6話 舐められた時に、既にゴングは鳴っている
「そうですね。栄養剤のようなタイプもあるらしいですし、東京の方々はそれで飢えを凌いでいるのかもしれません」
「何だそれ。もったいねぇ……
ともかく、俺は何か探して来るわ」
どこか物色するように前を歩き始めた颯馬を見る。
ラフィアは子供を見る母のように心配せずにはいられなかった。
「一人で出歩くのですか?」
「おう。アンタと一緒じゃ宗教団体様がついて来るかもしれねぇし、居心地悪いのは勘弁だ」
「もし悪魔と出会ったらどうするのですか?
離れすぎたら助けられませんよ」
少し突っぱねた言い方へと変えると、対抗するように颯馬はそっぽを向く。
「そこまで落ちてねぇよ。
自分一人だけならちゃんと逃げられる」
「ふむ、では今から一時間後にここへ戻って来てください。時間厳守。
来なかったらまた肘打ちしますからね」
颯馬は頭の後ろに両手を合わせながら、再びこちらへ向き直った。
「なぁ、気になっていたからこの際聞くが、アンタはどうしてそんなに俺に拘るんだ?」
言葉に詰まり、ラフィアの視線が泳ぐ。
到底隠せない感情が、表情に出ていた。
「そ、それは……、…………だから、です」
「何だって? 後半よく聞こえなかったぞ」
大袈裟に耳に手を当てて煽るのを見て、ラフィアはヤケクソ気味に声を荒げた。
「あー! 耳が悪いですね!
私のことを信仰でなく、一人の友人のように扱ってくれる貴重な方だから! ですよ!」
「お、おう……絶対最初より長いこと言ったろ。
まあでもいいさ。
何となくわかった、天使様はぞんざいに扱われるのがお好きだと」
「全然わかっていません。ほんと生意気なんですから」
もう知りません! と全身で表現しているラフィアを無視して、颯馬はポケットに手を突っ込んで離れていく。
「んじゃ俺は適当に飯食ってくるわ。そっちこそ、時間に遅れるなよ」
言葉は返さず、しっしっと手で払いながら早く行ってこいと合図する。
すると颯馬はすぐに人間離れした跳躍を何度か見せて、雑踏の中に消えていった。
その場で待つこと一時間を過ぎた頃、颯馬は約束の時刻になっても帰ってこなかった。
真っ先に悪魔を疑ったが、魔力放出特有の空の変化は無く、どこかで油を売っているのだろう。
「全く世話の焼ける」
耳に意識を集中して、颯馬の出す音を探す。
幸い歩く時の音がやや特徴的なため、判別は難しくないはずだ。
瞳を閉じると、靴の奏でる音よりも喧騒が先に耳へ伝わって来た。
どこかで揉め事でもしているのだろう。
切り替えて他の音を探そうとした時に、聞き慣れた声を喧騒の中から捉え、ラフィアは大きなため息をついた。
「本当に世話の焼ける子ですね」
純白の翼を広げて颯馬のいると思われる場所へと飛んでいく。
耳で捉えたとはいえラフィアの予想より遠い。
途中飛んでいる姿を数人に見られてしまったが、この際仕方ない。
ラフィアはそこまで颯馬の身を案じてはいなかったが、建物の影から見たやり取りは、予想に反して暴力の押し付け合いが始まろうとしていた。
みすぼらしい格好にはあまり似つかわしくないくらい筋肉が発達したスラムのリーダー格の男を筆頭に、取り巻きが五人いる。
囲まれるように颯馬の周りを固められている。先程別れた時に見せた跳躍力なら、すぐに相手を置き去りにできるはず。
だが、颯馬はそれをしなかった。
リーダー格の男が勝ち誇った声を上げながら、不敵に笑う。
「お前。表で天使様と一緒にいた奴だろ?
いやぁ、ついてるぜ。
今ここでお前を捕まえれば、交換条件で俺達は残りの人生をずっと遊んで暮らせる。
死なない程度に痛めつけるが、悪く思わないでくれよな?」
この男は天使の使者だろうが何だろうが、まとめて脅迫して金をむしり取ろうとしているらしい。
「ラフィアが俺にそこまで肩入れしてるわけねぇだろ。身体ばっかり鍛えて脳味噌まで筋肉になってんのか?」
「あ? お前さぁ……今のこの状況、ちゃんとわかってるのか?
俺達は全部で六人。お前は一人で武器だってない。
もっとちゃんとよく考えてから物を言えよ?
脳筋坊主」
チンピラ達が大声で笑い合っていると、颯馬が芯の通った声で一言だけ発した。
「失敗だな」
「そうだな! こんな大人数を一人で相手するのは失敗だったな!」
「あぁ! こんな少ない人数で俺を畳めると思った考えは、やはり失敗だったな!」
ラフィアは無意識で意識を集中し、颯馬の超人的な動きに目を奪われていた。
取り巻きを顎、腹への掌打を叩き込み二人同時に戦闘不能。
すぐにサバイバルナイフを持って切り掛かってくる相手を三度避けてから、左手で相手のナイフを持つ手首をアッサリと捕まえる。
「このガキッ!」
殴りかかってくるのを身を屈めて避け、引き絞られて寄せられた腕と反対の右手で、額から派手な音を立てて壁まで飛ばす。
およそデコピンとは思えない威力で、まるで針に刺されたように皮膚が削れて血が滴る。
ラフィアはまだじっと見ているのみ。
確実に加減している攻撃に、颯馬の人間性を感じ取っていたから。
残り二人の取り巻きは颯馬に目線で制されて、一歩、二歩と後ずさる。
情けない子分に苛立ちながら、肩と首を鳴らしながら前に出る。
「少しはやるようだが、そこまでだ」
構えから何かしらの武術の心得があるのが見て取れる。
大柄な身体からは想像がつかないほど身軽に、何度かジャンプを繰り返してから地面を蹴って一気に肉薄してくる。
「もういいわ。お前を殺してから、服でも何でも天使様に見せびらかすとするぜ」
前進の慣性に合わせるように右のフックを繰り出し、正確に顎を捉えるように見えたが、颯馬も左腕でガードを取る。
一瞬ラフィアが介入しようと身を乗り出す。
颯馬が男のフックを弾くように払い、態勢を崩した後に腹を二発殴り、重い攻撃が入る。
「て、てめぇ……!」
瞬間、鋭い回し蹴りが自分の身長よりも高い男の側頭部を完璧に捉え、廃墟と化している建物の壁面を突き破った。
残る二人の取り巻きはリーダーの男がアッサリと倒されたことで、回れ右をして全力で敗走した。
「やべ、やりすぎたか……?」
「はい。やり過ぎです」
「げっ、見てたのかよ」
ゆっくりと近づくラフィアは、倒された四人に回復魔法をかけて、意識がまだ戻らないゴロツキ達を等しく慈愛の瞳で見つめていた。
「あなたは確かに手加減をしていたようですけど、最後の一人はやり過ぎています」
「俺を捕まえてからアンタに突き出して、金を取ろうって考えてたんだ。これくらいやっても罰は当たらないだろ」
「あら、神を信仰しているのですか?」
ラフィアが意外そうに目を丸くする。
「まさか。俺は神なんざ信じてないが、事実天使のアンタがいる。
俺に罰を与えるならアンタからだろうが、そのアンタを守った事実がある。
むしろ祝福をくれたっていいはずだ」
得意そうに笑い、片手をラフィアに差し出すと予想通り手で叩かれた。
「こら、調子に乗らない」
「いてっ! 力強いなアンタ!」
「それはそうですよ。天使ですから」
手を払われてから、すぐにつねられた頬をさすりながら、文句を言っているがラフィアは知らん顔。
どうやらここはスラムと都市部の中間のようで、娯楽に飢えた者がボディーガードを連れてくる程の飲食店が何軒かあるようだ。
「何が食べたいですか?」
「奢り? マジかよ! 数日ぶりの飯だからなー! 何にするかなー!」
「ふふ」
「なんだよ、ガキみたいにからかってるのか?」
少しだけ店の方向を見て颯馬が視線を逸らす。
「いいえ、あなたの別の一面が見れたようで、少し嬉しくなっただけです。
お金なら任せて下さい。こう見えて私」
「天使ですから?」
「その通りです。
年頃なんですから、お腹いっぱい食べて下さい。遠慮は要りませんよ?」
颯馬がラフィアの言質を取ってニヤッと笑う。
「言ったな、本当に遠慮しないぞ」
店を決めた二人が向かう時は、くっつかなくとも少しだけ近い距離感で、足取りは軽く店の扉を開く。
遠慮なく中華料理を食べる颯馬を見て、ラフィアは微笑ましく見ていた。
昼下がり、店を出てどこか泊まれるところを探すことになったが、そこで待ち受けていたのはラボを出る時に見た白い装束の人だかり。
「ラフィア様。お迎えに上がりました」




