幼馴染と私
アメリナは自分の名前を得てから世界ががらりと変わったのを感じていた。
まず、一人でいる事がほとんどなくなった。自分の部屋に戻るのは就寝時くらいで、それ以外の時間はゼフィルやヴィオールと一緒にいるのだ。食事をするのも勉強するのも訓練…は時々きついこともあったが、一人でないというだけで日々がとても楽しいものになっていった。
アメリナのちっぽけだった世界も大きく広がった。ヴィオールはアメリナにこの世界のことをはじめとした幅広い知識を教えてくれる。例えばこの世界には大小さまざまな国があって、その数は百を超えるというということだ。とはいっても海や山脈がセレスティア王国のある大陸を囲っているため、実際につながりがある国は五十にも満たないらしいが。
他にも剣術をはじめとした戦い方を教えてくれた。ヴィオール自身も専門は戦いのため、剣術をゼフィルやアメリナに叩きこんでいるときが一番生き生きとしていた。ただし訓練は非常に厳しく、最初の頃は訓練メニューの、体力をつけるための走り込みについていくのもやっとであった。アメリナは最近やっと剣を振る練習に入ることができた。
ヴィオール曰く、姫としての教養は教えてやることが出来ないらしいが、生き抜くための知恵は授けてくれるとのことだ。幼いアメリナにはその意味は分からないが、ヴィオールが自分に良くしてくれているといくことくらいは分かった。
何よりアメリナにとって一番変わったことは、友達が出来たことである。勿論ゼフィルのことだ。
ゼフィルはヴィオールの孫だ。非常に好奇心旺盛な少年で、王宮の中をアメリナを伴い探検することもしばしばある。彼は祖父と共に王宮の中にある小さな離れに暮らしている(ちなみにアメリナの勉強はそこで見てもらっている)。アメリナは一人でいた時代が長くどちらかというと口下手で話すことが苦手だが、ゼフィルはおしゃべりが好きなようで、口下手なアメリナにも根気強く話しかけてくれる。
後、根性があり負けず嫌いだ。絶対に走り込みも素振りもアメリナよりたくさん行うし、ヴィオールとの剣の打ち合いも絶対に勝てないと分かっていても何度も挑みに行く(そして返り討ちに会うまでが一連の流れである)。
アメリナにとってのゼフィルとの関係は、面白い人から幼馴染へと変化していた。
アメリナは今日も今日とてゼフィルと共に、兵士の訓練に混ざりながら自分たちの訓練メニューを消費していた。くたくたになりながらもヴィオールの「休憩!」の言葉にアメリナはゼフィルの側まで駆け寄った。最近は体力もついてきたためか、休憩時間にゼフィルとちょっとした話をする余裕もできていた。
「ゼフィル!わたし、きょうはじめてきゅうけいじかんまでに、すぶり50かいできたのよ!」
「ふ、あまいぜアメリナ。おれは100かいだ!」
「えー!またまけちゃった…。」
ゼフィルはアメリナに対して胸を張り、勝ち誇った笑みを浮かべる。アメリナはそれを聞き、心底悔しそうな表情をした。
ゼフィルはアメリナが王女だと分かってからも態度を変えることはなかった。アメリナもゼフィルが今までみたいに接してくれる方がうれしかったし、ヴィオールもゼフィルの態度がアメリナにとっていいものであると分かっていたから、この件に対しては何も言わないのである。実際、ゼフィルと仲良くなってからのアメリナは感情豊かになってきており、子供らしい年相応の表情をすることも増えている。
「あーあ。いつになったらわたしはゼフィルにかてるのかしら?」
「ふっふっふっ。そんなにかんたんにかさせないぜ。なんせおれは、じっちゃんみたいな『えいゆう』になるんだからな!」
「えっ?」
不貞腐れたようなアメリナを見て、ゼフィルは自分は『英雄』になると告げた。ゼフィルにとっては『英雄』という凄いものになるのだから、ここでアメリナに負けるわけにはいけないという気持であった。しかしそれを聞いたアメリナは、不思議なことを聞いてに素っ頓狂な声をあげた。
「ゼフィルは『えいゆう』になるの?」
「ああ!ぜったい『えいゆう』になるんだ!おれはじっちゃんみたいな『えいゆう』になるのがゆめだから。」
「ゆめ…?」
「ああ!『えいゆう』になるためにはすっごくつよくなくちゃならないんだ!おれは、だれよりもつよくなって『えいゆう』になるんだ!」
そういうとゼフィルは休憩時間が終わるまで、自分がどれだけヴィオールのような『英雄』に憧れているのかをアメリナに語り続けた。その話に相槌を打ちながらもアメリナは、ずっと心の中にもやもやしたものを抱いていた。それは訓練が再開してからも続き、集中力がないとヴィオールに叱られた。ヴィオールは相手が子供だろうと王女だろうと、訓練中は平等に扱っているのである。
その後もアメリナは何をしていても上の空で、ヴィオールとゼフィルから非常に心配された。
一日が終わり、アメリナは自分の寝床に入りながら考えていた。
(『ゆめ』ってなんだろう?)
アメリナはずっと抑圧された生活を送ってきたため、夢や希望というものが良く分かっていない。しかし同い年のゼフィルは、子供特有の稚拙なものとはいえ夢を持ち、未来について考えていた。このことにアメリナは強いショックを受けていた。
(わたし、なにかになりたいなんて、おもったことない…。)
『平凡王女』は誰にも見向きもされず、一生を終えるのだと思っていた。しかし今はそうではない。
「わたしにも、ゆめって、できるかな…?」
手元の掛布をギュッと握りしめながら呟いた言葉は、誰にも届かずに霧散して消えた。
これが『平凡王女』アメリナの、初めて手に入れた『未来への想い』であった。