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1話 千年の無駄足

 挿絵(By みてみん)


 世界の崩壊。天変地異や毒物の蔓延とは違い、ラフィアが出向くのはもっと重大な、人類の存続に危機が訪れた時。


 天使ラフィアはあらゆる手を尽くした。

 不穏分子の排除、特に食料品や社会インフラを脅かす悪魔ゾルダートがどこからともなく現れた時には、それを排除する。


「私ならもう少し上手く出来たはずなのに」


 誰もいない海辺の先にある砂浜で一人佇む。

 荒んでしまった心のささくれは、抜き取るのは簡単だがヒリヒリとした痛みを返してくる。


 もう嫌だ。止まってしまいたい。

 諦観とともに、ただ穏やかに流れていく短い平和を謳歌していたい。


 鳴いているウミネコの声は、まるで諦めてしまったラフィアを嗤っているようにも聞こえた。


 ぐちゃぐちゃと感情が洗濯機にでも突っ込まれたかのような、吐き気を催す後悔。

 既にもうどうにもならない現実が、ラフィアを追い詰めた。


 ボーっと水平線の向こう側を眺めていると、釣り竿を持った老人が覗き込んで声をかけてくる。


「嬢ちゃん。こんな昼間から一人でどうした?」


「いえ、お構いなく」


「そういうわけにもいかない。悪魔ゾルダートが少ない国とはいえ、一人で出歩くのは感心しない。早くお家に帰んな」


「私は大丈夫ですよ。それよりも、そんな竿で悪魔ゾルダートと戦うつもりですか。

 あなたこそすぐに殺されてしまいそうです」


「俺はもうジジイだからな。

『崩壊』が始まってから、えーっと、何年だっけか?」


「もう千年です」


「そうだ。千年前のご先祖様からずっと続いた世界で、絶やさずに俺の代まで繋いでくれた。

 ともかくよぉ、もう今世に後悔なんてないのさ。

 やりたいことや次に繋げることはもうやった。

 後は天寿を全うするか悪魔ゾルダートに食われるかくらいさ」


「随分と良い人生を送られていたようで何よりです」


「何言ってんだ。嬢ちゃんはまだまだこれからじゃねぇか」


「まだまだこれから、ですか」


 気分が悪くなったラフィアはその場を去ろうと立ち上がる。

 付いた砂を叩いて空へと飛び立ち、その場を後にする。


「嬢ちゃん。あんたまさか……

 こりゃ、とんでもねぇ失礼をしちまったかもな……」


 老人の声はもう、純白の翼を広げて飛び去ったラフィアには届いていなかった。





「私だって今までずっと頑張ってきた。それなのに……まだこれから? ふざけるな」


 世界の被害状況から島国の日本は他国と比較して悪魔ゾルダートの発生はそこまで高くはない。


 だからこそラフィアはここまで逃げるように生活拠点を移して、少しでも苦しむ人々を視界に入れないようにしていた。


 きっと今もどこかで……苦しみに耐えかねている人も少なからずいるだろう。


 それでも、ラフィアはもう諦めた。


 この世界は千年前の崩壊現象と呼ばれる、突如として現れた悪魔ゾルダートの大群。

 火山や海、果ては空からも現れ、人類の総数は崩壊前から10%以下にまで減らされてしまった。


 ラフィアがこの世界の修正を任されてから、約千年間。未だに天界からの音沙汰は全くと言っていいほどない。


 既に修正不可能なレベル付近にまで来て、担当天使もこの体たらく。


 ラフィアを見ているはずの天界から、強制帰還命令が出てもおかしくないはず。

 だが、本人の意思で天界の門を潜ることは許されず、未だに現世に囚われ続けている。


 千年前と比べれば、生活水準は劇的に上がった。生活は豊かになった。

 だが、それはいつ死んでも構わないように、人類が必死に抵抗を続けた証だ。


 死が身近に待っている人間ならではの防衛本能は、ラフィアにはなかった感性だ。

 天使とは深い外傷を負わなければ寿命で死ぬことはない。


「私だって助けたい。仕事だからじゃなく、純粋にこの世界の人達の生活を、幸せを。

 守ってあげたかった」


 誰に言うわけでもない独白は、一筋の雫となって目から頬を伝い流れ落ちた。


 その時、水平線の彼方の空が紫色にじわじわと染まり始め、悪魔ゾルダートの再来を告げる。


「会いたくなかったのに、容赦なく現れるんですから」


 自問自答を繰り返しながらラフィアは紫色の空を目指す。

 最悪の芽を摘むために飛翔速度を上げ、発生源と思われる魔力の渦の中心点に向かった。


 街が見えてくる。

 既に黒煙があちこちから上がっているため、場所の特定は容易だった。


 高度を落として魔力の元へ降り立つと、そこには既に何人か死体が転がっている。

 シャッターは凹み、電柱は斜めに傾き、悪魔ゾルダートが暴れた後だと窺える。


 そんな生存者がいるかわからない絶望的な状況の中、ラフィアは見慣れていたはずの死体を見てキュッと唇を噛み締めた。


 自分の中にまだ心が生きていたことを自覚し、多少ゲンナリしながら周りを確認する。


 聴覚に意識を集中すると、悲鳴を上げて逃げている人の声が鮮明に聞こえるようになる。


 天使は感覚操作という特技を持って生まれる。

 それを強めるのか、弱めるのかは本人次第。


 ラフィアはなるべく外界の刺激を受け取らないように、普段から感覚を可能な限り狭めている。だが、今回のように悪魔ゾルダートが現れた時に限り感覚を開く。


 この感覚強化は何度やっても苦痛でしかない。

 転がっていた死体を見てから感覚を広げると、より鮮明に声が聞こえる気がしたから。


「お母さん……お母さん……!

 助けて、嫌だ……来ないで」

まずは本作品をお手に取って頂きありがとうございます。続きが気になったからブクマをしてお待ち頂けたらと思います。


果たしてラフィアは立ち直ることが出来るのか、過去に何があったのかを見届けて頂けると嬉しいです。


10万字くらいの長編作品を予定していて、ネトコンに参加します。


よろしければ応援の程、お願い致します!

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 千年の努力が実を結ばず苦しむ、天使ラフィアの描写が人間味があって好きです。……まぁ、千年なんて途方もない努力をした方に人間味なんて、失礼かも知れませんが…それでも共感してしまう良いキ…
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