第63話:ライリスの授業・続
ライリスは黒板に新しく文字を書いていった。
『精霊術』
「次は精霊術についてだ。名前のとおり、精霊術は精霊の力を借りて行使する術で、魔法や魔術とは根本から違う」
ライリスは教卓にもたれながら続けた。「魔法は魔力量にものを言わせて発動させて、魔術は、自分で術式を構築して知識を用いて発動させるが、精霊術は違う。精霊と契約し、その力を借りて行使するものだ」
ケント達は真剣に話を聞いていたが、ミケ達四匹はいつの間にか部屋の隅で寝ていたのだった。
「だから精霊術を扱う上で必要なのは、精霊に関する知識と最低限の魔力だけだ。そして、扱えられる精霊術のレベルは、契約している精霊のレベルによって決まる」
ライリスがそう言うと、ケントが手を挙げた。
「はい」
「なんだい」
「必要な知識というのは、具体的に何を指すんですか?」
「必要な知識というのは――」
黒板に次々と書き込んでいく。
「精霊のランク、それぞれの主な属性、属性ごとの特性。そして同じ属性または別々の属性同士が反応した時にどうなるかといった知識が必要で、精霊術は精霊を理解して初めて扱える術だ」
ライリスが説明していると今度はフローラが手を挙げた。
「ライリスさん」
「なんだい」
「その精霊術というものは、私たちにも使えるのでしょうか?」
その質問に対してライリスは首を横に振った。
「いや、使えないね。精霊術はエルフだけが扱える術だから、この中で使える可能性があるのはケントだけさ」
「そうなのですね……」
フローラは少し残念そうに呟いた一方で、隼人は腕を組みながら笑いながら言った。
「じゃあ俺は今までどおり魔法と魔術を頑張るしかねぇな」
「そうだ。無理に不可能なことを使えるようにするのではなく自分が使える力を極めることが一番大事だ」
そう言って黒板を軽く叩いた。
「次は精霊の種類についての話をする」
そう言ってライリスは黒板に新しく文字を書いた。
「さて、次は精霊の種類について話そうか」 ライリスは黒板に五つの文字を書き並べ始めた。
『火』『水』『風』『雷』『土』
「まず、主な属性はこの五種類の火、水、風、雷、土。この五属性が精霊術の基本になっていて精霊のランクについてだ」
そう言って今度は黒板に四つの階級を書き出した。
『精霊』『上位精霊』『最上位精霊』
『精獣神』
「精霊は最も一般的な存在で、そこから長い年月をかけて成長したものが上位精霊と言う。さらに成長したものが最上位精霊だ」
「ということは、精霊は全員最上位精霊まで成長できるんですか?」
「いや、成長できる可能性があるというだけだ。それに、精霊が成長できるのは最上位精霊までが限界だ」
「じゃあ精獣神はどうなんだ?」
隼人が尋ねるとライリスの表情が少しだけ真剣になった。
「精獣神は別格だ。原初の精霊――つまり、この世界で最初に誕生した精霊たちだよ。火、水、風、雷、土のそれぞれ一人ずつしか存在しない。つまり精獣神になれるのは、その五人だけということさ」
ライリスはケントへ視線を向ける。
「そして、お前の父親――ハルウィースは、その五柱全員と契約していた」
その言葉にケントは思わず息を呑む。 「全員と……」
「ああ、エルフの歴史を見ても、そんなことを成し遂げた者はほとんどいない。だからハルウィースは、エルフの中でも特別中の特別だったんだよ」
ライリスのその発言に隼人は腕を組みながら首を傾げた。
「でもさ、精獣神ってどのくらい強いのか分かんねぇんだよな。だからケントの父親がどれだけすごかったのか、いまいち実感が湧かねぇ」
ライリスは隼人の言葉に頷いて少し考えた後、静かに口を開いたのだった。
「それもそうか。一人の精獣神だけでも、一国を半壊させる程度の力は持っている」
ライリスが言った言葉に教室が静まり返った。
「……は?」
隼人は間の抜けた声を漏らして、フローラも目を見開いていた。
「一人で……国を半壊ですか……?」
「ああ。もちろん本気で暴れた場合の話だけど、それほどまでに精獣神という存在は別格だ。そして、先ほども言ったけど、お前の父親はその五人全員と契約していた」
ケントはその言葉の意味を理解したのか息を呑んでいた。
「五人全員……」
「そうだ。だから私は言ったはずだ、ハルウィースはエルフの中でも特別中の特別だったと」
隼人はしばらく黙っていたが、やがて苦笑いを浮かべた。
「……そりゃ、とんでもねぇ人だな」
しばらく講義が続いた後、今度は隼人が手を挙げた。
「ライリスさん、一ついいか?」
「なんだい」
「俺たちがこの国に来た時、ミケたちのことを『神獣様』って呼んでる奴らがいただろ?」
「ああ」
「その神獣って何なんだ?」
その質問を聞いた瞬間、ライリスは呆れたような表情を浮かべた。
「……は?」
一瞬、教室が静まり返り、ライリスは信じられないものを見るような目で三人を見た。
「お前ら、陛下から神獣のことすら聞いてないのか?」
ケント、隼人、フローラは顔を見合わせた後三人揃って、
「「「はい」」」
と答えた。
「…………」
ライリスはしばらく無言になったが、やがて大きく息を吸い込み、
「はぁ~~~~……」
と大きなため息をついて、そのまま額に手を当て大きな独り言をこぼした。
「あのクソジジイ……せめてこれぐらい説明しとけよ……」
ライリスは一度咳払いをすると、教卓に軽く手をついた。
「仕方がない。神獣について説明だが、神獣とは読んで字の如く『神の獣』だ。……ただ、それを詳しく説明するには、まず魔物と聖獣について話さないといけない」
ライリスは黒板に三つの単語を書いた。『魔物』『聖獣』『神獣』
「まず魔物についてだが、魔物は体内に魔石を持つ存在で、基本的に人と対話できるほどの知性はなく、本能のままに行動する」
隼人が頷く。
「今まで戦ってきた魔物もそんな感じだったな」
「ああ、次に聖獣についてだが、聖獣も魔石を持っているが、魔物とは違い理性を持っていて、人と対話が可能で神聖な土地や自然豊かな場所に住む存在だ。」
ライリスは魔物と聖獣の絵を描いて説明をしていた。
「そして最後が神獣についてだが、神獣は聖獣とは違う。神そのものに等しい存在だ」
その話を聞いて少し考えた後、フローラが手を挙げて質問をした。
「ライリスさん」
「なんだい」
「魔物から聖獣、あるいは聖獣から神獣になることはあるのでしょうか?」
その質問に対して、ライリスは迷うことなく答えた。
「魔物から聖獣になることは絶対にない。これは断言できる」
「では、聖獣から神獣は……」
「あるとは聞いたことがあるが、私は千年以上生きていて、聖獣が神獣になったなんて話は見たことも聞いたこともない」
その瞬間、
「えっ?」
隼人が驚いたように目を丸くするのだった。
「千年以上って……ライリスさん、年いく――」
バシッ!
「痛っ!」
隼人の後頭部にフローラの手刀が綺麗に決まり、隼人は頭を押さえながら振り返るのだった。
「な、何すんだよ!」
フローラは呆れたようにため息をついた。「女性に年齢を聞くのはマナー違反です。そういうことは聞いてはいけません」
「えぇ……」
隼人は納得がいかない様子でいて、それを見たライリスは腕を組みながら小さく笑っていた。
「いい子に育ってるじゃないか、フローラ」「ありがとうございます」
フローラは軽く頭を下げて、隼人だけは、納得できないという表情を浮かべたまま頬をさすっていたのだった。
ライリスは黒板の文字を消すと、新たに大きく一行だけ書いた。
『試練』
その文字を見たケントは思わず背筋を伸ばした。
「最後に、お前が受けることになる試練について説明しておこう。まず、この試練は誰でも受けられるものではなく、試練を受けられるのは十分な実績を持つエルフだけだ」
そう言うと、黒板に三つの名前を書いた。『陛下』『ご婦人』『側近』
「この三者がそれぞれ推薦した者の中から、一人のエルフを選ぶために、陛下達三人全員が承認したエルフを一人選ぶ。そして、資格を得た者は、恐怖が実体化する洞窟へ入る。その洞窟では、自分の恐怖そのものが姿を持って現れる。そして――」
ライリスはケントを真っ直ぐ見つめた。
「それを倒し切るまで外へは出られない」
教室に静寂が流れたが、隼人がゆっくりと手を挙げた。
「一ついいか?」
「なんだい」
「魔法とか魔術でも精神世界を作って、似たようなことはできるだろ?わざわざそんな危険な試練をやる必要あるのか?それに、実績がある奴しか受けられないなら、なんでそんな奴が試練を受けるんだ?」
ライリスは頷いた。
「いい質問だ。確かに精神世界を作る魔法や魔術は存在するが、それでは意味がない。人っていうのは頭では理解していても、いざその場になると体が動かないことなんて珍しくないからこそ、自分の恐怖を現実として乗り越える必要がある」
ライリスは隼人達に目を向けながらさらに続けた。
「そして、実績がある者だけが受ける理由だが……この試練を受ける者は、大前提として何かしらの恐怖を抱えている。もし、その恐怖によって戦えなくなるような者だったらどうなる?」
ライリスの質問に対して隼人は少し考えて答えた。
「……死ぬかもしれないし、仲間にも迷惑がかかる」
「そのとおり。だからこそ、最低限実績があるほどの実力を持ち、それでもなお克服できない恐怖を抱えた者から選別された者だけが、この試練に挑む資格を与えられる」
そしてライリスの表情が険しくなった。「ただし、一つだけ絶対に忘れるな」
その声色に、教室の空気が張り詰める。「この試練を途中で投げ出してはいけない。恐怖が実体化している以上、途中で逃げれば、その実体化した存在が洞窟の外へ出る可能性がある。そうなれば、周囲の者を襲い、大きな被害を生む危険性がある」
ライリスは一人ひとりを見渡した後言った。
「だからもう一度言う。その恐怖を倒し切るまで、試練は終わらなくて、洞窟から出ることもできない」
その重い一言に、教室は静まり返るのだった。
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