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静かに暮らしたい最強は、どうやら巻き込まれ体質のようです  作者: じゅくすい
第6章

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「第5試合! シュナ対サルネ・クルー!」


 選抜戦5日目。

 演習場を包む空気は、直前までのアリア・フェンリズが見せつけた圧倒的な蹂躙劇の余韻も手伝い、異様なまでの緊張感に満ちていた。

 この試合は、事実上のCグループ1位決定戦である。

 ここまで全勝の2学年序列1位、シュナ。そして同じく全勝の2学年序列3位、サルネ・クルー。

 2学年トップの2人が向かい合う。

 アストラ・ノーグの完璧な盤面を、決して焦らず、緻密な計算と立ち回りで崩し切った技巧派のサルネが、今度は絶対的な「氷の魔女」に対してどのような戦術で挑むのか。観客席の視線が、対峙する二人に釘付けになっていた。


『始め!』


 審判の腕が振り下ろされるや否や、サルネは一切の隙を見せずに大きく後退し、シュナとの距離を限界まで取った。

 

「……圧倒的な盤面支配、そして寸分の狂いもない計算力。私たちの学年のトップに相応しい力ね。でも、私が簡単にやられるとは思わないことね!」

 

 サルネは即座に腕を掲げ、フィールドに複数の中級精霊を呼び出す。

 炎、風、土。三つの属性を複雑に絡み合わせた多重トラップと、時間差で発動する波状攻撃の陣形。正面からの無謀な撃ち合いを避け、相手の魔力と集中力を真綿で首を絞めるように削り取る、彼女の真骨頂である。

 額に汗を滲ませながらも、サルネの瞳には確かな勝機を探る理性の光が宿っていた。


 だが、対するシュナは一歩も動かなかった。

 白銀の髪を微風に揺らし、ただ静かに、ガラス玉のような無機質で冷たい瞳でサルネを見つめているだけだ。

 構えることも、魔力を練り上げる予備動作すらも見せない。


「いくわよ! 『三拍子の狂詩曲トリニティ・ラプソディ』!」

 サルネの号令と共に、戦端が開かれた。

 不可視の風の刃がシュナの退路を断ち、足元の石畳からは土の槍が突き出し、頭上からは炎の雨が降り注ぐ。

 逃げ場のない、完璧に計算され尽くした全方位攻撃。

 普通であれば、強固な氷の防壁を展開して耐え凌ぐか、あるいは同等の魔術で相殺するしかない必殺の布陣だ。


 しかし、シュナは魔法陣を展開するどころか、瞬き一つしなかった。


「……え?」

 

 サルネの口から、間の抜けた声が漏れる。

 同時に、観客席の生徒たちも息を呑み、静まり返った。

 シュナに迫っていた炎、風、土の魔術が――彼女の体から数十センチ離れた空中で、「ピタリ」と静止したのだ。

 目に見える氷の壁にぶつかったわけではない。

 燃え盛る炎も、形のない風も、質量を持つ土も、すべてがまるで『時間そのものを止められた』かのように、空間に縫い付けられていた。


 そして次の瞬間。


 パリンッ……!


 小気味良い、薄氷が割れるような乾いた音と共に、静止していた魔術のすべてが、細かな氷の塵となって霧散した。


「なっ……!? 防壁も張らずに、私の複合魔術を消し飛ばした!?」

 

 サルネが驚愕に目を見開き、悲鳴のような声を上げる。

 観客席も同様だった。「またシュナ先輩の理不尽魔術だ」「一体何が起きたんだ?」「氷で防ぐんじゃなくて、魔術そのものを凍らせたのか?」と、理解不能な現象にどよめきが広がる。


 だが、観客席の片隅で、ただ一人。

 シオンだけが別の意味で顔を引きつらせていた。


(……おいおい、そういうことかよ)


 シオンの記憶に新しい、つい昨日のナービィ戦。

 ナービィが放った水牢の魔術が、ディアナの「気まぐれ」によって、触れる前に空間から消滅させられたあの光景。

 

 今のシュナの現象は、それを「氷」という属性を用いて完全に再現トレースしたものだった。

 偶然の一致か? はたまた狙ってか。だとすれば彼女は明確な意図を持って、シオンに見せつけるように同じ現象を引き起こしたことになる。


『……ふん。』


 シオンの足元の影から、ひどく冷たく、そしてドロドロとした不機嫌さを煮詰めたような声が響いた。

 

「ディアナ?」

 

『あの程度の不完全な氷で真似るなんて。シオンも流石に気づいたでしょう?』

 

 ディアナの金色の瞳が、影の中で鋭く、そして剣呑に細められる。

 

『ただの「使徒」の分際で、いっちょ前に王の気を引こうなんて……本当に生意気な小娘ね。分を弁えさせようかしら』


 ディアナの呟きは、単なる怒りというよりも、自分だけの神聖な領域に泥足で踏み込まれた「強烈な嫉妬」に近かった。

 

「何を言ってるんだ?」


『今は知らなくていいわよ』

 

 シオンが混乱している間にも、演習場の試合は残酷なほどあっけなく終わりを迎えようとしていた。


「何が足りないの……どうして私の魔術が届かないの!? 」

 

 必死に魔術を連射するサルネだったが、そのすべてがシュナの絶対領域に触れた瞬間に凍りつき、無惨に霧散していく。

 一切の戦術も、努力も、彼女の前では意味を成さない。


 シュナは退屈そうに小さく息を吐くと、ついに右手を軽く持ち上げた。


「……もう、いいわ」

 

 その一言で、演習場の気温が物理的に急降下する。

 吐く息が白く染まり、石畳に霜が這う。


「アリューシア」


 シュナが、誰に聞かせるでもなく、愛おしいものを呼ぶような声で短く呟いた瞬間。

 サルネの足元から、巨大で禍々しいほどに美しい氷の華が咲き誇り、彼女の体をすっぽりとドーム状に包み込んだ。

 極寒の氷牢。

 抵抗する間もなく、サルネは目を見開いたまま、その意識を絶対零度の寒さに刈り取られて崩れ落ちた。


「そ、そこまで! 勝者、シュナ!」


 審判の声が響き渡り、会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

 2学年トップ同士の頂上決戦は、シュナの一歩も動かぬ完全なる蹂躙劇で幕を閉じた。

 やはり「氷の魔女」は別格だ。誰もがそう確信して熱狂し、彼女の美しさと恐ろしさに拍手を送る。


 だが、シュナは、倒れたサルネにも、歓声を送る観客たちにも一切見向きもしなかった。

 ただ静かに、真っ直ぐに。

 彼女の世界には、初めからたった一人しか存在していないかのように。

 観客席の片隅で、信じられないものを見る目で胃を押さえている一人の少年に向けて、その視線を向けた。


 そして――。

 普段は決して表情を崩さない絶対零度の氷の魔女が、シオンとバッチリと目が合った瞬間にだけ、ふわりと。

 春の訪れを告げる雪解けのような、微かな、しかし熱を帯びた微笑みを浮かべたのだ。


(…………っ!?)

 

 背筋に冷たい汗が伝う。

 あの微笑みは、「私はあなたを知っているわよ」という明確な私語メッセージ


「……シオン。さすがに認めーや。」

 

「気のせいだ!絶対に気のせい!そもそも面識がない」

 

 隣で目を丸くして身を乗り出すナギの鋭い指摘に、シオンは全力で首を横に振った。


 目立たず、平穏に生きる。

 そのささやかな願いは、どうやら学院の頂点に立つ特大の爆弾にして、自分と同じ『深淵』に触れる存在に、完全にロックオンされてしまったようだった。

 

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