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平凡王女の非凡な事情  作者: 有喜志寿実
☆私と王宮事情
2/7

影のような日々

 王女は侍女たちの休憩室の前を通り過ぎていく。王宮で働く事務員たちの横もこっそりと通り過ぎ、厨房に向かう。厨房に来ると王女はこそこそと食糧庫に向かっていく。食糧庫に入ると手直にあったパンと保存食のいくつかを、食糧庫の隅にあった小さめの麻袋に詰め込み厨房の料理人に見つからないように出て行く。昔見つかった時に「つまみ食いをするな!」と怒られてしまって以来、見つからないようにしようと決めて細心の注意を払うようになった。まあ、あの時は彼らが食事を持ってこなかったからこんなことをしたというまっとうな意見で黙り込むくらいの良心は残っていたようだが。

 王女は本来こんなことをしなくても普通に「ごはんください」と言えば何の問題もないはずなのだが、向こうが悪いのにこっちが頭を下げるのは嫌という変な意地と見栄からこんな行動を続けている。最近ではもっぱら人に気付かれないように動くというのが彼女のブームであり、彼女は彼女なりに全力で今の自分の人生を謳歌していた。




「いいきもち…。やっぱりたかいところでたべるごはんはおいしいなぁ!」

 王女は一人、気持ちいい風を受けながら食糧庫から無断拝借してきたパンをかじっていた。ここから下を見下ろすと小さい自分の国の王都が一望できる。

 彼女は基本的に忘れられている存在だあるためやることがなく暇なのだ。そのため日頃から王宮をぶらぶらとし、時間をつぶして一日を過ごしている。そんな中彼女はここを見つけてそれ以来ほぼ毎日ここに通い詰めている。さらに食事を忘れられた日はここでご飯を食べるのが今のお気に入りだ。


 王女の世界は狭い。彼女の世界にあるのは、人のうわさで聞いたことのあるだけの『家族』という存在と王宮の中にいる有象無象の人間たち、そしてこのお気に入りの場所から見える外の世界だけだ。何かがおかしい王女のこの世界に誰も正しいことを教えることはない。そのことを気に掛ける人間もこの城にはいないのだから。


 『平凡王女』に昔も今もそして未来も関係ない。この日々は変わることなく続くのだと思っている。






 彼女の意識が覚醒する。どうやら食事のあと少しだけ眠ってしまっていたらしい。天高く昇っていた太陽は少し傾いていた。しかしまだ空は青い時間だ。王女は大きく伸びをして再び景色を見る。

 鳥の飛んでいる姿が見え、鳴き声が聞こえる。雲ひとつない大空は澄み渡っており、ほっとした気持ちになっていく。そんないつもと変わらない穏やかな時間が流れていたはずであった。


「おお!ここたかくていいな!」


 突然誰かの声がした。王女は驚きその声の方向に顔を向ける。そこには自分と同じくらいの年の少年がいた。少年も自分以外に人がいたとは思っていなかったようで、目を丸くして王女を凝視していた。しかしここで王女はふと思う。


(わたしがここにいようといまいと、このこにはかんけいないよね…。)


 そう考えて王女は少年のことを気にしないことに決めた。彼女は少年に向けていた視線を再び外に向けてゆっくりとする。風が頬を撫でて気持ちがいい。そのままもう一度眠りの世界へ向かおうとした、のだが。


「なあ、おまえはここでなにしているんだ?」


 いきなり隣から声が聞こえて彼女は思わず驚いて少し腰を浮かせる。隣を見るとさっきの少年が王女の隣に腰を下ろすところだった。

「えっと…?」

「おれはな、『じっちゃん』についてきたのはいいけどすげーひまなんだ。だからこのしろをたんけんしているんだよ!」

「へ、へえ…。」

 王女の都合はお構いなしに話しかけてくる少年に対して彼女はどう対応していいかわからなかった。同い年くらいの子供と話した経験がないどころか、人と世間話をした経験が彼女にはなかった。


「おまえはなんで『とけいとう』にいるんだ?」


 そうここはこの国のシンボル『光の時計塔』と呼ばれる場所だった。太陽や月の光で今の時間を示す時計を持つ、この国の創設時から王宮の中にある古い時計台だ。ここには年に一度時計の点検をしに来るとき以外人が入らない場所である。ほとんど人が来ない『光の時計塔』は開放的で景色がよく、王女のお気に入りの場所であったのだ。

「えっと…。あの、その…。」

「こんなところにひとりでいるなんてかわってるな、おまえ。」

「そ、そうなの…?」

 少年は王女にどんどん質問をしてくる。人とあまり話さない彼女は緊張してうまく話せないが、少年は気にした様子もなく話しかけてくる。

「なあ、おまえなんていうんだ?」

「え…?」

「なまえだよ!なまえ!おれはゼフィルって言うんだ。おまえは?」

 そこで王女は困り果てた。名乗るといってもなんといえばいいのかわからないのだ。彼女に『名前』はない。そもそも彼女の中に名前という概念はないし、なくとも今まで困らなかった。誰も彼女の名前を呼ばないのだから。

「なんだよー。けちけちすんなよー。」

「そ、そんなこといわれても…。」

 彼女の困惑に気付くことなく少年―ゼフィルはなおも話を続ける。王女が困り果てたその時、ゼフィルは何かを思い出したように手を打った。

「やばい!そろそろもどらないと『じっちゃん』におこられる!」

 そう叫ぶとゼフィルは一目散に時計塔を降りようと階段に向かう。ゼフィルは降りようとした瞬間くるりと王女に向き直り、

「あしたもここにこいよ!ぜったいだぞ!」

 と言ってそのまま時計塔から出て行った。


「…なんだったの、あれ?」


 突然の出来事に呆然としていた王女はしばらくその場に立ち尽くしていた。しかし外を見ると、夕日が傾きそろそろ夜になるということを伝えていた。

「…わたしももどらなきゃ。」

 小さく呟いた後、王女も時計塔から降りて行った。






 その翌日、今日も暇を持て余していた王女は、昼から『光の時計塔』にやってきた。いつもと同じように階段を上り、てっぺんに着くと、


「よお!おそかったじゃん!」


 本当にゼフィルがいた。

「…こんにちは。」

「そんなところにつったってないで、こっちにこいよ!」

 そう言ってゼフィルは困惑していた王女を引っ張り、自分の隣に座るよう促した。

「きいてくれよー!きょう『じっちゃん』がさーめっちゃくちゃおにだったんだよー!」

「お、おに?」

「そっ。こーんなふうにめをつりあげて「すぶりなめてんのかー!」て…。めっちゃこわかったんだぞ!」

「へえ…。」

「あっ!しんじてないだろう!ほんとうなんだぞ!」

 ゼフィルは王女が気の利いた返しをしなくても気にせず話を続けていく。最初こそ困惑していただけの王女であったが、時間が経つにつれて徐々に話を聞く余裕が出来ていた。


「で、そのとき『じっちゃん』は「はしりこみをふやす!!」って…。おかげでへとへとだよ。」

「へえ…。でもその『じっちゃん』さんのきびしい『しゅぎょう』っていうものをやりきっているゼフィルってすごいのね!」

「まあ、そんなこともある。」

「ふふっ。」

 普通の子供のようなとりとめのない会話を王女は心の底から楽しいと思うようになった。

「お、そろそろかえらないと。」

「そう…。」

 楽しい時間が終わりを告げるような気がして、王女は少し残念に思った。

「そんなかおすんな!またあしたもここにくるから。」

「ほんとう?」

「おうよ!…じゃ、またあした!」

「うん。またね。」

 ゼフィルは明日も来ると言い残して去っていった。それがうれしくて王女は本人も知らぬうちに満面の笑みを浮かべていた。






 ゼフィルは『じっちゃん』の話を中心に自分の体験したことやちょっとした愚痴、昔話などの色々な話をした。王女はそんなゼフィルの話を聞く度に胸を躍らせてもっと話を聞きたいと思っていく。


 そんな日々が続いてひと月が経とうとしていた。






「よう!」

「こんにちは、ゼフィル。」

 今日も二人は『光の時計塔』で落ち合っていた。いつものように先に来ていたゼフィルの隣に王女は腰かけた。

「きょうはどんなはなしをしてくれるの?」

「そうだなぁ…。」

 王女の楽しそうな声に応えてゼフィルが話をしようとしたその時、


「なんじゃ訓練の後はここにおったのか、ゼフィル。」


 突如聞こえた老人の声に驚いて二人は声のした方を振り返る。振り向いた先には、老人にしてはやや高めの身長とがっしりとした体格のおじいさんが笑顔を浮かべて立っていた。

「えっと…、あなたは?」

 困惑している王女の横でゼフィルは驚いた顔をしていた。


「じっちゃん!どうしてここにいるんだ!?」


 ゼフィルの言葉に王女は非常に驚き、おじいさんは浮かべていた笑顔をさらに深めた。


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