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正義
正義とはなんなのか、真面目くさった顔で訊ねられ私は面食らう。
油断すれば流れ弾が当たるかもしれない、死が身近すぎるこんな場所で、そんな呑気なことを聞かれるとは思わなかったのだ。
そもそも正義という言葉にどんな意味を見出すのかは曖昧だ。
正義とは、個人あるいは共同体の中で調和が完成されていることであると昔の偉い人が言っていたらしいが、そういう意味合い言っている人間はあまり見ない。
いや、本質はそうなのかもしれない。
意見が食い違うから、争いは起きているのだから今は調和が未完成であり不正義なのだ。
不正義を正す為に、意見が合わない奴らを倒さなければならないというのなら私達は正義の使者なのかもしれない。
しかし、それならば私達が相対している彼らもまた正義の使者なのだ。
つまり、そういう事だ。
正義を疑った所で意味は無く、
正義を信じた所で意味は無い。
それは不定形であり、場所により、場合により、人により形を変えるのだ。
結局のところ、自分がどうしたいかでしかない。
疑うのも信じるのも、エゴでしかない。
悩み続けたところで世界中が納得する答えなどないのだ。
「正義が無ければ行動できない訳ではないだろうに何故気にするんだ?」




