3話 天使の本気は悪魔を斬る
ラフィアは今、この名も知らぬ少年に救われようとしていた。
だが、一度助けた少女がどうなったのか気になる。理解していても、尋ねずにはいられなかった。
「あの時の少女は……どうなりましたか?」
「俺が知るかよ。
狙いはアンタに変わってたんだ。よっぽどバカじゃなけりゃ助かってるだろ」
(響いていた少女の笑い声……あれはきっと……)
不安になる気持ちをこの少年はわかっていて、敢えて大丈夫だと言ってくれている。
気遣いにも似た言葉に、ラフィアは気づいていた。
「あなたは不思議ですね。
まるで私と同じ立場で話しているようで、およそ人の子とは思えません」
「俺は人間だろうが天使だろうが、誰にも合わせるつもりはねぇよ」
「そうですか」
夜は寒い。
話し始めてから空は星明かりに包まれ、焚き火の光がパチパチと光り瞳を照らす。
ラフィアの心に、再び力が戻っていく。
しばらく無言の時間が続き、再びラフィアが口を開いた。
「あなたの名前は?」
「そんなこと知ってどうする」
「いいから、答えて下さい」
「颯馬、葉山颯馬。
そんなこと聞いて何になるんだ」
「私はラフィア。よろしくお願いしますね。颯馬」
「変なやつ」
なぜか自然と笑みが溢れる。
そうしてラフィアは初めて会ったばかりの少年。颯馬と森の中で夜を明かす。
「さっさと寝ろよ」
「あなたこそ。天使は人間と違って数日眠らなくてもパフォーマンスが落ちませんので」
「便利な身体だな。んじゃ俺は寝るわ」
すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
変異体の悪魔はまだ近くにいるはず。今度こそ、私が颯馬を守らなければ。
颯馬が朝、目を覚ます。
うっかり隣で横になっているラフィアと目が合った。
「おはようございます。颯馬」
「本当に寝てなかったのか?」
「ええ、悪魔の気配は未だ健在ですから。私が眠るわけにはいきません。
逆にこの非常時によく安心して寝られますね。
随分と呑気な子です」
口元に手をやりながら少しだけ笑うラフィアを見て、颯馬は顔を逸らして反論する。
「非常時なんていつものことだろ」
「そうなのですか? 日本は悪魔がさほど発生していないはずですが」
「そんなことはどうでもいいさ。んで、あのデカブツはどうするんだ?」
急な話題転換に多少の疑問はあったが、上体を起こし切り替えて颯馬へ自らの決意を口にする。
「倒します。あの変異体とも呼べる悪魔は危険極まりない。
野放しにしておけば、比較的安全圏の日本でも、今後地獄になってしまいますから」
颯馬が顔だけラフィアに向けて話しかける。
「そうか。乗りかかった船だ。
最後まで付き合ってやるよ」
「ダメです。いくらあなたが人間離れした身体能力を持っていても、厳しい相手です。
変異体でなければあなた一人で何とかできるかもしれませんが、今回はそうはいかない。
私が戦っているところを見届けて下さい」
「あーはいはい。わかったわかった」
何故かあっさり颯馬は引き下がるが、これでいい。
本来、人間は悪魔から逃げて何とか生き延びるもの。
魔力を持たない人間の打撃や武器、火薬や爆発物を用いた攻撃は、衝撃で吹き飛ばすことは出来てもダメージは受け付けない。
そのため人類は百年前に大規模な連合軍を編成し、ゾルダートの集中地帯である米国やヨーロッパを奪還しようとしたが、核を使った大爆発を伴っても成果は変わらず。
そこで人類の抵抗は終焉を迎える。
悪魔という死が襲いかかってこないように、日々慎ましく生きるのが常識となっていた。
寂れた公園にはブランコが悲しげにキィキィと風に揺られ、娯楽施設は軒並み閉店。
最低限必要な店。つまり衣食住を整えるための店がポツポツと点在するのみ。
政府機能は生きているとはいえ、ほぼ効力を持たない麻痺状態。
法外な取引で食料を売る店なども珍しくない。
「では、私はあの悪魔を討ち取ってきます。くれぐれもあなたは出てこないようにお願いします」
「アンタが死にかけた時は、俺一人でオサラバしてやるさ」
負けた時の想定をされて多少ムッとする。
「本当に颯馬は生意気です。それに私のことはラフィアと呼んでください」
「アンタは『アンタ』で十分だ。さっさと倒してくれると助かるね。こっちにも生活がかかってるもんで」
「ほんと生意気なんですから。終わった後はその態度、改めてもらいますから」
颯馬はヒラヒラと無言で手を振り、大きな木の上に跳躍して登り、木漏れ日に当たりながら今度は昼寝を始める。
さっさと行け、ということだろうか。
ラフィアが悪魔の魔力反応の下へ戻ると、そこには自分で破壊した瓦礫に座った姿でジッとしている。
まるで戻ってくるのを待っていたかのように、ラフィアを視認してからゆっくりと立ち上がった。
「悪魔かどうかも怪しいですね。
あなたからは知性を感じます」
ラフィアの言葉とは裏腹に、悪魔は甲高い声を響かせてわかりやすく敵意を剥き出しにする。
鼓膜を叩いた声を聞いて、ますます怪訝な表情を浮かべつつ、疑いの念が強くなる。
(私の言葉を聞いて、普段上げない声をあえて出している?
つまり、言葉を理解している……?)
魔力を手に集中し、再び魔力光で作った片手剣を今度は二本同時に顕現させる。
「今度は初めから全力で行かせて頂きます」
返事はない。
だが、相手が言葉を理解している可能性を考えて、こちらも口にすることで揺さぶりをかける。
ラフィアが純白の翼を羽ばたかせ、体勢を低くして構えを取る。
悪魔もまた、再生した腕を含めた両手を前に向けて、迎撃の態勢を取った。
純白の翼を羽ばたかせ、赤いハーフロングの髪が強くなびく。
牽制の意を込めて、出現させた二本の剣を悪魔の弱点である顔面に投げつける。
まるで人型とは思えないほど肥大化した両腕は、人型と呼ぶには歪な大きさまで膨れ上がっている。
悪魔は、巨大な腕で顔面をガードして攻撃を防いだ。
突き刺さった魔力光が腕から徐々に吸収されていき、腕が肥大化する。
(自らの弱点も理解していますね。
そして下手な魔力攻撃は吸収されて相手を強くするのみ)
ならばどうするか。
魔力の吸収前に頭部を完全に落とす必要がある。
傷を再生させ、知性を持ち、そして戦闘技術もある程度感じさせる動きを見せる相手は、ラフィア自身初めての経験。
突っ込んだ身体を急停止させ、手から今度は大太刀の形状をした魔力光を出現させる。
魔力運用効率を高めようと、全身を包み隠せるほど大きな翼へ意識を向けた。
足に意識を集中すると、白い輝きで噴き上がるように魔力が溢れる。
少女を掴んだ腕を落とした時とはまるで別次元の速さで、変異体の悪魔の首を一刀の下に斬り伏せた。
だが、切断した時の感触に違和感を覚える。
(この異様な強度は一体……)
バラバラと崩れ落ちる中に、欠片ほどの悪魔の石。通称魔石が深い青色の輝きを放ちながら地面に転がっている。
本当は触りたくもない魔石を拾い上げ、少し苦い顔をする。
ラフィアは気持ちを切り替えて、物陰で見ているであろう颯馬へ声をかける。
「もう出てきていいですよ」
「やっぱりアンタ。人間じゃないんだな」
「見ればわかるでしょう」
翼へ視線を飛ばすと、肩をすくめて颯馬が
「それもそうか」
と呆れ笑いを返して、変異体の悪魔討伐は幕を下ろした。
ラフィアは魔石を見ながら、ある決心をする。
東京の研究機関へ行けば、この変異体から回収した魔石から何かしらの糸口が見えてくるかもしれない。
これはラフィアにとって希望だ。
「私はこれから東京の研究機関に向かいます」
「そうか。んじゃ達者でな」
「何言ってるんですか。あなたも来るんですよ」
「はぁ!? 行くわけねぇだろあんなゴミ溜めみたいな街なんざ。
それにアンタ、もう戦いはしたくなさそうにしてたじゃねぇか!」




