6話 舐められた時に、既にゴングは鳴っている
「本当に世話の焼ける子ですね」
純白の翼を広げて颯馬のいると思われる場所へと飛んでいく。
耳で捉えたとはいえラフィアの予想より遠い。
途中飛んでいる姿を数人の人間達に見られてしまったが、この際仕方ない。
逃げ足の速さなら問題なく相手を撒けるはず。
ラフィアはそこまで颯馬の身を案じてはいなかったが、建物の影から見たやり取りは、予想に反して暴力の押し付け合いが始まろうとしていた。
みすぼらしい格好にはあまり似つかわしくないくらい筋肉が発達したスラムのリーダー格の男を筆頭に、取り巻きが五人いる。
囲まれるように颯馬の周りを固められている。先程別れた時に見せた跳躍力なら、すぐに相手を置き去りにできる。
だが、颯馬はそれをしなかった。
リーダー格の男が勝ち誇った声を上げながら、不敵に笑う。
「お前。表で天使様と一緒にいた奴だろ?
いやぁ、ついてるぜ。
今ここでお前を捕まえれば、交換条件で俺達は残りの人生をずっと遊んで暮らせる。
死なない程度に痛めつけるが、悪く思わないでくれよな?」
「ラフィアが俺にそこまで肩入れしてるわけねぇだろ。身体ばっかり鍛えて脳味噌まで筋肉になってんのか?」
「あ? お前さぁ……今のこの状況、ちゃんとわかってるのか?
俺達は全部で六人。お前は一人で武器だってない。
それに加えて吹けば飛ぶような細い身体で、俺達の相手なんて出来るわけないだろ?
もっとちゃんとよく考えてから物を言えよ?
脳筋坊主」
チンピラ達が大声で笑い合っていると、颯馬が芯の通った声で一言だけ発した。
「失敗だな」
「そうだな! こんな大人数を一人で相手するのは失敗だったな!」
「あぁ! こんな少ない人数で俺を畳めると思った考えは、やはり失敗だったな!」
ラフィアは無意識で意識を集中し、颯馬の超人的な動きに目を奪われていた。
取り巻きを顎、腹への掌打で二人同時に戦闘不能。
すぐにサバイバルナイフを持って切り掛かってくる相手を三度避けてから、左手で相手のナイフを持つ手首をアッサリと捕まえる。
「このガキッ!」
殴りかかってくるのを身を屈めて避け、引き絞られて寄せられた腕と反対の右手で、額から派手な音を立てて壁まで飛ばす。
およそデコピンとは思えない威力で、まるで針に刺されたように皮膚が削れて血が滴る。
ラフィアはまだじっと見ているのみ。
確実に加減している攻撃に、颯馬の人間性を感じ取っていたからだ。
残り二人の取り巻きは颯馬に目線で制されて、一歩、二歩と後ずさる。
情けない子分に苛立ちながら、肩と首を鳴らしながら前に出る。
「少しはやるようだが、そこまでだ」
構えから何かしらの武術の心得があるのが見て取れる。
大柄な身体からは想像がつかないほど身軽に、何度かジャンプを繰り返してから地面を蹴って一気に肉薄する。
「もういいわ、お前はここで死ね」
前進の慣性に合わせるように右のフックを繰り出し、正確に顎を捉えるように見えたが、颯馬も左腕でガードを取る。
一瞬ラフィアが介入しようと身を乗り出したが、フックの腕を弾くように払って、体制を崩した男の腹を二発殴り、颯馬の重い攻撃が入り更によろけた。
瞬間、鋭い回し蹴りが自分の身長よりも高い男の側頭を完璧に捉え、廃墟と化している建物の壁面を突き破る。
残る二人の取り巻きはリーダーの男がアッサリと倒されたことで、回れ右をして全力で敗走した。
「やべ、やりすぎたか……?」
「はい。やり過ぎです」
「げっ、見てたのかよ」
ゆっくりと近づくラフィアは、倒された四人に回復魔法をかけて意識がまだ戻らないゴロツキ達を等しく慈愛の瞳で見つめていた。
「あなたは確かに手加減をしていたようですけど、最後の一人はやり過ぎています」
「俺を捕まえてからアンタに突き出して、金を取ろうって考えたようだからな。これくらいやっても罰は当たらないだろ」
「あら、神を信仰しているのですか?」
「まさか。俺は神なんざ信じてないが、事実天使のアンタがいる。
俺に罰を与えるならアンタからだろうが、そのアンタを守った事実には変わらない。
むしろ祝福をくれたっていいはずだ」
「こら、調子に乗らない」
「いてっ! 力強いなアンタ!」
「それはそうですよ。天使ですから」
つねった頬をさすりながら、颯馬が文句を言っているがラフィアは知らん顔。
どうやらここはスラムと都市部の中間のようで、娯楽に飢えた者がボディーガードを連れてくる程の飲食店が何軒かあるようだ。
「何が食べたいですか?」
「奢り? マジかよ! 数日ぶりの飯だからなー! 何にするかなー!」
「ふふ」
「なんだよ、ガキみたいにからかってるのか?」
「いいえ、あなたの別の一面が見れたようで、少し嬉しくなっただけです。
お金なら任せて下さい。こう見えて私」
「天使ですから?」
「その通りです。
年頃なんですから、お腹いっぱい食べて下さい。遠慮は要りませんよ?」
「言ったな、本当に遠慮しないぞ」
店を決めた二人が向かう時は、くっつかなくとも少しだけ近い距離感で、足取りは軽く店の扉を開いた。




