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すみません。87話抜けてました。
追加しているのでよろしくお願いします
選抜戦5日目の夜。
各グループの予選通過者が次々と確定していく中、夕食時の学食はいつにも増して生徒たちの熱気と喧騒に包まれていた。
今日の話題は主に二つ。アリア・フェンリズの圧倒的な王者の蹂躙劇と、シュナが見せた理解不能な氷の絶対領域についてだ。
そんな喧騒の中、いつもの定位置となっているテーブル席では、シオンが深々とため息を吐きながらテーブルに突っ伏していた。
「で? 明日はいよいよFグループの最終戦やけど、シオン先生はどんな『負け方』を見せてくれるん?」
向かいの席から、ナギがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらフォークでシオンを指した。
「……やめてくれ。胃が痛い」
「やめへんよ! あんな一歩も動かずに上級生の心へし折るような勝ち方しといて、どの口が『目立ちたくない』とか言うとるんや。明日のエド戦も、どうせまた何もしないまま相手が吹っ飛ぶんやろ?」
「だからあれは事故だって言ってるだろ……!」
顔を上げたシオンの悲痛な叫びに、隣でコーヒーを飲んでいたエルドが肩をすくめた。
「事故で2年生の上位ランカーが白目剥いて倒れるなら、誰も苦労はしないさ。……まあ、明日のエドには悪いが、お前が首位通過するのはもう誰の目にも明らかだ。せいぜい怪我だけはさせないように頑張れよ、シオン」
「エルドまで煽るな! 僕の味方はいないのか!」
「味方というか……第三者として申し上げますと、シオン君の魔術式はやはり異常です」
ミナが分厚いノートを開き、眼鏡をクイッと押し上げた。
「今日のシュナ先輩の試合、見ましたよね? あれは明らかにシオン君の現象を氷で再現していました。つまり、あの氷の魔女ですらシオン君の力に注目しているということです。これはもう、隠れ潜むのは不可能かと」
「うぐっ……」
ミナの容赦ない、しかし的確すぎる分析に、シオンは再びテーブルへと沈没した。
シュナが退場間際に見せた、あの雪解けのような微笑み。思い出すだけで背筋に冷たい汗が流れる。
「――ちょっと、私のいないところで楽しそうに盛り上がらないでよね!」
その時、賑やかな学食に、少しばかり不機嫌そうな、けれど聞き慣れた元気な声が響いた。
声の方を振り向いたシオンたちは、一斉に目を丸くする。
「アリス!?」
「お前、もう出歩いて平気なのか!?」
そこには、車椅子に乗ったアリス・フェンリズの姿があった。その後ろで、車椅子のグリップを握って優しく微笑んでいるのはアリアだ。
「平気じゃないわよ。本当は自分の足で歩きたいのに、体が鉛みたいに重くて指先一つ動かないんだから!」
アリスは車椅子の上で悔しそうに顔をしかめる。だが、その瞳の光は少しも失われておらず、顔色も悪くない。
「治癒師の方の話では、後遺症は一切ないとのことです」
アリアが車椅子をテーブルの空きスペースに滑り込ませながら、皆に向かって説明した。
「ルイ会長の『重力結界』による極度の筋疲労と、魔力枯渇による一時的な麻痺状態が続いているだけですので、こうして数日安静にしていれば、また元通りに暴れ回れるそうです」
「暴れ回るって言わないでよアリア!」
頬を膨らませるアリスを見て、ナギが「あははっ!」と大きな笑い声を上げた。
「なんや、口だけは元に戻っとるやないか。ほんま心配して損したわ!」
「心配かけたのは悪かったと思ってるわよ。……でも、次は絶対に負けないから。あの生徒会長、いつか絶対私が燃やしてやるんだから!」
動かない体で精一杯の強がりを叫ぶアリス。その負けず嫌いな姿に、エルドもミナも、そしてシオンも、ホッと安堵の息を漏らした。
彼女の心は、少しも折れていなかったのだ。
「さて、アリスの無事も確認できたことやし……」
ナギが自身のオレンジジュース入りのグラスを高々と掲げた。
「今日はなんと言っても、アリアのBグループ1位通過確定の日や! アリスの分まで完璧な勝利、ほんまにおめでとう!」
「おめでとう、アリア。圧巻の戦いだった」
「おめでとうございます、アリアさん!」
エルドとミナもそれに続き、グラスを掲げる。
シオンも「……おめでとう」と小さく呟きながら、自分のコップを持ち上げた。
「当然だね! 私の自慢の姉なんだから!」
誰よりも誇らしげに胸を張る車椅子のアリスを見て、アリアは少しだけ照れくさそうに、けれど心底嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、皆様。ですが、本番はここから。本戦でも、フェンリズの名に恥じぬ戦いをお見せすることをお約束します」
「乾杯!!」
カチンッ、とグラスの鳴る心地よい音が響く。
周囲の喧騒に溶け込むような、温かく穏やかな時間。
シオンは、笑い合う友人たちの姿を眺めながら、手元のジュースをゆっくりと喉に流し込んだ。
色々あったが、この日常だけは守りたい。そのためなら、少しばかり目立ってしまうのも、胃を痛めるのも、許容範囲なのかもしれない。
そんな柄にもないことを考えながら、夜は更けていった。
◆
同日、深夜。
男子寮の一室。
窓から差し込む青白い月明かりだけが、消灯された部屋を微かに照らしている。
先程までの学食の賑やかさが嘘のような、絶対的な静寂。
ベッドの上に胡座をかいたシオンは、重い溜息を吐き出しながら、自分の足元――色濃く落ちた『影』を見つめていた。
「……ディアナ」
シオンが静かに呼びかける。
返事は、声ではなく現象として現れた。
影の中から、ふわりと金色の粒子が舞い上がる。それは月明かりよりも鮮烈に部屋を照らし出し、やがて優雅な曲線を描いて一匹の美しい猫の姿を象った。
ディアナ。
普段は気まぐれにシオンをからかう彼女だが、今のその金色の瞳には、昼間の演習場で見せた『不機嫌さ』が、まだ色濃く残っていた。
『ええ。いるわよ、シオン』
甘く、けれどどこか冷ややかな声が、シオンの脳内に直接響く。




