かずさとノエル③
夜。狼の遠吠えやフクロウの鳴き声があたりに響き渡る。鈴虫の鳴き声が耳に心地よい。
月明かりを頼りにかずさは歩く。先ほどまで走っていたが、帰ってもノエルに合わせる顔がなくて、少し遠回りをしている。
無断で家を出たこともだが、自身の呪いについてどう切り出そうか迷っていた。呪いについてノエルは何も言わなかった。それはかずさはまだ知る必要がない、という判断だったのだろう。その気遣いを自分の行動で無下にしてしまった。
今後のことについてはどうしようか。かずさの中で、まだ気持ちはまとまっていない。このまま呪いの発動まで村で暮らして、そしてーー。
歩きながらかずさはぐるぐる考えていたが、結局考えたところで、今はまだ結論が出るはずもない。
唐突に腹が鳴る。かずさの胃は家に帰れと促している。うるさい腹をさすりながら諦めて家に帰ることに決めた。
家の屋根からは煙が出ている。ノエルはすでに夕餉の支度をしているようだ。
かずさはおそるおそる玄関の引き戸を開ける、--が、いつものように引っ掛かり上手く開かない。仕方なく力をこめると、戸はこれまたいつものようにカーンッと枠の端に飛んで行った。やばいっ、と反射的に外で戸の裏に隠れるかずさ。
「入らないのか」
ノエルが淡々と尋ねる。
ばつが悪そうに戸から顔を出したかずさは家に入ったかと思うと、そのままスライディング土下座を決め込んだ。
「おっ、親父様!!勝手に家を出て、誠に申し訳ありませんっ!どうしても皆の安全を確認したくて…」
恐る恐る顔を上げたかずさはハッとする。そこにはむっちゃむっちゃと豚汁に入れた餅を食べながら真顔でこちらを見てくる養父の姿があった。
二人は囲炉裏の火を囲み、自在鉤につるしてある鍋から、各々好きに器によそう。大抵いつも無言の食卓だが、今日はいつもより空気が重い。 ノエルは何か難しい表情をしていて、さすがに無断で外出してことを怒っているのだろうかと様子を伺う。いつもはかずさがノエルに話しかけて会話しているが、いつもより俄然話しにくい雰囲気だ。
「お、親父様、この豚汁、本当においしいですね!この根菜とかうちで取れたやつでしょうか」
「……」
しばしの無言。
先ほど土下座で謝った後、上がれと言い、かずさに器と箸を渡してからは黙々と食べているだけだ。やはり怒っているのだろうか。
先ほどまで確かに腹は減っていたのに、この重い空気、どうにも食が進まない。
「…そうだ」
だいぶ間があったが答えてくれるのか、と少し安堵したかずさは会話を続けようとする。
「それで――」
「聞いたのか」
かずさに発言にかぶせてノエルが発言する。聞いた、というと神の呪いのことだろう。
かずさは持っていた器と箸を置き、身を正す。
「はい。めぐみ子とナオトから」
「そうか」
ノエルは驚く様子もなく、納得した表情をした後で、器に残った豚汁をかきこむ。湯呑に入った茶を一口飲みノエルは続ける。
「どうしたい」
「どう…とは」
「ここに留まるか、外に出るか、ということだ」
外に出る、つまり、外界で生きていくこと。その選択肢は考えていなかったため驚いて思わず聞き返してしまった。
「私が、外界で、外で生きていくということですか」
こくりとうなずくノエル。
かずさはもちろん、この養父が呪いを受けた自分が面倒で”外界での生活”を提案したのではないと分かっている。
来る呪いの時におびえ、この村で自身の孤独と闘いながら周囲の憐みの中暮らすか、リスクはあるが、かずさとしてこの村を去り、最後の時まで外界で生きるか。
大好きな人たちとのこの村での生活からはもちろん離れがたい。しかし、そんな大切な人たちが自分のことで心を痛め、傷ついていくのをずっと傍で見ていくことにかずさは耐えられるだろうか。
外で生きることはかずさにとって、一つの救いのような気がした。
ノエルは続ける。
「お前はもともとこの村の出身ではない。私が外界で拾って、ここに連れてきた」
新たな事実に、かずさは驚く。自分はこの村で生まれたのだと思っていたからだ。
「お前には話さなければいけないな」
そういうとノエルは茶を一口飲んだ後、話を続ける。
いよいよ、二人の過去ですね。思ったより長くなってる、プロローグなのに!!




