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お仕事は繁殖させる事?  作者: 鹿熊織座らむ男爵
第二章 おまけ
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ダンスは苦手

 規則的に響く足音と衣擦れの音。

 ザミラはホルンの執務室のソファに座りククルパンを囓りりつつ、部屋の少し開けた場所でくるくると回るホルンを眺めていた。


「どうですレオ? ここまでは分かりましたか?」

「最初が、右で……左?」

「まだそこでしたか……」


 足を揃えぴたりと立ち止まったホルンが、ソファの横に立っていたレオにそう声を掛けるも、どうやらレオは最初の段階で躓いていたらしい。

 両手を前に出し足元を見ながら辿々しく回ろうとするレオに、根気強く教えていたホルンもさすがに疲れたらしい。手袋を外し襟元を緩めると、ぐいっと思い切り伸びする。

 

「そろそろ女性をエスコート出来るようになっておかないとマズいのですが……レオはダンスだけは苦手なんですよね」


 足裁きを間違え足がクロスしたまま身動きがとれなくなっているレオを眺めながら、ホルンは手袋に続き上衣を脱ぎながら苦笑いを浮かべる。

 すると、それまで大人しく向かいのソファに座ってククルパンを食べていたザミラが、ぴたりと動きを止めククルパンをテーブルに置く。


「ふーんそうだよねぇ……ホルンさんおーさまだもんねぇ……エスコートなんてお手の物だよねぇ……嗜みの一つだよねぇ……ホルンさんがエスコートなんかしちゃったらそりゃそりゃ女の子いっぱい寄って来ちゃうよねぇ……」

「ザミラさーん。ザミラさんはもう王妃なんですよー。おーさまの奥さんなんですよー」


 ふらりと立ち上がりひとり言を言いながら窓に向かうザミラを、ホルンは手慣れた様子で捕獲し窓に鍵をかける。

 ザミラが一度この状態になってしまうとふらりと何処へ行くか分からない。ホルンはザミラの頭を撫でながら、片手でさっさと窓の鍵を閉めて回る。

 

「兄上、一人では良く分からないです……。ザミラ姉上と踊ってみても良いですか?」


 あらかた鍵を閉め終わると、タイミングを見計らっていたのか一人生真面目に練習していたレオが恐る恐る口を開く。

 ダンスの先生やマナー講師、それにホルンにまで散々教えて貰ったと言うのに、それでも出来ないと言う事に負い目を感じているらしい。

 そして更にザミラに練習相手になって貰いたいと言うのだ。真剣に学びたい反面さすがに言いにくいだろう。

 レオはホルンの足元を見ながらもじもじと居たたまれなさそうにしている。


「だそうですザミラさん。でもザミラさんもダンスは王妃教育でやったきりであまり、ですよね……?」

「うーん……うん……」


 ホルンはザミラの頭を撫でながらレオの頭を撫で、どうしたものかとため息をつく。

 こんな時メルが居れば良いのだが、最近はアマデウス邸に居るのか王宮に居るのか、はたまた街を散策しているのか、イヴァンですら把握仕切れていない自由奔放っぷりを発揮しているらしく、すぐにメルを捕まえるのはほぼ不可能。

 他に身近な女性と言えば侍女だが、いくら側仕えの侍女と言えどダンスの出来るような者は居ない。

 あとは先王妃のイレーネだが、先日マナー講師から母親を相手に練習は嫌だと愚図られたと聞く。

 もう今にでも泣き出してしまいそうに唇を噛み締めるレオを、ホルンはザミラと二人纏めて抱えると、そのまますとんとソファに腰を下ろす。

 覚えにくいかも知れないが、横に立って一歩一歩一緒に踊れば、時間がかかるが分かるかも知れない。

 ホルンは机の上の書類と時計に視線を流し、あらかた頭の中で段取りすると、再び練習を始めようと立ち上がる。

 するとそれとほぼ同時に、思い切り何かが窓にぶつかる音がし、ザミラとレオは反射的に思い切りホルンにしがみつく。


「いってー……ホルーン、なんで鍵しめてんだー?」


 窓の外から弱々しく聞こえて来たのはイヴァンの声。

 音の正体が判明すると、ようやくザミラとレオはほっと肩を撫で下ろしホルンから離れる。


「すみませんイヴァンさ……。今申し訳ない気持ちに苛まれたのですが、元々窓から入って来る方が――」

「回り道面倒なんだよ。跳んだ方が早……って、なんでレオ泣いてんだよ。夫婦でいじめてたのか?」


 窓を開け出迎えたホルンに特に悪びれた様子も見せないイヴァンは、ソファの脇で泣きそうに佇むレオを見付けるや、当たり前に抱えあげる。

 いじめられた訳では無いと首を振るレオだったが、口を開けば泣き出してしまうのか、ぐっと唇を噛んだまま言葉を発しない。

 本気で二人がいじめたとは思っていないイヴァンだが、何があったか事の次第をザミラとホルンから聞く事にした。


「あーダンスなー。近々王宮でまた夜会があるんだったか。俺も親父にダンスがどうこう言われてたわ」

「えぇ、王宮の一部は一般開放してますからね。そこで貴族達が夜会をする事もありますから……」


 話を聞いたイヴァンだったが、予想通り興味があるのか無いのかいまいち分からない相づちを打ちながらククルパンを頬張っている。

 幸いイヴァンの軽い口調と雰囲気のお陰か、レオはまた真面目な表情でよたよたと自主練習を再開させていた。 


「なぁホルン、一回ザミラ使ってお手本見せてくれよ。ホルンならぽんこつザミラ相手でも踊れるだろ?」


 三人ソファに並び危なっかしいレオの足取りを眺めていると、何か思い出したようにイヴァンが口を開く。

 そしてそのままホルンの返事を聞く事無く、隣に座っていたザミラをホルンの膝の上にどんっと置く。

 未だに最初の衝撃の余韻が残っているザミラは、大人しくホルンの膝の上に座ったまま動かない。

 確かにイヴァンの言うとおり、一度しっかり踊っているところを見せた方が良いかも知れない。

 ホルンは答えるかわりに、ザミラの手を取り立ち上がると、そのままの流れで踊り出す。

 さすが王様さすがホルン。

 ザミラ相手でも軸がぶれず、狭い室内でソファや机に気を使いながら完璧に踊っている。

 それはぽんこつと称されたザミラでさえ、完璧に踊っているように見える程だった。


「よし、分かった。ありがとよホルン。ほらレオこっちこい。」


 何度か決まった動きを繰り返しホルンが踊っていると、突如イヴァンが立ち上がりレオの手を引く。


「イヴァンさん……?」

「レオ、俺の足の上に乗ってろよー」


 もう用は済んだとばかりにホルンとザミラをソファに追いやったイヴァンに、何事かとホルンが声を掛けると、イヴァンはレオの手をとったまま自身の足の上に立たせる。

 よたよたと不安定に立つレオに合わせ、イヴァンは出来るだけ屈むと、そのまま先程のホルンと同じ動きを始める。


「女役が居ないならこっちが女役やれば良いんだろ? 俺が足に乗せてさっきのザミラのマネをすればレオはホルンの動きになるかなって思って。男側は分かるけど女側は知らないからな、一回お手本を見せて貰った」

「何その馬鹿みたいな運動神経……今更だけど、本当に私達双子なのか不安になってくる」


 レオを足に乗せ完全に女側で踊ってみせるイヴァンに、さすがのザミラもホルンも絶句するしかない。

 長身なイヴァンが女側を踊っていることもあり、見た目はどうにも違和感しか無い光景だが、さすがに動きは完璧で、レオはみるみる笑顔になっていく。


「凄い! 凄いイヴァン兄上! ホルン兄上が言っていた事が凄く分かります!」


 そして本来飲み込みの早いレオは、みっちりホルンに教えられたあとの実践と言う事もあり、すぐに動きを理解するとイヴァンの足から降り、自分の足でステップを踏む。


「おー出来てる出来てる。あーでも、さすがにそろそろ腰が限界だー」


 楽しくイヴァンの手を引くレオだったが、中途半端に屈んだままだったイヴァンはさすがに限界で、ひょいっとレオを持ち上げるとそのままホルンの腕の中にぽいっと落とす。

 そして何事も無かったかのようにソファに横になるや、気持ち良さそうに思い切り伸びをしククルパンに手を伸ばし始める。

 

「ザミラ姉上! 中庭でダンスの練習に付き合って下さい! エスコートは任せて下さいね!」

「えっ!? うん、えっえー!?」


 呆然とするホルンの腕から元気に脱したレオは、興奮したまま早口にそう告げるや、ザミラの腕をとりぐいぐいと引っ張る。

 レオのあまりの勢いにザミラも返事を返す間もなく、手を引かれたまま小走りに執務室を跳び出して行ってしまった。


「さすが、あれ位の子どもは元気だなー。ホルンからザミラをとれるのなんてレオだけだろうな」


 寝そべったままククルパンを頬張っていたイヴァンは、二人が走り去っていった扉を眺めながらさも楽しそうに笑い声を漏らすと、そのまま窓辺により中庭に視線を落とす。

 少しするとレオとザミラが中庭まで駆け込んで来て、そのままの勢いでダンスの練習を再開させた。

 遠巻きに侍女達が何事かと二人の様子を伺っているが、状況を理解したのか一人また一人と笑みを浮かべると、そのまましばらく微笑ましい光景を眺めている。


「……実は、少しだけでしたがザミラさんと踊れて凄く嬉しかったんです。良い口実を作ってくれたレオに感謝です。良いものですね……夜にでももう一度練習と偽って誘ってみましょうか」


 イヴァンの隣に立ったホルンが、窓に手を添えながらぽつりと呟く。するとすぐさまイヴァンは腰をおりその場にしゃがみ込むと、耐えられないとばかりに声を上げて笑う。


「ははっ! なんだ新婚なのにそのむっつりスケベ。普通に【踊りたいです】って誘えば良いだろ。あいつも喜んで飛び込んでくるって。俺も今日はメルを捕まえるかな。あぁ、それとメルのドレスを新調しなきゃな。……楽しみだなぁ」

「えぇ、楽しみですね……」


 中庭で些か優雅さに欠けた踊りを披露する二人を眺めながら、ひっそりと幸せを噛み締める旦那様二人だった。

 そしてその頃、皆の前に姿を見せなかったメルは、ちゃっかりとイヴァンの服を新調していたのだった。

これでアップし忘れストックはお終いです!

また思い付いたら書きます!

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