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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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次話、6章ラストです。

 選抜戦5日目、深夜。

 男子寮の一室。

 窓から差し込む青白い月明かりだけが、消灯された部屋を微かに照らしている。

 先程までの学食の賑やかさが嘘のような、絶対的な静寂。

 ベッドの上に胡座をかいたシオンは、重い溜息を吐き出しながら、自分の足元――色濃く落ちた『影』を見つめていた。


「……ディアナ」

 

 シオンが静かに呼びかける。


『ええ。いるわよ、シオン』


 返事は、声ではなく現象として現れた。

 影の中からふわりと金色の粒子が舞い上がり、それは月明かりよりも鮮烈に部屋を照らし出し、やがて優雅な曲線を描いて一匹の美しい猫の姿を象る。

 主のただならぬ気配を察したのか、普段の気まぐれな態度は鳴りを潜め、その金色の瞳は真っ直ぐにシオンを見据えていた。


 シオンのいつもとは違う、低く真剣な口調が、夜の空気をピンと張り詰めさせる。


「聞きたいことは、言わなくてもわかるだろ?」

 

『ええ、あの女のことね。もう気づいていると思うけど……彼女もシオンと同じ。とは少し違うけれど、少なくとも精霊使いではないわ』


「……だろうな」

 

 シオンは短く同意した。

 

「普通の精霊の魔力を感じなかった。上手く隠蔽しているだけだと思ったが……ああも露骨に僕に向けたアピールをされれば、流石に気づく。あの氷魔術は、お前のソレと同じ理屈なのか?」


『そうね。原理は同じだけど、細かくは違うわ。あの氷の魔術は【本体】から直接出力されているものよ。要するに、私のような【概念体】ではないということね』


 シオンは少し顔を顰めた。

 それは、【本体】と【概念体】、その言葉が示す意味の重さを嫌でも理解してしまったからに他ならない。


「……おい。この学院に、お前らみたいな化け物の【本体】がいるとしたら、やばいんじゃないのか?」

 

『ふふっ。本当にやばい存在が本体のまま現界していたら、この世界はとっくに崩壊しているわよ。そもそも、私たちがこの世界に完全な姿で降り立つことなんてできない。それこそ、足をついた時点で世界が砕け散ってしまうもの』


「お前も大概やばいけどな。……じゃあ、あいつは何なんだ。あいつが僕たちに気づいたとして、その目的はなんだと思う?」


『そんなの、決まってるじゃない』

「……決まってる?」


 シオンの眉間に深い皺が寄る。

 それを意に介さず、ディアナは甘く、けれどどこか冷ややかな、上位存在としての絶対的なプライドを滲ませた声で紡いだ。


『彼女が使役しているのは【使徒ディサイプル】よ。そして、使徒の役割はただ一つ。――王に仕えること。あなたのことよ、シオン』


「……使徒、だって?」

 

 ディアナとはそれなりに付き合いが長いシオンでも、初めて聞く単語だった。

 だが、それが何を意味するかは、本能が警鐘を鳴らすように理解できた。


『シオン自身の異常性に気づいたというよりは、私と一緒にいるシオンが、私たちの【王】であることに本能で気づいたって感じかしら。だからあんな、いじらしいアピールをしてきたのよ。……近いうちに必ず接触してくるとは思うわ。非常に遺憾だけれど』

 

 ディアナの尻尾が、不機嫌そうにパタンと床を叩く。


「その【王】だなんだって、まだ言ってるのか。学院に入学してからは大人しかったのに……いいか、絶対にみんなの前では変なこと言うなよ?」

 

『今も昔も変わらないわ。あなたは私たちの【王】よ。この瞬間だって、私も私以外のあの子たちも、今すぐにでもあなたに会いたくてうずうずしているんだから』


「怖いこと言うな。絶対に出してやらないからな」

 

 シオンは本気で背筋を凍らせながら吐き捨てた。

 ディアナだけでも規格外なのに、これと同等、あるいはそれ以上の存在がまだいるという事実。


『……冗談よ』

 

 ディアナはふわりとシオンの膝に飛び乗ると、その喉を鳴らした。

 

『でも、あの小娘は必ず接触してくる。しかも、シオンが【王】だとわかっていながらね。だから、あなたがこれからもそのちっぽけな「平和」を望むなら、上手くやりなさいよ』


「……まぁ、いいや」

 

 シオンは天井を仰ぎ、深く、長く息を吐き出した。

 

「お前のその感じだと、遅かれ早かれ巻き込まれるんだろ? だったら、いっそ気にせずにいつも通りで十分だ。僕はただの、目立たない一般生徒。それでいい」


 それは、ただの強がりか、それとも運命に対するささやかな抵抗か。

 決意を新たにするシオンの膝の上で、金色目の黒猫はただ静かに、すべてを見透かすように目を細めていた。


 




「参りました」


「は?」


「おめでとうシオンくん。1年生で本戦出場なんて快挙だよ」


 選抜戦6日目、Fグループ最終戦。

 開始の合図が鳴った直後、対戦相手であるエドは、杖を構えるどころかニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべ、あっさりと右手を挙げてみせた。

 あまりにも清々しい降伏宣言に、審判でさえ「えっ、あ、はい?」と間の抜けた声を漏らし、数秒遅れてハッと我に返る。


「そ、そこまで! エド選手の棄権により、勝者、シオン!」


 わぁぁぁぁぁっ!!

 会場が、新たな「1年生のダークホース」の誕生に大きく沸き返る。


 だが、その歓声の中心で、シオンは石像のように固まっていた。

 彼の脳内では、昨晩から徹夜で練り上げた『いかにして自然に、かつ相手を引き立てつつ華麗に敗北するか』という何十通りものシミュレーションが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 ――先に降参するつもりだったのに。

 ――開始直後に「腹が痛い」とでも言って倒れようと思っていたのに!


「じゃ、ボクはこれで。本戦も応援してるからねー」

「ま、待て! お前、プライドとかないのか!? ここは意地でも戦うところだろ!」

 

「ないない。君みたいに何もしなくても上級生を圧倒できちゃう化け物相手に、痛い思いしてまで戦う理由がないもん。ボクは平穏第一主義だからね」

 

「僕だってそうだ!!」


 シオンの血を吐くような叫びは、エドののんきな足取りと、無情な歓声にかき消された。


 かくして。

 シオンの「目立たず、平和裏に負ける」というささやかな願いは完全に打ち砕かれ、彼はFグループを全勝で突破。

 不本意の極みとも言える、選抜戦『本戦』への出場切符を強制的に手にしてしまったのである。


「あーあ。見事な勝ちっぷりやったな、シオン先生」

 

 観客席では、ナギがお腹を抱えて爆笑していた。

 

 

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