教室で起きた出来事の全てを話し、聞き終えた五人はそれぞれ複雑そうな表情を浮かべ、やがて一人が静かに口を開いた。
「……それは仕方ないと思う。ライリスは元々、ハルウィースの許嫁だったのは知っていると思うけど、ずっと一緒にいるはずだった人を、ある日突然失ったんだ。だから……ハルウィースに関するものだけは失いたくないという気持ちが、人一倍強いんだよ」
ケントは黙って話を聞いていて、別の精獣神も静かに続けるのだった。
「今は落ち着いているけど、実はあななたちがここへ来るずっと前に、私たちがライリスへ伝えたんだ」
「私たちとハルウィースとの契約が切れたことを伝えた時に、ライリスはハルウィースが亡くなったことを知ったの」
「その時にライリスは……」
精獣神は少し悲しそうに目を伏せて当時のことを思い出していた。
『なんで彼を連れて帰らなかったんだ!お前たちのせいでハルウィースは死んだんだ!』
「何度も、何度も私たちを責めていた」
その話を聞いたケントはその場が一瞬、静まり返ったかに思えた。
「もちろん。私たちも何もできなかったわけじゃない。でも、契約が切れた時にはもう間に合わなかった」
「それから長い時間が経って、ライリスも少しずつ気持ちを整理した」
「今では私たちにそんなことを言うことはなくなったけど……」
「ハルウィースを失った悲しみまで消えたわけじゃない」
話を聞いたケントは黙ったまま、フローラの言う通りどこか雅と同じだと感じていたのであった。
場面は変わり、ライリスは自室の椅子へ静かに腰掛け、一枚の写真を見つめていた。
そこには、若き日のライリスと、一人の青年が並んで写っていた。
青年は青い髪と緑色の瞳を持ち、エルフとしては珍しい髪と目の色をしていた。
ライリスは写真を優しく見つめていた。
「……ハル」
その名を口にした瞬間、遠い昔の記憶が脳裏に蘇ったのだった。
『
「待って!」
黄色い髪に青い瞳を持つエルフの少女が、小さな背中を追いかけていた。
その先では、青い髪に緑色の瞳を持っているエルフの少年が、器用に木へ登っていた。「遅いよ、ライリス」
少年は笑顔で振り返り、息を切らしながら文句を言う少女へ、少年は手を差し伸べた。
「もう!」
「ほら、こっち」
その手を掴むと、少女は少年と同じ木の枝の上へ引き上げられた。
「本当、ハルはここが好きだな」
少女が苦笑すると、少年は空を見上げて言った。
「だってさ、ここから見える太陽とか空を見てると、森の外にはどんな景色があるんだろうって気になって仕方ないんだ」
「でも、ハルは次期国王って言われてるんだから、無理なんじゃないの?」
少女がそう言うと、少年は少しだけ寂しそうに笑ったのだった。
「分かってる。だから、こうして景色を見ながら思いを馳せるだけだよ」
少女はそんな少年を見て微笑んでいた。
「相変わらずだなぁ、ハル。これで身長が高かったら、もっと格好良かったのに」
「そんなこと言わないでよ!」
少女に言われた言葉に少年は頬を膨らませたのだった。
「低身長なこと、気にしてるのに!」
少年のその必死に怒っている姿がおかしくて、少女は思わず吹き出した。
「あははっ!」
少年も少女の笑い声にられて笑い、森には二人の笑い声がいつまでも響いていた。
場面は変わり、いく年も過ぎたある日の夜。
眠っていたライリスは、城の外から聞こえてくる騒ぎで目を覚ました。
「何がありましたか!?」
部屋を飛び出して、一人の兵士に聞くと兵士は慌てた様子で反応したのだった。
「ライリス様!いえ、ご心配なさらずに」
「いえ、心配します。何があったのですよね?」
「ライリス様は気にしないでください。なのでどうか自室に戻ってください」
「いいえ、戻りません。私に知られてまずいことでもあるのですか?!」
「い、いえ。そう言うことでは…」
「言いなさい」
「え?」
「早く言いなさい!」
ライリスの圧に負けた兵士は騒動の内容を彼女に話したのだった。
「ハルウィース皇子が何者かに攫われました!」
「……は?」
ライリスの思考が止まり、その場で動かなくなったのだった。
「現在、犯人を捜索しております!」
その時だった。
「……はい…はい! 分かりました!」
別の兵士が通信を終え、ライリスに報告したのだった。
「ライリス様!連絡が入りました!ハルウィース皇子を攫った者が、こちらへ向かっているようです!」
その直後、
「いたぞ!あそこだ!」
一人の兵士が夜空を指差し、ライリスたち全員が一斉に顔を上げたのだった。
そこには、白い長髪に赤い瞳を持ち、、長身の女性がいた。
その女性は、ハルウィースを横抱きにしたまま屋根の上を駆け抜けていた。
「止まれ!」
「囲め!」
兵士たちが一斉に追いかけたが、、女性はハルウィースを抱えたまま軽々と包囲網を抜け、兵士たちは誰一人彼女に触れることすらできなかった。
ライリスは必死に手を伸ばして追いかけようとしたが、
「待って……!」
女性は振り返ることなく、夜の闇へ消えていった。
「どこ行くの……行かないでよ……ハルー!!」
声が震えて、涙が頬を伝い、悲痛な叫びだけが、夜空へ虚しく響いたのだった。』
ライリスは静かに目を開くと、いつの間にか写真には、一粒の涙が落ちていた。
「……どうして」
そんな独り言を呟いた瞬間、部屋の扉から
コンコン
といったノックした音が聞こえた。
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